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第七話 - スーパーシーフ・ミラナちゃん

 決して、寝過ごしたわけじゃない。 

いつも通りに目を覚まして、食堂に行ったら置手紙があった。


『スララと仕事に行ってくる。勝手にポゼッションしないように レイン』


 達筆だった。

 ミラナは苛立って、ぐしゃぐしゃと手紙を丸めて潰した。


「もー、一緒に連れてってくれれば良いのに!」


 場所も仕事の内容も書いてないから、追いかけようもない。いつ帰って来るかもわからない。

なんとも不親切な手紙だった。


 ぐぅ、とお腹が鳴った。


「……とりあえず、ご飯にしようかな」


 食材の詰まったかごを睨む。野菜は良いが、肉は使ってしまった方が良いかもしれない。

 エプロンを付け、まな板と包丁を取り出してから、樽の水を使って手を洗う。


 作業に取り掛かろうとすると、ドアの鈴がしゃんしゃんと鳴った。


「誰よ、こんな朝っぱらに」


 身の回りで起こるすべての事象が、今のミラナには疎ましく感じた。


「はいはーい! 先生ならいらっしゃいませんよー!」


 適当に叫びながら、ミラナはぱたぱたと玄関口に出る。

 そこには、良く見知った顔が待っていた。


 薄汚れた男装の少女。頭には深緑色のバンダナ。人懐こい垂れ目の瞳が悪戯っぽく輝いている。


「フレイ!」


「へへー、来ちまった。ダンも一緒だよ」


 フレイの背中から、ひょっこりと小さな少年が顔を出す。そしてにんまり笑って、手を振ってくる。

今年で十二歳になる少年はフレイと同じような格好をしている。


 彼女達はミラナが所属していた盗賊団の仲間である。


「どうしたのよ、急に訪ねてくるなんて」


「なぁに、ちょっと顔を見に来ただけさ。ダンがどうしてもドラゴンを見たいって言うからさ」


「フレイねえの方こそ、ミラナ姐に会いたい会いたーいってうるさいんだよ」


 ダンの反撃に、フレイは少し頬を赤く染める。


「あらあら。まぁ、上がってよ。今はあたしとドラゴンちゃんしかいないけどさ。ご飯食べてく?」


「おー、良いのか? 悪いな」


「わーい、ミラナ姐の手料理だ!」


 二人は喜んで、ミラナの後を付いてくる。

 

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「これが、あたしの相棒! ローザよ!」


 ミラナはローザの重たい体を持ち上げて、椅子の上に座らせた。

 ローザは目を細めて、「くるる」と鳴いた。欠伸をしたのかもしれない。


 フレイは食事の手を止めて、目を瞬かせた。


「かわいい! でも、なんか眠たそうじゃない?」


「寝ているとこ、起こしちゃったから……」


「うはー! ミラナ姐、触って良い!?」


 言うが早いか、ダンは目を輝かせながら席から立ち上がってローザの体をぺたぺたと触りだす。


「おおう……かっちこち……」


「あたしも! あたしも!」


 二人は騒ぎ立てながら、ローザの体を撫で回す。

なんだかローザの目が助けを求めるようにミラナの方を見ている。


「あんた達、そのへんで……」


 玄関ドアの鈴が、しゃんしゃんと鳴った。


「出てくる」


 ミラナは食堂を後にする。背後で、ローザが「きゅいー……」と悲しそうに鳴いていた。


 玄関に立っていたのは、スララだった。


「あら、早かったわね。先生は?」


 スララの体が、びくりと震えた。


「だぁりんは、その……しばらく帰って来られないスラ」


 ミラナはすぐに怪しく思い、ずかずかとスララの前に歩みを進める。


「どこに行ったの?」


「お、お仕事で……」


 スララの前に立つ。身を少し屈め、視線をスララの高さに合わせる。

 途端に、スララの目に涙が溜まる。


「それで?」


「あの、ローザはミラナにあげるから……どこか外国で暮らせって……」


 なんだ、それ。


 まだ、ミラナは何も教わっていない。ようやくポゼッションができるようになったばかりだ。

それが何故、こんな唐突に追い出されることになるのか。


 ローザは凄く価値があるものなんじゃなかったのか。

ミラナによこすのを渋っていたんじゃなかったのか。


 それを、こんなにあっさりと。

 ありえない。


「どういうこと?」


「お仕事で……」


 あからさまな嘘に、かちんと来る。


「誤魔化すなっ!!」


 ミラナはスララの両肩を掴んだ。指はスライムの肌にたやすく食い込んだ。


「あんた、なに隠してるのさ! 先生が急にそんなこと言うわけないでしょ!!」


「うぅ……うぅ~……」


「泣いてもダメッ!! 言えっ!!」


 スララの肩を前後に揺さぶる。ぷるぷると体全体が震動する。

 背後から、ミラナの肩が掴まれた。


 フレイだ。


「あんた、なに小さい子苛めてんのさ」


「そんなんじゃない」


「水でも飲んで少し頭を冷やしな。ほら、続きは食堂で」


 フレイはミラナの腕を引っ掴んでスララから引き剥がすと、背中をぐいと押した。


「あんたもおいで」


「うぅ……」


 俯くスララの手を取って、フレイは食堂に向かう。

 

