表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/7

6、期待

 衝撃的な言葉、体験ということは、身体にこびりついて、なかなか離れてくれない。

私にとって、最も酷く心が痛んだ体験は、母親からの何気ない、悪意のない言葉だった。

私が高校生のとき、母は、数字がびっしり並べられた一冊のノートを私に見せ、あんたはこれだけのお金がかかっているのよ、必ず返してね、といつも通りの笑顔で言った。なるほど、私は、この目の前の女性に、生きるために金を借り、返すためだけに生きているのか。私の生きる理由はそれか、と当時はそう納得した。母からの望み通り、私は、大学の進学先や将来の職業を、金を返し、社会的に認められた職にすることに決めた。そして、今だ、親には生まれたこのかた費やした金銭を耳をそろえて返さなければならない、という妙なプレッシャーは、私を責め続けている。当然といえば、当然だが、上述の恐怖に近い理由で決めた大学での生活は悲惨で、自分で心からやれたと思ったことは、たった一つだけだった。ただ、一つ、ボードレールの詩集を読むこと。ただそれだけだった。


 創作をはじめて、驚くべきことに、教育や家庭環境で受けた傷と同じ傷を、自分の作品に負わそうとすることだ。頑固なヒステリックな望みが、自分の作品を作り出す過程にもひよっこりと現れる。私の傷はわかりやすい。お前は優等生でなければならない、私の思う通りでなければならない、と、己の心を責め続ける。創作においてもっとも重要視される自由な心など、決して、私は許すことができないでいた。これでは、行き詰って当然だ。

解決方法は簡単だ、なんでも自由にやりなさい、自由に遊びなさい、内なる子供に、何度も言うことだ。自分が納得するまで、何度も、何度も。繰り返し、奥底の、奥に届くまで。


 さて、私を含め、今の教育システムは、私たちの内なる子供たちを育てることと真逆のことをしている。擬似的な競争と、自分たちにとって予想でき、素晴らしいと認められていることしか、認められない。だからこそ、まずは、何が生まれようとも、無条件に愛すること(この感覚を取り戻すのが第一だ、赤子のときに抱いていたこの世界に対するあの感覚だ)、親バカになること(拍手!生まれるたびに喜びを!)、突拍子のない面白い夢に一緒に挑戦することが、非常に有効な手立てとなる。

そして、最も有効な手立ては、ジュリア氏の日本語版著作のタイトル通りだ。


ずっとやりたかったことを、やりなさい


 心の底からやりたいことについて、一歩を踏み出すこと。言い訳をつけて、目をそらしてきたことに、きちんと取り組むこと。

「あなたはいるだけでいいわ、息災ならいい。自分の心の思うままに、あなたのためなら、私、なんだってするわ!」

取り組むうちに、つい、内なる子供に声をかけたくなる。それは、あなたが親から欲しかった言葉と重なることが多いだろう。そして、感傷的になり、怒りや、愚痴、後悔といった強い感情が湧き出る。さぁ、感情に導かれるときが、最もアートには適している。さぁ、すぐさま、作りだそう!


 子供は、宿命的に、自分の成長するタイミングを、生まれながらに知っている。

問題は、それが、親が未経験という恐怖や嫉妬でぺちゃんこに押しつぶしてしまうことだ。

そして、大人から与えられたガラクタのような理想や課題に息を詰めてしまい、まるでそれに従っているような演技を始める。嘘が、多くなり、心のバランスを崩しはじめる。問題は、これがいたって普通の状態だと、思っている人が多いことだろう。私たち、大人こそ、子供に余計なガラクタを押し付けていることを自覚すべきだ。子供は、何よりも美しいものが好きだ。木漏れ日の差し込む優しい日差し、宵が始まる直前の空の色、繊細な切り絵、すべすべした美しい形の石。この世界は、美しいものであふれていることを、彼らはわかっている。そして、その美しさに答えようと、小さな手は、夢中になってダンスをはじめ、創作に没頭する。安心してほしい。私たちの手は、そのときの手を覚えている。そう、思い出せばいいだけなのだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