××××、×××××。
まずは、私の目的から説明することにしよう。
私には、生き返らせたい人物がいる。
もう何百年、下手をすれば千年は遡らないといけない頃に、共に生き、そして共に死んだ、私の大切な友人であり、想い人だ。
私は、その人を生き返らせるために、これまで数百年の歳月を費やしてきた。
そして今日、その願いがようやく叶う。
人体の蘇生であるならば、諸々の材料を掻き集めて錬成してしまえば、表面上の蘇生は可能である。
しかし、私の目的は人体の蘇生ではなく、人物の蘇生だ。
故に、必要なものは、何においてもまず、その生き返らせる人物の魂を入れておく器だ。
そして、その次に必要になるのが、生き返らせる人物の魂の情報。
人間は死亡すると、脳幹に保存されているクリプトン原子の集合体と、宇宙のどこかにあると伝えられている集合的無意識の間に繋がっている量子もつれの楔が解け、魂の器たる肉体から意識が剥がれ落ちる。
これはネクロマンシーの用語で“帰化”と呼ばれる現象で、この時点で人体のみならず生命をもつあらゆる器は死を迎える。
集合的無意識に帰化した魂は、やがて忘却と呼ばれる処理を迎え、それまで蓄積してきたあらゆる情報が集合的無意識に保存され、蓄積される。
この時点でそれらの情報は時間という概念から切り離されるため、アカシックレコードには宇宙のすべての記憶が保存されていると言われている。
蘇生したい人物の魂を呼び戻したい時は、何においてもまずは、その集合的無意識に吸収されてしまう前の、つまり忘却処理が始まる前の段階で、その魂のコードを引き抜いて来る必要がある。
しかし、一人の人間が一生の内にアカシックレコードからダウンロードできる情報量には限りがあると言われている。
──人間は死亡すると、生前に比べて体重が21グラムほど減少することが確認されている。
それが魂の重さ──つまり、人間が一生のうちに溜め込める、情報の重さである。
人物の蘇生には、まずこの情報を引き出す必要があるのだ。
そして、蘇生された人間が、さらに生き続けるには、生前よりも多くの情報を保存できる、より容量の大きな器が必要なのである。
その器として最適なのは、やはりホムンクルスだろう。
薄暗い実験室。
淡い鉱石灯の青い光にわずかに照らされた部屋の中に、機械仕掛けの大きな椅子に寝かされている黒髪の少女と、彼女を見下ろすようにして立つ、長い耳をした黒髪の男性の姿があった。
「ついに……。
ついに、君ともう一度触れ合える日が来たよ、ギンコ」
少女の体には、柔らかな絹でできた貫頭着が着せられており、その上からは柔らかな毛布が被せられていた。
彼女の胸はゆっくりと上下動しており、その体には既に生命の働きが生まれていることが目に見えてわかる。
──蘇生に必要なのは、何においてもまずは体だ。
その体は必ずしも生きている必要はないが、しかしいきている体の方がよっぽどいい。
なぜなら既に死んでいる体(つまり、以前他の魂が入っていた体)を使えば、拒絶反応が起こったり、また魂が抜け落ちやすい体質になってしまうからだ。
たまによく気絶する人がいるが、その中には魂と器の結びつきが弱いことが理由な場合もある。
そういう場合は医者にかかっても意味がない。
しかし、だからといって肉体だけで生命活動をしていない体というのも悪いものだ。
元から生命活動をしていない体は、魂をインストールした後も生命活動をすることはない。
例えば想像してみればわかるが、人形霊や付喪神なんてものは、そこに宿っているだけで肉体を動かす力なんてほとんどありはしない。
あったとしても、魂の力を消耗するのだから、寿命が余計に短くなってしまう。
故に、生命活動をしてはいるが、魂が入ったことのない処女の器が最適なのだ。
男は、そんな様子の少女に口角を上げると、注射器の針を数回ほど指で弾き、ピストンを押してシリンジ内の液体を少しだけピュッと外に出した。
シリンジ内の薬液が、注射針をツーと伝って針を濡らす。
「……」
もう直ぐ会える。
もうあの声を聞くことは叶わないが、しかしこれで彼の魂を呼び戻すことができる。
彼の視界に、生前を共に歩んできた日常の風景がフラッシュバックする。
豊かな緑の風景。
懐かしいヒグラシの鳴き声。
あの畦道を追いかけた夏の感触。
初めて二人で都会に出て感じた、息を呑むような人とビルの圧迫感と、低い空の青い色。
……彼は、もう数百年も前になる愛する友人を想いながら、その濡羽色の髪をかき分けて、彼女の首の骨と頭蓋の隙間に注射器の針を突き立てた。
「起きて、ギンコ……!」
私の願いとともに、少女の華奢な首筋へ、深く、深く針が突き刺さる。
肉をかき分け、骨の隙間を通り抜け、脳漿の向こうの中枢神経へと針が伸び、内容液を正確に少女の脳内、正確には第三脳室と呼ばれる部位に届いた。
「……」
静かに押し込まれるピストン。
注射器の中を満たす、黄色く半透明な魂の情報が、静かに静かに彼女の脳を満たしていった。
そして、やがてすべての情報を流し込み終えると、私は真っ直ぐにその針を彼女の脳から引き抜き、その小さな傷口に手を当てた。
指に嵌めた指輪の宝石が淡く輝き、小さな魔法陣を展開する。
すると、魔法陣から優しい緑色の光が傷口に降り注ぎ、みるみるうちにその傷跡を癒した。
注射痕から垂れていた脳漿が、巻き戻されるように傷口に戻っていく。
同時に、濡羽色だった髪は色が抜け落ち光沢を纏うようになり、その睫毛も眉毛も、同じく銀色へと変色していった。
ホムンクルスの魔力が活性化した証である。
「……ぁぁ」
──次の瞬間だった。
注射器を引き抜いた彼の耳に、か細い、そして少し嗄れた少女の声がわずかに響いた。
「!!」
ふるふると瞼が震え、わずかに開いた瞼の下から、夏の晴天のような蒼い瞳が露わになる。
あぁ、なんて美しい。
彼はだんだんと意識を取り戻していく親友の前に回り込むと、まじまじとその顔を覗き込んだ。
「私がわかる?」
彼は、ようやく目を覚ました彼に歓喜の声をあげたい衝動を抑えながら、ポツリと問う。
しかし、その自分の言葉を頭の中で繰り返して、彼は首を横に振った。
……んーん、わかるわけないよね。
だって今の体じゃ、声も姿も違うし、何より性別だって違う。
彼は、椅子に座らせられているホムンクルスを観察した。
銀の長髪。雲一つない晴天を思わせるような蒼い瞳。陶磁器のような白い肌に、ビスクドールも斯くやといわんばかりの容姿。
見た目こそ幼いが、しかしそれが持つ美しさは、将来の美貌を約束されていると確信できるほどのものであった。
もぞもぞとギンコが身をよじらせる。
反動で、掛けていた毛布がずり落ち、覆っていた彼女の白い四肢が露わになる。
薄い金色の産毛に、すべすべの肌。
雪のような白さを感じさせる、人間味のない肉感。
その全てが、まるで天使のようだった。
「……会いたかったよ、ギンコ」