1.プロローグ
桜の季節は嫌い
あの日の事を嫌でも思い出してしまうから…
◇◇◇◇
桜並木の桜が満開を過ぎ、散っていく中、私は私を産んでくれた人の背中を見送っていた。
後ろ姿からでも分かる、彼女の軽い足取り。
そして、前方に私の知らない男の人が現れると彼女は軽く走り出し、その人の腕に自分の腕を絡める。
一緒に歩き出し、2人が話をするたびに彼女の横顔が見えた。
それは、私には一度も向けられることのなかった、幸せに満ちた優しいものだった。
痺れているような頭の中で、幼い私が理解していた事は、私は母に捨てられたのだということと、母には私より大切なものがあったのだということ。
体は全く動かなかった。
足は地面に縫い付けられているようだ。
声も出ない…。
ただ、ただ、呆然と立ち尽くし、母の姿が見える間ずっと、母の背中を見送っていた。
すると、強い風が一気に吹いた。
路上に落ちていた桜の花びらや、まだ咲いている花をも舞あげ、散らせ、一瞬のうちに辺りは桜吹雪になる。
私は目を開けていられず、目を覆う。
それは、ほんの一瞬の出来事のように思えた。
なのに、長く続く桜並木を歩いていたはずの母は、私が目を閉じていた一瞬の間に消えていた。
まるで、それは儚い夢を見ていたようなそんな気持ちにさせられるものだった……。
桜の季節は嫌い
あの日の事を嫌でも思い出してしまうから……