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第八話 - 反撃の狼煙 / アルヴァ

 レインはスララとポゼッションし直して、失った足を再構成した。

別のスライムで補ったせいで、背が二センチほど縮んだ。

まぁ、水を吸収すれば元に戻るのだが。


 瓶詰になった足はグロテスクに残ったままだが致し方ない。なんとなく勿体ない気分になるが、こちらを取り込む術はない。


「おっ、大丈夫そう?」


 牢番の服を剥ぎ取ったミラナが戻って来た。

ぶかぶかのシャツは腰のあたりで縛ってあって、ズボンも無理やりベルトで締め上げている。裾は何重にも折り返されている。


「なんとかな。助かった」


「そ。いっぱい感謝しなさい」


 ミラナは得意げに笑う。


「感謝ついでに、これも取り外せるか?」


 レインは壁にぶら下がっている封印錠(シール・ロック)を指差す。


「ええ、勿論。でもこんなのいる?」


 ミラナは地面に転がしていた鍵を拾い上げて、なんとも嫌そうな顔をする。

レインを殺しかけていたのが気になるのか、それともただ面倒なだけか。


「金貨百枚の価値はあるぞ」


「任せなさい」


 即答だった。ミラナは慣れた手つきで錠を外して、自分のベルトにぶら下げた。


 レインは冷めた視線を送って、


「さて、今後の方針だが……」


「うん」


「とりあえずリゴール公爵邸からの脱出。その後、ローザを回収してから知り合いの騎士団に保護して貰

おうと思う。ローザは家にいるんだな?」


「ええ。貧民街スラムの仲間に守って貰ってる」


 ほう、とレインは感心する。スララと二人で乗り込んできたことといい、適切な判断だった。


「良し。じゃあ行くとするか」


 レインが前を行き、ミラナが二歩後ろを付いてくる。

 机の上に投げ出されていた三本の包丁を、ミラナが回収する。

 二人は足音を忍ばせ、そっと階段を上がる。


「……誰もいないな」


「あたしが来た時も誰もいなかったわよ」


 静まり返った無人の廊下を、歩く決意をする。


 五歩目で唐突に、


「おや? もしやと思って来てみれば」


 奥から、ヴィンセントが現れた。一人のようだ。


「よう。暇過ぎたんで出て来ちまった」


封印錠(シール・ロック)を|突破なさるとは……」


「うちには優秀な弟子がいたもんでな」


 背後にいるミラナに手振りで待機を命じてから、レインはゆっくりと歩き出す。


「お前のとこの騎士はどうした?」


「別件でごたついておりまして。お相手は私一人です」


 その話が真実かは分からない。が、どちらでも良い。いくら人間の戦士が増えようと、寄生魔の宿主(パラサイト・ホスト)の敵になりえない。


 レインは更に歩みを進める。


「ポゼッションしなくて良いのか?」


「また敵の心配をされているので?」


 ヴィンセントが不快な笑みを浮かべる。


「――雑魚をなぶっても心は晴れねェだろ」


「そのようなことはございません。弱者を嬲ることは、とても……とても気持ちが良い」


 こいつとは未来永劫分かり合えないだろう。


 レインは三歩歩き――唐突に床を蹴り、廊下を駆け出した。

 両腕を胸の前でクロスし、硬化。そのまま間合いまで一気に詰める目論みだ。


 が、


「ショウッ、タ~イムッッ!!」


 ヴィンセントは似合わない掛け声と共に、両の掌をレインに向けた。

開いた手が手首から間接が外れたように垂れ下がり、そこにはぽっかりと大穴があった。

 刃が付いた鎖が二本飛び出し、駆け寄るレインに襲い掛かった。


 レインは足を止めずに、


「ハッ――!」


 硬化した手刀で鎖を叩き落とす。


