食品工学的ゾンビ
「一体どうなってるんだ!?」
操縦桿を握りしめるパイロットの怒号が、備えつけられたスピーカーを通じて艦内に響き渡った。
砂漠かと見間違うほどに荒廃した大地。
酸性雨にやられたのだろう、剥き出しになったビルの骨。
モニターに送られてくる母星の映像は、草木1本生えておらず、人はおろか動物の影さえ見当たらなかった。調査団の1人、ゴトウは変わり果てた故郷の姿に言葉を失った。それは彼だけでなく、他の団員達もまた同じで、艦内は今や葬式のように静まり返っていた。
西暦3078年。太陽系の外を調査していた日本の調査団が、ワープを繰り返し約1・6光年の長旅を終え地球へと帰還した。数時間前までは確かに、ゴトウも含め、団員達の間には「ようやく帰ってこれた」という開放的な雰囲気で溢れていた。それなのに……。
「艦長……これは一体……!?」
「分からん。だが油断するな……」
自分達が留守の間に、地球に何があったのか、説明できるものは勿論誰もいなかった。彼らは話し合いの末、比較的見晴らしのいい場所へと降り立った。目を凝らしても、居住区のような建物すらない。地平線の彼方には、丸裸になった山が見えるだけだった。辺りには砂埃が舞い、風の音だけが不気味に彼らの耳に纏わり付いた。彼らは黙ってお互いの顔を見合わせると、とりあえず誰か生存者を見つけるために辺りを探索することにした。
生存者……。
そう、彼らも今や、薄々感じていたところだったが、まるでこの地上には、生命のいる気配というものがなかった。若しかしたら、人類は我々を残し絶滅してしまったのでは……そんな何千年前のおとぎ話が、今や彼らの目の前に現実として現れていた。
ゴトウはC班に振り分けられ、艦長の命令でそれぞれ別方向へと散開した。同じ班になったイガワが、ゴトウの脇腹を小突いた。
「こんなことってアリかよ、おい。俺たちゃ歓迎パーティがあると思って、腹空かせてるってのによ」
「仕方ないだろう。緊急事態だ。それも最上級のな」
イガワは悪態をつきながらも、険しい表情で頷いた。それから2人はだんだんと激しくなって行く砂埃の中を、目の前を歩く仲間の背中を見失わないように必死に着いて行った。
□□□
「な……なんだありゃあ!?」
「うわああああああ!!」
先頭を歩いていた仲間の叫び声が、砂埃の向こうからゴトウ達の元にまで届いた。ゴトウとイガワは顔を見合わせ、慌てて前方へと駆け出した。
「!!」
2人がそこで見たものは……焼け爛れた皮膚を引きずり、ずるずると地面を這いずり回っている、赤黒い肉塊だった。1mほどもある、ぶよぶよとした巨大なボールの表面はささくれ立っており、土や砂が張り付いている。恐ろしいことに、”そいつら”はどうやら生きているらしく、表面に空いた細かい穴から呻き声を漏らしていた。肉塊はゴトウ達の前方に、ざっと見ただけで数十個は転がっていた。さらに恐ろしいことに、”そいつら”はゴトウ達C班を見つけると、まるで縋り付くように細長い管を表面から伸ばし、ゆっくりと彼らに近づいてきた。
「ひっ……!?」
「バケモノ……!?」
「撃て!!」
班長の号令に、ゴトウ達は反射的にレーザー銃を構えた。視界の悪かった荒地に、数10本の閃光が乱れ飛ぶ。辺りは途端に真っ白に包まれた。ようやく目が慣れた頃、地面には赤黒い血と飛び散った肉塊が散乱していた。
「何だこりゃ……!?」
改めて、班長が数分前と同じ台詞を呟いた。すると、冷や汗を拭いホッと息をつくゴトウ達の背後から、別の班員の鋭い声が飛んできた。
「おい! 生きてるぞ!」
「不死身!? ゾ、ゾンビ……!?」
「う、撃て! 撃てえええええ!!」
なおも蠢きゴトウ達に縋りつこうとする肉塊に、悲鳴と閃光が五月雨のように降り注いだ。
□□□
「結論から言うと、少なくとも先ほど我々の探索した範囲に生存者はいない」
「…………」
艦内に戻り、それぞれの班の報告を受けた後、艦長が皆の前で重苦しく声を上げた。
「それどころか、正体不明の生物……とも呼べるかも分からん、黒い肉の塊が発見されている。既に負傷者も出た」
「!」
ゴトウは、A班の数名が出発前より数名少なくなっているのに気がついた。
やはり人類は、未曾有の事態に陥り絶滅してしまったのだろうか。
地球に何があったのか?
他の星の宇宙人による侵略か?
それとも地殻変動による災害か?
