―1―
「今日も来なかったねぇ」
「日にちは決めなかったからなぁ」
「あちらも忙しいんでしょうね」
アタシ、ジャギ、エファ、の順でそうクダをまく。
ラヴフェイムは相変わらずただただ酒を飲み、最近一緒になったナインゲートも、この話になると無言だ。
あの後、別件があるとアタシ達と別れたシーラ、グリッドの二人との合流は未だ果たせていない。
なんだかんだ言っても、前衛2人が抜けた穴は大きく、アタシたちはしばらく小さな依頼をちまちまこなして糊口を稼いでいた。
とは言え、正直飽きた。
そんなとき、ラヴフェイムがナインゲートをスカウトしてきたのである。
ナインゲートはファイターで、質実剛健な感じ。
本人真面目なのにどこか抜けているジャギと比べたら、ちょっと融通がきかない感じ。
まだアタシたちに慣れていないのか、食事の時やこういう時、無口になっていることが多く、まだあまりナインゲートの事はわかっていない。
まあでも、前衛として頼りになればそれでいいかとアタシは思っている。
だって、人それぞれあるし。
「この辺りの依頼も減ってきましたので、そろそろ移動しようと思いますが」
エファが言う。
「だが、後で2人が来たらどうする?」
「ギルドに移動した事を伝言しておけば大丈夫でしょう。あの二人も冒険者ですし、事情は分かってもらえますよ」
「ここの料理と別れるのは辛いけどな」
ぼそりと、ラヴフェイムが呟いた。
『ヤマネコ亭』の料理は、確かに美味い。
髭をたくわえた強面のマスターと、かわいらしいウェイトレス2人で切り盛りしているここは、ここいら一帯の中でも人気店だ。
アタシたちは料理目当て(もちろんラヴフェイムは酒目当て)で、あとカウンターで飲んでいる男どもはウェイトレスちゃん目当てで通っている。
今日もカウンターにはいかにもむさ苦しい男たちがウェイトレスちゃんに酒を注がれてデレデレしていた。
「嬉しいことを言ってくれるね」
「あ、マスター」
料理を運んできたマスターが、声をかけてくる。
なんだかんだマスターもアタシたちの顔を覚えてくれ、最近はちょくちょく声をかけてくれるようになった。
こういうのに慣れていないアタシは、実はちょっと恥ずかしい。
「で、なんだって? そろそろここから離れるのかい?」
「うーん、この辺の依頼も少なくなりましたからね」
当たり障りのない事をエファが言う。
「寂しくなるな」
「私たちもですよ」
「いる間はウチに来てくれよ」
「そうします」
ごとりと皿が置かれ、マスターが背を向ける。
出来立て料理。やっぱり旨い。
「やっぱ旨いなー。この料理食べられなくなるのはちょっとイヤかもー」
「ですが、これ以上いても依頼は増えそうにありませんからね」
「なーんでエファはそんなにお金好き?」
「大司教になるためです」
「ヴェ?」
意外な答えに、変な声が出た。
「偉大なダイス神の教えを広めるために、私は大司教になりたいのです。しかし、残念ながら私には伝手がありません。伝手がない場合は、金が必要なのです」
「うわ、世知辛い」
信心って、お金で何とかなっちゃうの?
と思った事が顔に出ていたらしい。
「ダイス神はもっともっと広く信仰されるべきなのです。教会を立てるにも、何をするにも、まずはお金が必要なのです」
「ぅぇ」
確固たる守銭奴。
目的がある守銭奴は、正直タチが悪い。
しかし、目をキラキラさせて夢を語るエファに何を言えるはずもなく。
「ふーん。ダイス信仰ってそんなにいいのか」
不用意に呟いたジャギの言葉は、エファの熱に油を注いだ。
そしてアタシは料理に集中することに決めた。
「てめえなにしやがる!」
ステロタイプな怒鳴り声。
「うるせえ! おまえこそなんだぁ?!」
カウンターを見れば、男2人が今からケンカを始めようとしているところだった。
「あの、あの、あの」
ウェイトレスちゃんがおどおどしている。
「お客さん、外でやってくださいよ」
威圧を含めたマスターの声も、熱くなった2人には通じない。
今しも2人はお互いの胸元をつかみ合い、拳を用意し始める。
ウェイトレスちゃんが助けを求めるようにこちらを見るが、正直アタシには何もできない。
高みの見物。いいぞ、もっとやれ。
そのとき、ふらりとラヴフェイムが立ち上がった。
「寝れ」
否応もなかった。
「うぅうぅぅ」
スリープの範囲はこの店全体に及んだ、らしい。
アタシが起きた時には、マスターとナインゲートが寝込んだ男2人を店から放り出し、ウェイトレスちゃんがエファに起こされていた。
ちなみにアタシは誰かにはたかれたらしい。
頭痛い。
後頭部と額の両方が痛いのは、寝た時とはたかれた時とのダブルパンチだ。
頭悪くなるからやめてほしいな。ホントに。
頭をさすりながら起きると、ジャギがまだ爆睡していた。
とりあえず、殴っておく。
手が痛くなっただけだった。ちっ。
「連れが悪いことしたね」
ジャギの顔に落書きでもしようかと思っていたころ、ケンカを始めた2人の仲間らしいエルフのねーちゃんがやってきて、アタシたちに謝った。
「酒はちゃんと飲むべきだ」
静かに、ラヴフェイムが言う。
いいこと言っている感じだが、ザルに言われても酒は嬉しくないとアタシは思う。
酔ってこそ、酒じゃないの?
