第五話 母親の言葉。
部屋に戻って、改めて感想欄を開く読人。
コーヒーの味は苦く感じられた。でも母親の言葉がほんの少しだけ甘く、俺のささくれだった気持ちに沁みた。
確かに母親の言うように、全然面白くもない作品にわざわざ感想を書くやつは、そうそういないかもしれない。俺だって最初の数ページを読んで、どうしようもないってレッテル貼ったらもう読まない。ましてや感想なんて絶対に書かない。
誰が好き好んで知りもしないやつらの為に、そうまでして時間を使うもんか。そんな無駄な労力に時間を割くぐらいなら、小説を書くのに充てた方が何十倍も良い。
そう思ってからはっとした。
って言うことは、俺の書いた小説にあれだけの感想を書いたってことは、いったいどんな気持ちだったんだろうか。
俺は頭を強く振って、今浮かんだ考えをいったんなくすことにした。なんだか分からないけど、負けた気持ちになりそうで嫌だったからだ。
そうだ、元々俺の書いてる物は最高の出来映えのはずだ。ケチをつけられたまんまじゃあ、自分の計画に支障が出るかもしれない。どうしても早く結果を出して、母親や姉貴に少しでも……いやそれはいいんだ。それは。
自分の部屋に戻ってきて、俺は最近放置しっぱなしのタブレットに電源を入れた。立ち上げてしばらくは待ち受け画面を眺めていたが、踏ん切りをつけてサイトのアイコンをタップした。
トップページが表示され、ログインボタンから自分のマイページにジャンプする。マイページには、新たに感想が書かれたことがお知らせ欄に追加表示されている。俺は長い時間迷いながらも、重い指で感想一覧をタップした。
そこに書かれていたのは、短い文章で読んだってことと、続きが楽しみだって一文。これは……俺が書いた感想とほとんど同じじゃないか。違うのは、自分の書いたものを読んでくれってお願いがないことだ。
これに似た感想が、一番最初に書かれた感想の後に何件か続いていた。言葉遣いが少し違ってるけど内容は変わらない。それでも確かに数人の人が、俺が書いた小説にコメントしている。自発的に読んだ上でのコメントが。
さっきいったんは頭の中からなくしたはずの考えが、もっと強く浮かんで消えない。消せない。
俺は多くの人に、おんなじような短さの感想を書いていた。でも俺のは感想を書くのがメインじゃなくって、俺の書いた小説を読んでもらうことに主眼が置かれていた。心がこもっていないコメントだと、はっきり分かる。
ここに書かれている似たような感想は、おんなじくらい短いが果たして心がこもってないのか? それともこれが精一杯、俺の小説に対して書けたものだとしたら。
俺はただ誘導するための材料に、このサイトの感想欄を出汁に使った。その自覚はある。だってしょうがないじゃないか、そうでもしないと毎日沢山の人が書いた小説の中で、俺の書いた物が流れて消えていってしまう。少しでも目にとまるようにするには仕方がなかったんだ。
ほんとにそうか? それ以外他に方法はなかったのか?
俺は自問自答した。少なくとも、俺は他の人達よりも沢山の小説を読んでいるし、エッセイだって詩だって評論だって数え切れないくらい読んできている。自慢なんかじゃない。そうしなかったら自分って人間が保てなかったからだ。
まだ小さい頃に俺は、交通事故に遭った。
ようやく自転車に乗れるようになって有頂天だった俺は、両親が止めるのも聞かないで飛び出していって、そして交差点で車に跳ね飛ばされたんだ。
幸いと言って良いのか、車のスピードはそんなに出ていなかったらしい。頭も打たなかったから大事には至らなかったが、両足を骨折して長い間入院してリハビリを余儀なくされた俺は、小学校でも浮いた存在になっていた。
運動も全くと言っていいほど出来ない俺は、ただひたすら本を読んで小学校時代を過ごした。友だちがいなかったわけではないが、周りからの同情めいた視線や態度がたまらなくいやで、出来るだけ人目を避けるようにして、小説の世界なんかに逃げるようにしていた。
中学生になってもそれは変わらず、本を読んでは頭の中でその世界を膨らませ、考え悩んだりすることが日常になっていた。
そうやって自分を保っていたがやがて不登校になり、高校を中退して引きこもりがちになって。これじゃいけないと、どうにかアルバイトには行くようになって今に至るわけだ。
そんな俺の唯一の楽しみ、生きがいと言ってもいいもののはずの読書、その延長線上にある作家になる夢。それを叶えることが出来る場所が、このサイトだった。
ここで書けばみんなに読んでもらえて、なおかつ目立てば出版化されて作家になれる。それだけの実力が自分にはあるんだって思っていたし、それは今でも変わらない。そうじゃなきゃ書いている意味がないじゃないか。それになんとかして早く稼げるようにならないとって焦っていた俺は、手っ取り早くみんなの目に触れるような方法を思いつきそれを実行した。
他に方法があったんじゃないのか?
書かれた感想を読みながら、母親が言った言葉を思い出していた。それは、
「書いたものに感想とか意見がもらえる、とても良い体験が出来る場所だと思うの。褒められたり、厳しい意見もらったりしてね。それをバネにどんどんいい作品になっていく」
「一言二言でも間違いを指摘してくれたり、長い感想、意見の最後まで読み進めると、しっかり自分の作品を読んでくれた上での言葉だったんだなあなんて、思ったり感じたりする」
その言葉を思い返しながら、俺は一番最初に書かれた感想をもう一度読み返した。今度は最後までじっくりと、腹を立てないよう一字一字ゆっくりと。
更新が遅れていますこと、大変申し訳ありません。
次回は、イルバラードでの一騎打ちに望むハルミア・コーデの戦いの様子になります。