 が、鎖は意志を持っているかのように、重力を無視して再びレインを締め上げに掛かる。


「せんせーっ!?」


 ミラナの悲鳴。


 レインの胴体は鎖の剛力で真っ二つにぶった切られた。上半身が勢い良く前方へ吹っ飛ぶ。

 空中を舞うレインは涼しい顔で自分の下半身に腕を伸ばして吸収、体を再構成。

 その間、わずか二秒。


 何事もなかったかのように、ヴィンセントの下へと駆け寄る。


「おかしな体してるな、お前」


「貴方だけには言われたくありませんね――!!」


 掴める間合いに入った。

レインは飛び掛かり、硬化した手でヴィンセントの喉を締め上げた。完璧にまっている。


「ぐっ……」


 ヴィンセントの見開かれた目が怪しく光る。


 レインは予感めいたものを感じて、咄嗟に自分の足を硬化させる。

 直後にヴィンセントの膝から鉄板のような刃が飛び出してレインの足を襲った。間一髪だ。


「人間びっくり箱だな」


「かっ……はっ……」


 ヴィンセントは小さくもがきながら、酸素を求めて大口を開ける。

 口の中で、何かが光った。


「むっ――!?」


 レインは右手を切り離し、反射的に背後に飛んだ。


 ヴィンセントは腰を大きく落とし、


「カハーッッ!!」

 

 雷撃を、吐いた。


「ちいっ!」


 横に飛んだ。が、雷は吸い寄せられるかのようにレインの体の方に曲がって来た。


 左手を切り離し、前方に投げ付ける。

 ぱぁん、と乾いた音がして受け止めたスライムが消し飛んだ。


 大した威力だ。さしものレインも直撃すればタダでは済まないだろう。


「ヒッハ……水分ばかりの体は、良く雷が流れるようですねぇ……斬撃や打撃に強いスライムの体もこのザマです」


 ヴィンセントの首を絞めていた腕がぼとりと落ちた。力が切れたのだ。


 レインは両腕を再構成する。

どんどんと体を消費しているせいで、もう十センチは体が縮んでしまっている。


 廊下の真ん中に移動しながら、レインは考える。

 何か、策が欲しい。雷撃を防ぐ何か。


 ヴィンセントは大口を開け、再び雷撃の準備姿勢に入る。


「ミラナ! そいつをよこせ! 全部だ!」


 レインは叫んで、背後に手を伸ばす。


「えぇっ?」


 ミラナは一瞬腰の封印錠(シール・ロック)に視線を落とし、すぐさま手中の包丁を投擲した。

良い判断、良い腕だ。


 包丁がレインの手に届く瞬間、足元の鎖が浮き上がって三本すべてを叩き落とした。

 手元からわずか十センチの出来事。


 ヴィンセントが顔を歪めて笑う。


「カハーッッッ!!」


 吐かれた雷撃がレインに向かって襲い来る。


「まぁ、構わんがな」


 レインは一歩下がり、目的のものを掴む。


「こっちでも不足はねェ」


 それは、ヴィンセントの腕から生えた鎖。

目の前に迫った雷撃に向かって、レインは力任せに鎖を投げ付けた。


 目の前で光が弾ける。雷撃は鎖が受け止めた。

戸惑ったヴィンセントの顔には大してダメージが見受けられないが、関係ない。

一度ばかりの盾の役割を果たせればそれで良い。


 レインは既にヴィンセントに駆け寄っている。


「ヒッ、ヒハッ――!」


 ヴィンセントの首を引っ掴み、それを起点に背後に飛んだ。

そのまま腕で頸動脈を締め上げながら、全身を硬化する。この位置からは雷撃を食らう心配もない。


 ヴィンセントは狂ったように悶える。じゃらじゃらと繋がった鎖が音を立てる。

そもそも力任せに引き剥がせるものでもないが、抵抗する為の両の手は鎖を出す為に外れてしまっている。


 十秒ばかり締めたところで、ヴィンセントの頭ががくりと下がった。


(ぷぇー……強かったね、だぁりん)


