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その5

 景色は昨日とは変わり果てていた。同じ場所とは思えないほどだった。

 朝からずっと吹き通しだった熱風のせいで、あれほど積もっていた雪はあらかた姿を消し、ところどころ地肌が露出していた。なかでも山越えの峠の道は、傾斜しているせいもあり完全に土色になっていた。それは雪と氷の守護がもう存在しない証だった。その向こうは無防備となった人間たちの領域なのだ。その思いにリュークは身震いを禁じ得なかった。

 山々に囲まれ見渡す限り平らだった大地も完全に様相を変えていた。思いのほか狭かった岸辺がじくじくとぬかるんでいるのに対し、いまや平原の大部分がさざ波の立つ広大な湖面と化していた。だが積雪のほとんどを溶かしつくした熱風も湖を閉ざす氷を溶かすまでには至らず、水面の真下は分厚さを窺うこともできぬ氷が張りつめたままだった。歩み入ると水の深さは踝が浸るほどしかなく、鏡のような氷の平滑さは全く損なわれていなかった。けれど大気が真夏でも冷涼なこの北の地を蹂躙した熱風の余波でうだっている一方で、氷結した湖面を浸す雪解け水はただならぬ冷たさだった。千切れそうな足を引きずりひたすら湖の中央へと向かうリュークの上体は、いまや汗びっしょりだった。やっとのことで目指す場所までたどりついたとたん、正面の稜線の彼方へ陽が沈み始め、朱に燃える大空を映す湖が昏き緋一色に染め上げられる。巨大な血の海さながらの湖上に佇む錬金術師の青年に、内なる龍神族が語りかける。

”ヤバいことになったじゃねえか”

「ああ、まさか雪解けだけで夕方までかかるとは思わなかった。これじゃ次の術の発動まで半時はかかってしまう。その間あれが絶対に峠へ向かわないよう、ここで足止めしなくては!」

”変身するとヤツはオレを無視して峠へ行っちまうんだもんな。爺さんの準備がすむまではこの溜まり水だけが頼りってわけか。でもよ、ヤツの魔力は人間とはケタ違いだぜ”

「わかっているさ。正面からのぶつかり合いじゃ勝ち目はない。でも、やらなきゃならないんだ!」


 いい交わすうちにも夕日は陽炎に揺らぎつつ沈みゆき、やがて紅の残光を名残に没し去った。向き直ったリュークの目の前で、炎が洞窟から現れた。だが、昨夜とは様子が違っていた。

”えらく小さいじゃねえか。オレの身長とそう変わらないぜ”

「昨夜は吹雪を受けて膨れ上がっていたから、やはり寒さとも関係はあるみたいだな」

”それって寒がりってことかよ?”

「そんな単純な。こんな暑さでもまだ寒がってるのかい?」

”でも水に入ってこねえぜ。やっぱ冷てえのはイヤなんじゃねえか?”

「こんな浅い水でどうにかなるとは思えないが、確かに警戒してるって感じだな」

 すると炎が動き出した。こちらにではなく、水辺に沿いつつも峠に向かって!

「まずい! なんとかこっちへ来させないと!」

”じゃあ水でもぶっかけてやろうぜ。今ならあの火も消せるかもしんねえ”

「……奥の手のつもりだったが仕方ない!」

 リュークが全身の魔力を振り絞りつつ剣で空中に大きく文様を描くや、湖面の水が炎めがけて一気に押し寄せ津波と化して襲いかかる! 氷上にがくりと膝を屈し息を弾ませる錬金術師の眼前に立ち登る巨大な水蒸気。だがそれを突き抜け吹き上げた長大な炎が、むき出しになった氷の上をよろめくように駆けてくる!


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