そもそもあの生物は、一体何なのか?
「……だがいつまでも艦内で暮らして行く訳にもいかん。食糧の問題もある。帰り道の宴会で、食用トカゲもほとんど食い尽くしちまったからな」
騒つく艦内に、キャプテンハットを深く被り直した艦長の声が、静かに響き渡った。
「食糧……」
ゴトウは息を詰まらせた。そうだ。調査団は全員で47名。重さを抑えるため、最低限の食糧しか積まれていなかった。荒れ地と化した地上には、動物はおろか、わずかな植物さえ見当たらなかった。艦内がやけに静まり返った、ように感じた。
「だったら”あいつら”は……」
「ん? どうした、ゴトウ?」
「あ、いえ……」
誰に宛てた訳でもない、ポツリと呟かれたゴトウの一言を、艦長が耳聡く聞きつけて声をかけた。名指しされたゴトウは恐縮しながらも、艦内にいる全員を見渡し声を張り上げた。
「今日発見した”黒い肉の塊”は一体……何を食べているのでしょうか?」
「?」
「”あいつら”若しかしたら……食えるんじゃないですか?」
□□□
それから帰還した調査団による、”肉塊ゾンビ”狩りが始まった。
最新鋭の技術が詰め込まれた調理場では、まるで食べれそうにない腐った肉でさえタンパク質から復元し、ハンバーグやステーキなど、レストランにも負けないメニューを作り出すことが出来た。
「今日は50匹狩ってやったぜ! へへ……持ちきれねえ分は、置いて来ちまった」
「おい、あんまり狩りすぎるなよ。いきなり晩御飯が無くなるなんて話は御免だぜ?」
「平気だよ。”あいつら”そこら中に湧いて出やがる。きっしょく悪い……」
狩りに出かけた班員達からは、そんな声が毎日聞こえていた。
「小型レーザー銃で十分対処可能なことは非常に大きい。食糧が確保されているうちに、別の星の中継所にいる仲間達に救援を頼もう」
艦長はそう言って、昔ながらの無線室に向かった。母体となる地球がここまでやられている以上、月や火星などの中継基地にいる仲間が気づかない訳がない。だが残念ながら、近隣の中継基地から応答はなかった。やはり事態に気づいた彼らも地球に救援に向かい、同じようにパンデミックに巻き込まれてしまったのかもしれない。
だとすれば、無闇矢鱈と地球を離れ宇宙に飛び立つのは愚策だった。誰もいない無人の基地を宛てもなく彷徨い、途中で燃料が尽きては元も子もない。しばらくは”ゾンビ”を狩り、太陽系の外側付近に無線でSOSを飛ばすのが効率的だ、と言うのが艦長の判断だった。
□□□
「しかし……」
そうして”籠星戦”が続き、約1ヶ月が過ぎようとしていた。ゴトウは本日分の”晩御飯”を引きずりながら、はたと立ち止まって考え込んだ。イガワが、そんな彼の顔を覗き込んで尋ねた。
「どうした?」
「たかが小型レーザー銃で始末できるほどの”ゾンビ”に、地球人達は何でやられてしまったんだ?」
「そりゃお前、ゾンビなんだから。噛まれて感染とかしちゃったんだろ」
「だったら、俺達が食ってる”これ”ってもしかして……」
「おい、何言ってんだよ……」
「オオイ!」
「!」
すると、艦内から2人を呼ぶ声がした。
「助けが来たぞォ!」
地鳴りのような歓声が、艦内から沸き起こり、2人のいる外にまで伝わって来た。2人が慌てて空を見上げると、砂埃の向こう側に、巨大な宇宙船の影が何隊も浮かんでいるのが見えた。
「太陽系の外側、ヒッポポカフヌ星に移住していた同胞だ! ようやく連絡が取れて、ここまで出向いてくれたんだ!」
「やった! 助かった! 宇宙船に乗っけてもらって、銀河連邦に保護してもらおう!」
「おおーい!」
仲間達の嬉しそうな声に、ゴトウとイガワも顔を見合わせ、空に浮かぶ影に両手を振った。
「おーい! ここだここだ!」
万雷の拍手と歓声に包まれ、ヒッポポカフヌ星からやって来たの宇宙船が地上へと降りて来た。
「コレは……ヒドイな」
口元に酸素ボンベを付けたヒッポポカフヌの同胞達は、育って来た環境が違うのか母星の地球人よりやや肌が”赤黒”かった。彼らは荒れ果てた大地と助けを求め縋りつこうとする地球人達、そして狩られた”黒い肉塊”を見るなり深くため息をついた。
「自分タチの仲間を、平気でクッテいる。コイツラは、ゾンビか!?」
「コイツラが、地球人のハズがナイ! 今スグ焼き払ってシマエ!」