「おう。ご苦労だったな」


 駆け寄って来たミラナから封印錠(シール・ロック)を受け取り、ヴィンセントの首にめる。どこか繋いでおける場所は……見当たらない。このまま置いていくか。


「金貨百枚の道具が……」


 ミラナの悲しみのこもった呟きを鼻で笑って、レインは床に飛び散ったスライムを回収する。

消費の八割方は取り戻せた。


「ミラナも良くやってくれたな」


「そ、そう?」


 落ち込んでいた顔が、晴れやかなものになる。


 途端、地響きが鳴り響いた。


 屋敷の奥――いや、あっちの方向は玄関口か。


「なに、いまの」


「分からん。が……気になる」


 ヴィンセントは何か問題が起きているようなことを言っていた。

今この屋敷で起こっていることなら、レイン達に関係ある事柄のように思える。


「ちょっと見て来る。先に家に戻ってろ」


「でも……」


「悪いが、戦闘じゃ足手まといだ」


 ミラナは少しムッとした表情を見せたが、すぐに頷いた。


 レインは立ち上がり、音がした方向に走る。

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------


 玄関ホールは地獄絵図と化していた。

 二階まで吹き抜けの広大な空間が、今は炎と瓦礫に支配されている。

 視界の端で、甲冑の騎士達が横たわっている。一、二、三、四、五、六、七まで数えて、やめた。

死んでいるのかどうかも分からない。


 災害が襲ったとしか考えられない、凄惨な光景だった。


 レインはホールの中央へと足を進め、階段の前に立つ災害の正体を見つけた。


 床に這うローザ。

 その隣に立つアルヴァ。


「……アルヴァ」


「やぁ、レイン。無事だったんだね」


 戸惑うレインに対して、アルヴァはいつもと変わらない優しい笑みを向けてくる。


 女性が見ればすぐに心奪われるような笑顔だったのかもしれない。

が、この地獄の中ではひどく浮いて見えた。


 レインは顔をしかめる。子供が見れば泣きだしそうな迫力をかもし出す。


「お前がやったのか?」


「まさか。彼女の仕業さ」


 アルヴァが手で指し示した方を見ると、騎士に抱えられてぐったりとしている少女の姿があった。

 あれは酒造場で出会った盗賊団のリーダーだ。名前はフレイ。


「……あいつは?」


「ローザと一緒に乗り込んで来たのさ。散々暴れて、ドラゴン・ポゼッションの過負荷オーバー・ロードで潰れてしまったみたいだけど」


「なるほどな」


 大体の状況は理解ができた。


 この地獄絵図の理由。

 ローザとフレイがここにいる理由。

 フレイが倒れている理由。


 分からないことは、たったの一つだけだ。


「お前……どうしてここにいる?」


 問いを受けたアルヴァは、心外な顔をした。


「君を助けに来た……と言ったら、信じてくれるかい?」


「勿論信じる。今すぐにローザとそこの少女を俺に引き渡したらな」


 アルヴァは力なく笑って、頷いた。レインが今の状況を理解していることが伝わったらしい。


「それは無理だ。僕の目的はローザを手に入れることだからね」


 アルヴァは己の言葉で認めた。レイン達への裏切りを。


 レイン達を陥れる為の罠は、ヴィンセントを発端に始まったのではなかった。

アルヴァに話を持ちかけられた時から、既に計画は始まっていたのだ。


「理由を聞かせてくれるか?」


 信頼する仲間に裏切られた。にも関わらず、レインは自分でも驚くほどに冷静だった。


「ハミィを取り戻す為だ」


----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------


 便利屋『クロフォード』のリーダー、サンドラ。

誰もがその才能を羨み、誰もにその人格を愛された、歴代最強のドラゴンの宿主(・ホスト)


