第六話 【賢王二十六年冬】 一筋の銀光。
互いに槍で死合う、ザンバーとハルミア。
寒風吹きすさぶ丘並みの景色。草が冬の空を映すかのように、灰青色に茂るそのただ中。一糸纏わぬ姿を晒しながらハルミア・コーデは、その精悍でいてなお美麗な顔に思考を隠し、対峙する偉丈夫を見遣った。
やっぱり大人しく、身を捧げといた方が良かったかねえ。こうして対峙してるだけで、このあたしでさえ膝が笑うくらいだ。まあ、内着一枚とて着けちゃいないから、当たり前と言えば当たり前か。それにしても奴さん、禍々しさが半端ないねえ。端整な顔立ちのくせして、あの刀傷の多さはなんだい? どんだけ修羅場をくぐればああなるんだ。いやいやむしろ、切られるのが快感だったり⋯⋯ああやだやだ。
ハルミアに与えられた槍は、一般の騎士が持つごく当たり前のもの。それに合わせたか、ザンバーの手にも同じく粗製の槍一本。
「我が本身に、かように血を滾らせるとはまこと歓喜に耐えんことだ。さあ、気高くもなお美しきその女豹の姿にて、私を存分に楽しませてくれ。であるからこそ、容易く堕ちぬようにな? なあにすぐにはいたさぬよ、安心するがよい。時間を使い、ゆるりと楽しもうではないか。そうさな、槍を持つ手のみ残し、他の四肢は払い落とすとしよう。そなたから迸る血潮を狂おしく飲み干そう。激しく抵抗しながらも、次第に消えていかんとするそなたの生命の灯を愛でながら、穴という穴、裂け目という裂け目を貫くのが良いな。ああ、それが良い⋯⋯では参る」
手前勝手にそう言うや否や、ザンバーは目で追うこともできぬ速さでハルミアに肉迫していた。肩を降ろしていたところから、目方を微塵も感じさせずに眼前のハルミアめがけ、槍を刎ね上げた!
チッと舌打ちし、すんでのところで身を揺らがせて逃れる。間をあけて正対するハルミアだが、反撃するよりも口撃する方が先とはこれいかに。
「おい、なにをしでかそうとしやがるんだい!? そんなのをまともに受けちゃあいたすもなにも、このあたしが三枚下ろしになっちまうじゃないか! ぺらっぺらの刺身じゃあ、貫きがいもへったくれもありゃしないだろうに」
そんなんじゃあこのあたしが、ちっとも気持ちよくならないじゃないか。などと見当はずれの心配をするハルミアだが、その目はけして、ザンバーの一挙手一投足を見逃さぬようしっかと見開かれていた。
「ほう、柳の体捌きとはな。さすが六座の一、『緑』を冠するお国の濃き血筋だけのことはあると言うもの。ますます楽しめそうだ」
ハルミアが槍を己が身に沿うよう縦にし、秘所を隠すかのように構える。しかしこれは、なにも恥じらいからくるものではない。軽く肘を曲げ、両の手で柄を地に着け握るその構えこそ、柳の枝のようにしなやかに身を揺らす為のものに他ならない。
「⋯⋯やはりばれてたかね。まあ、ただの気狂い公爵様じゃないってことか。ああそうさ、このあたしは柳。幹は太く逞しく、その枝はしなやかに揺らぎ、鞭打つ強さを併せ持つ。だからね、荒風は滅法界、得意なんだよっ!」
縦に構えた槍、その後ろで神々しささえ感じさせる裸身を晒すハルミアの姿が、静かにゆっくりと、次第に残像を残すように揺らぎ始めた。ただ揺らいでいるだけではなく、時折繰り出される槍捌きは尋常なものではない。しかしてその、ハルミアが正確無比に繰り出す槍の雨を、無造作にも感ぜられるよう捌くザンバー。その顔はいまだ薄く笑みを浮かべ、舌舐めずりさえする様はなお一層際立って不気味なものだった。