「だから悪いことしたねって。お詫びと言っちゃなんだけれど、これ、あげるよ」
渡されたのは、それなりに書き込まれた地図だった。
広げてみると、川沿いの森と、意味深な印、そして書き加えたドクロのマーク。
「こんなものを貰ってもな」
興味のない体でラヴフェイムが言う。
「お詫びと言うなら現物を。もしくはダイスの加護のお守りを買っ……」
「悪いけど、アタシたちもギリギリなんだよ。これぐらいしか渡せるものがなくてさ」
「あんたたちにいらないものが、俺たちに必要なはずはないぞ」
どこから聞いていたのか、ジャギが起きて言う。
「いらなきゃ捨ててくれて構わないよ。じゃ、アタシは謝ったからね」
一方的にそう言い、くるりと背を向け、彼女は店を出て行った。
扉の向こうから、威勢の良い怒鳴り声がしばし聞こえ、そして遠くなった。
「で、どうします?」
口火をきったのは、エファだった。
「この辺りはあまり行かない所だから、詳しくは知らないぞ」
テーブルに片頬をくっつけながら、ジャギが言う。
「絶対罠だよね」
頬杖をついてアタシは言う。
ドクロマークなんて、いかにもじゃん。
「先程は助かった」
渡された地図を眺めていると、ゴタゴタを片付け終えたマスターが新しい皿とジョッキを持って近づいてくる。
その向こうでウェイトレスちゃんが、カウンター周りの割れた皿やひっくり返った料理を慣れた手つきで片付けていた。
それは多分、ラヴフェイムの唱えたスリープで昏倒した皆がひっくり返したものだ。
ちなみに、このテーブルにも被害は出ている。
出来立て料理が悲しい事になっていた。
とは言え、それはケンカの損害よりも少ないに違いない。
マスターの機嫌がそう言っている。
「大切な呪文を唱えさせてしまったな。詫びと言うのもなんだが……、おや、それは」
ごとり、ごとりと皿やジョッキをテーブルに置きながら、マスターはそこに置かれた地図に眉を上げる。
「ご存じですか?」
「最近冒険者たちが話しているのを聞いたよ。『そこには何かがある』んだって」
「ガンダーラっすか」
「どんな夢も叶っちゃう感じの?」
「よし、行きましょう」
「……ちょっと待ってくれ」
ジャギ、アタシ、エファと、流れるようなノリの中、静かな声でナインゲートが口を開く。
静かすぎて存在忘れかけていたが、もしかしてこいつ、ツッコミの才能あるかも? とアタシが期待したのもつかの間。
「何かが、って、誰も知らないのに、なぜわかるんだ?」
単純に、疑問をのっけただけだった。
お前も戦闘脳筋かよ。がっかりだ。
「無戻ってきたやつらは、『行ったが何もなかった』と言うんだが、行ったっきり戻ってこないやつらもいるんだ。そいつらは『何か』を見つけたが、戻れなかったんだろう」
「何かがあるが、何もない、か。確かに、謎かけだな」
マスターが置いたジョッキを口に運びながら、ラヴフェイムが言う。
「見つけたら戻って来れないって何さ。やだよそんなの」
アタシは反対。
「詳しい場所はわかるんですか?」
「ここに書いてある川は、近くの川の上流だ。俺が聞いた話では、川を3日ほど遡れば現場に着くらしい」
エファの問いに、マスターが答える。
「上流か。次の街に行く通り道でもないな」
気のない声で、ジャギが言い、
「わざわざ行って解き明かしたい謎でもない」
ラヴフェイムも同意する。
「せめて依頼があれば、ですね」
エファがそう言うと、
「その場所のことは、実は俺も気になっていてな。様子を見に行ってくれないか。なに、何もなければ、何もないで構わない」
「それは、『依頼』ですか?」
耳ざとくエファが問う。
「依頼だが、報酬は出せん。だが、往復1週間程度の弁当を出す」
「マスターの保存食ですか」
「味は保証しよう」
1週間、マスターの料理ただ食い。それはちょっと魅力かも。
「酒は?」
「乗るんかい」
ラヴフェイムの言葉に、ほぼ全員が突っ込んだ。
川の上流に広がるのは、ただ森。
遠くまで行くのだから、ロバでも……というアタシの提案は、
「森には狼がいるぞ」
というマスターの言葉で却下。
「まぁ、馬やロバはそいつらの食料を運ぶだけで一杯になりそうですしね」
と、エファに止めを刺された。
「え、馬とかロバってその辺の草食べればいいんじゃないの?」
「森の中に生えてる草なんか食べないだろう?」
ジャギにまでえぐられるとは思わなかった。
「わかりましたよくっそぅ」
ちょっとやってみたかっただけだよ。ちっ。
往復1週間とすれば、それなりに必要なものもある。
以前に買ったものを点検して、足りないものは足して。
そんなこんなで、アタシたちは旅装を整えた。
「で、買ったの? 槍」
長尺ものを背負ったジャギに、アタシは問う。
「入用な気がして」
あっさりとジャギが答える。
「メイこそなんだよ。二宮金次郎か?」
「たいまつ入用な気がして」
2セットは多かったと、今は反省している。