 人の為に尽くし。決しておごらず、戦わず。

その強靭な力で川に橋を架け、その鋭利な爪で雑草を刈り、その俊敏な翼で恋文や薬を届けた。

その行いを「ドラゴンの無駄遣いだ」と非難する人間もいたが、それでもサンドラは自分の考えを変えなかった。


 そんなサンドラの最後は、ただの流行り病が原因だった。

人々に愛された寄生魔の宿主(パラサイト・ホスト)は、あっけなく十八の歳でこの世を去った。


 サンドラの死後、仲間は次々と離脱し、気が付けばクロフォードには二人と三匹しか残っていなかった。

 スライムの宿主(・ホスト)。レインとスララ。

 ハーピィの宿主(・ホスト)。アルヴァとハミィ。

 そして主を失ったドラゴン、ローザ。


 アルヴァとてサンドラの死はひどくショックだった。

が、実弟であるレインの憔悴ぶりとは比べ物にならなかった。


 依頼も受けずに、日に日にやつれていくレインをただ見守るだけの生活。


 そんな日々の終わりを招いたのは、とある騎士の訪問だった。


 男はガレオンと名乗った。恰幅の良いヒゲ面の中年。快活な印象。


「依頼なら受けないよ、隊長さん」


 アルヴァはすぐに断った。気乗りがしなかったし、レインは働ける状況にない。

それに、騎士が持ってくる仕事というのは大抵血生臭いものが多い。偉そうなやつならなおさらだ。


「まあまあ、そう言わずに。話だけでも」


 ガレオンは強引に応接間を用意させると、アルヴァとレインに依頼の話をした。

見かけに似合わず、丁寧な口調で。


 戦争の話だった。


 昨年始まったシブリアとの戦争に参加しろと言うのだ。


「ここにはドラゴンがいますよね? 是非その力をお借りしたいのです」


 ガレオンの狙いは非常に分かりやすかった。

断固として不戦を貫いていたサンドラが死んだから、これを好機と誘いに来たのだ。


「ドラゴンには宿主ホストがいないからね……」


「おや。ポゼッションを日常的に行っている寄生魔の宿主(パラサイト・ホスト)なら、ある程度は戦えると聞いていましたが」


 こいつ、良く知っているな。


「それでも、先代の五割の力も発揮できないよ」


「五割! そんな贅沢は言いません。二割もあれば十分! 戦場において寄生魔の宿主(パラサイト・ホスト)は圧倒的戦力ですからな」


「……貴方の話は分かりました。こちらで話し合っておきますから、今日のところは」


 アルヴァは面倒に思って、ガレオンをさっさと追い返した。どうせ受けるわけがない依頼だ。

 


 ところが、夜になってレインが依頼を受けると言い出した。


「冗談だろう!? 僕は行かんぞ!!」


「――ああ。俺とローザだけで良い」


 レインは生気のない瞳でアルヴァのことを見る。

いや、顔が向いているだけで見ていないのかもしれない。

声を発するのが不思議なぐらいにレインは死人のようだった。


 とても正常な判断をしているとは思えない。


「スララのことはどうする気だ」


「あいつは街のやつらに愛されてる。一人でもやっていける」


「僕達のことを置いていくのか」


「お前にはハミィがいるだろ。貯め込んだ金もある」


「勝手なことを!!」


 アルヴァはレインに掴みかかった。

レインは状況が理解できないようで、胸倉を掴んでいるアルヴァを呆けた顔で見た。


 その瞬間、アルヴァはすべてのことがバカらしく思えた。まるで人形と言い争っているかのようだった。


「――好きにさせてくれよ」


「……サンドラの意志を裏切るのかい?」


「――もう、姉さんの呪縛から解放されたいんだ」


 それが、アルヴァがレインと交わした最後の言葉だった。

 


 クロフォード邸前。

 旅支度を整えたアルヴァの隣には、美しき半人半鳥のモンスター・ハミィがいる。


 南国の果実のようなピンクゴールドの長髪。

手の代わりには大きな虹色の翼が生えていて、肩には水筒を掛けている。


 アルヴァは玄関の方へと振り返る。


「本当に君は来ないのかい?」


 アルヴァ達を見送りに来ていたスララは、大きく頷いた。


「街の人は皆優しいスラ。それに……」


 スララは諦めたような笑顔を浮かべて、


「スララは、だぁりんを待ちたいから」


 アルヴァは心を打たれた。そして、戦場に旅立った親友を今すぐ殴りたい衝動に駆られた。


 言葉を紡げなくなったアルヴァの代わりに、ハミィが羽に隠された豊満な胸を押さえながら会話を引き継いだ。


「着いたら必ず手紙を書きますから。お返事くださいね」


「うん。待ってるスラ」


「では、ごきげんよう。……アルヴァ、行きましょう」


 後ろ髪を引かれる思いで、先に歩き出したハミィの背中を追う。


「……辛いな」


「はい。でも、振り切ってしまわないと、いつまでも立てませんから」


 クールに振る舞っていたハミィの青色の目には、涙が溜まっていた。


 