やるね、こいつは! 不得手だと思った槍で、このあたしをあしらいやがるとは。それにしても乳当てがないのが、なんとも嫌らしいことこの上ないねえ。突きが流れちまうよ、ついでにツキも流れちまいそうだ。
小気味好く、ぶるるとハルミアの双丘が波打つ様は、見る者によってはそそるものがあるだろう。しかして二人を囲むように、遠巻きにその様子を眺めていた諸侯軍の兵らの中には、それよりも、畏怖とも畏敬とも取れる漣が広がっていた。そのうねりはそのまま、すべてを跳ね除けるザンバーの槍遣いに対しても、同様に感嘆の色合いを見せるものだった。
「おい見ろよ、あの動き。槍と身体が一つの生き物みたいにうねってるぜ、しかもあの切れ技を出すのが、真っ裸の熟れた身ときてやがる。たまらねえなあ」
「ああ、あの張りのある乳をよお、こう⋯⋯鷲掴んで揉みしだきてえ。それになんて抱きがいがありそうな尻してやがるんだ! したがよお、男の裸なんざちっとも見たかあねえが、『疾風公』様の方も負けず劣らずだと思わねえか? 俺が女なら、速効で尻突き出しちまうね」
美の結晶にも思われる扇情的な裸体が、逃げ場のない人垣の中に出来上がった戦場で組んず解れつする姿は、見ようによっては上質な絵画を鑑賞するかのようだった。その為、周囲を取り囲む兵士らは手出しする事を躊躇し、ただただ惚けたように見入り、また野次るのみだった。しかし、そのような中でも虚けはいるもので、時折押されて人垣に叩きつけられるハルミアを、わざとらしく抱き締めようとする者。助けるふりをして乳を揉まんとする者。股ぐらで密やかに茂る黄金に、手を這わそうとする者までいるとは。
「ちょ、ちょっと! どさくさに紛れてどこ触ってんだい! こう見えてあたしは、人一番感じやすいんだ。腰が抜けでもしたらどうしてくれるんだい!」
キッと睨む目が、不埒な輩を射抜く。
下卑た笑いがそこかしこより聞こえる中、ザンバーが幾分低めた声で、ハルミアに問うた。
「そなたなにを企んでおる、 いささか突きが素直過ぎるようだが? それとも私の思い違いか、所詮は非力な女子の手習いというべきものか」
ザンバーの冷たき目が、更にその度合いを厳しいものに変える。
ふん、なんとでも言うがいいさ。むざむざ死合うつもりは、こちとら毛頭ありゃしないんだ。今はどうにか生き延びて、こいつらを先に行かさないよう算段立てなきゃならない。どうせあの種馬バーゼリアンの後ろには、カーラードの頭でっかち辺りが蠢いてるに違いない。更には中央でいろいろ画策してる輩もいるんだろうさ。それだけに、あたしのアイルが心配でならない。ああ早く、あの愛らしい子を抱きしめて、それからそれから⋯⋯
「山猿の君はなにやら、心ここに在らずといった様子。相分かった、さすれば本気でかかり我が方を、否が応でも向かして見せよう」
言うが早いか、ザンバーの周囲両の手を広げた程の範囲に、揺ら揺らと立ち昇る蜃気楼のごとき気が集まりだす。その気は次第に濃度を増し、同時に禍々しさもいや増していく。
「くっ! お前、『力使い』だったのかい!? 聞いてないよ、あたしは!」
やばいやばい、こりゃ悠長になんかしてらんないよ! まさか北の辺境に『力使い』がいやがるなんて、どこまであたしは不運なんだか。もうこうなったらなりふり構ってらんないよ、一気に竜旋で片をつける⋯⋯って、こんななまくら刃とすっぽんぽんの身体じゃ無理じゃないか!
一人動転するハルミア。身体ここに極まれり、いよいよ溜めた気を槍に吸わせ、ザンバーが型を決めたまさにその時。一筋の銀光が、ザンバーを貫くかに見えた。
大変遅くなり、申し訳ありません。次回は、読人サイドになります。