 ラワハーグに着いたアルヴァ達は、便利屋時代のツテを利用して運送屋を始めた。

 最初の頃はハーピィ・ポゼッションを使って荷物を運んでいたが、取引の量が増えて来ると人を雇い、馬を買い、馬車を買った。


 瞬く間に店は大きくなった。アルヴァは増えた資金を利用して、更に輸出入貿易を始めた。

受注や買い付けから運搬までを自分のところで行う。手間は増えるが、当然利益は大きくなる。


 アルヴァはもう一つ大きな買い物をした。


 自室で図面と睨めっこをするアルヴァに、ハミィが訊ねた。


「あら? その絵はなに?」


「船さ。貿易船だよ。僕達の船だ」


 アルヴァの商売は海外にまで手を広げた。


 かき集めたサントデリアのドレスやアクセサリーを船で輸出し、南の国ヨイヤンの丈夫な鉄製品や甘いフルーツ、そして果汁がたっぷりと入ったヨイヤン酒を輸入した。

 その利益を元手に取引量を増やしていく。船の積荷は増え、乗組員は増え、取引相手も増えていく。


 順風満帆。

その頃は、すべてが上手くいくものだと思っていた。

 


 嵐がやって来た。


「荒れていますね……」


 揺れる窓の外を見ながらのハミィの呟き。それも、頭を抱えるアルヴァの耳には届かなかった。


 アルヴァとて、船貿易のリスクは勿論承知していた。

災害に見舞われ、帰って来なかった船が極めて多いことも知っていた。


 だからこそ、アルヴァは複数の船乗りの意見を聞き、学者の意見を聞き、占い師の意見をも聞いた。

そして、すべてが「良し」と言うまでは決して出港を許さなかった。


 なのに。


「どうしてだ……」


「アルヴァ……」


「どうして、いつも僕はこんな目に遭うんだ……」


 夕刻に帰るはずの船は、未だに行方が分からない。

もう、とっくに日は落ちている。


「……気象というものはいつも気紛れですから。海の、ラワハーグの天気は特にそう」


 そんなこと、アルヴァは十分に知っていた。


 だから、だからこそ、最大の注意を――、


「――港に行って来る。このままここで待ち続けるなんて、僕にはとても耐えられない」


「ダメです! 危険過ぎます!」


 ドアの前に立ち塞がったハミィを、アルヴァは本気で突き飛ばした。

ポゼッションしていない寄生魔パラサイトは無力だった。

 そうして、凶行を行った自分の手を見て愕然とする。

愛するハミィに対して、一体何をやっているのか。


「――すまない」


 その言葉を別れの挨拶にして、アルヴァは家の外へ飛び出した。


 大粒の雨が投石のようにアルヴァの体を打ち付ける。豪風が確かな悪意を持って足元をすくおうとする。

 それでも、走った。闇の中をひたすらに走った。


 港を目指していたアルヴァは、手前の海岸であるものを見つけた。

遠目にも良く分かる異常に大きな影。


 まさかと思い、アルヴァは砂の上に降りた。そして、十年振りに生き別れた妹に会ったかのような心地でそれに駆け寄った。


 拾い上げる。


 磨かれた木材――船の部品。


「ひっ……」


 いや、違う。そんなはずがない。

 僕の船が、沈むはずがない。

 自分の愚かな考えに笑みすらも浮かべながら、アルヴァは木材を投げ捨てた。


 そうして、気付いた。


 海岸に大量に流れ着いている別のモノの存在に。

 木材、木材、木材、酒瓶。

 木材、木材、ヒト、木材。

 木材、ヒト、ヒト、ヒト、ヒト…………


「うぅわああぁぁぁッッッ――!!」


 それは紛れもない、アルヴァの部下達の亡骸だった。

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