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 テーブル越しに怒鳴りつけるミラナ。

俯くだけのスララと、その肩に腕を回しながら宥めるフレイ。

中間の席に座ったダンとローザはただ黙って成り行きを見ている。


 五分の説得の末、ようやくスララは重い口を開いた。


「だぁりんは……レインは……悪い奴に捕まっちゃったスラ」


 ミラナの顔がこわばる。薄々勘付いていたことではあったけど、同時にまさかとも思っていた。

 ――先生が負けるなんて。


「相手に寄生魔の宿主(パラサイト・ホスト)がいたってこと?」


 普通の人間なら、束になっても寄生魔の宿主(パラサイト・ホスト)には敵わないはずだ。


「うん。ヴィンセントは仲間のフリをしてて、だぁりんが攻撃を止めたら足が斬られて、掴まれて、それはミミックで、封印錠(シール・ロック)を付けられて、牢屋に繋がれて……」


 スララの説明は要領を得ない。それでも、レインが騙し討ちを食らってとらわれの身になっていることは分かった。


「それで、あんただけ逃げ帰って来たと」


「……うん」


「そして、そのことを隠して、あたし達を逃がそうとしたと」


「……うん」


「ミラナ」


 苛立つミラナを、フレイが鋭くとがめる。


 だが、知ったこっちゃなかった。


「サイテーよ、あんた。先生を見殺しにする気?」


 スララは目を見開き、声も出さずに肩を震わす。

 泣いている。


 そこには色んな葛藤があったに違いない。レインにべったりなスララのことだ。

そんな展開を望んでいるわけがない。本当は誰よりもレインに死んで欲しくないはずだ。


 無理やりに押し付けられた。スララの意志ではない。


 だからなんだとミラナは憤慨する。


「仲間を見捨てるなんてこの世でもっとも愚かしい行為よ。あたし達はとんだクズだけど、これだけは死んでも守ってきた」


 一緒に過ごした日数や、恵んで貰った金貨の数なんて関係ない。


 レインにとっては、ミラナの存在なんてとんだ厄介事ぐらいにしか思っていないのかもしれない。

それでも、ミラナはレインのことを信頼していたし、感謝もしていた。

今受けている無償の善意を、いつか立派になって返そうと思い決めていた。


 そのタイミングが、ほんの少し早まるだけだ。


「助けに行くわよ。あたしだってドラゴンの宿主(・ホスト)なんだから。雑魚共なんて蹴散らしてやる」


「……ダメスラ」


 ミラナはかちんと来て、


「まだそんな、」


「だぁりんが人質に取られてるから、そのまま何もできずに捕まっちゃうスラ」


 む、とミラナは考える。言われてみれば確かにそうだ。

 目立つのはまずい。レイン救出は隠密に行う必要がある。


 と、なると――


「あたしとスララで忍び込もう。隠れるの得意でしょ? あたしも得意だから」


「でもでも、あいつらはローザを狙ってるスラ。スララ達がいなくなったら、今度はローザが……」


「そこはほら、そこにいる人達がなんとかしてくれるから」


 フレイが自分の鼻を指差して、


「あたしら?」


「良いでしょ? 留守番しててよ。変なやつが来たらダンが引き付けて、フレイがローザを連れて逃げれば良いから」


「簡単に言ってくれるなぁ……」


「あんだけ金貨貰ったんだから、それぐらい働きなさい」


 ミラナが口を尖らせると、フレイは笑ってスララに頬擦りした。


「違いない。恩義は返さないとな。ダンもそれで良い?」


「う、うん……」


「ありがとう。行こう、スララ」


 ミラナは席を立って、スララの手を取る。

 立ち上がったスララが、フレイ達にぺこりと頭を下げる。


「皆、ありがとうスラ」


「気にするな。ミラナをよろしく頼むよ」


「ほら、急ぐよ」


 時間が惜しい。こうしている間にも、レインは苦しんでいるに違いなかった。


 二人は食堂を飛び出し、玄関を抜け、大通りに向かって駆け出した。

 

----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------


 ミラナとスララがいなくなった食堂。


「出て行ったな?」


「うん」


「じゃあ、ダン。後のことは任せた」


「え、フレイ姐は!?」


 ダンの狼狽うろたえ様を見て、フレイはにやりと笑う。


「せっかくドラゴンがいるんだ。戦わない手はないだろ。あたしも行くよ」


「でも、人質が……」


「人質ってのは身内を捕まえるから意味があるんだ。ミラナ相手に通用してもあたしには通用しないって、相手さんも分かってるよ」


 フレイはローザの頭に手を置く。ローザの瞳がじっとフレイを見る。


「着いて来てくれるよね? あんたも友達を救いたいだろ?」


「でも、フレイ姐、ポゼッションできるの?」


「うるさいな。ミラナができるんだからあたしにもできるよ。ね、ローザ」


 ローザは「ぐるる」と不機嫌そうに鳴いた。


「着いて来ないんなら、あたしにも考えがあるよ。例えば、この家を燃やしちゃうとかね。……さあ、どうする? ローザ」


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 バーナム水路前。


「バカ言わないでよっ!!」


 ミラナは吼える。世の中の理不尽さを叫ぶ。


「うぅ~……でも、そうしないと潜入できないスラ~……」


「だ、だからって……こ、こんな往来で、裸にっ……」


 顔が熱い。言葉が続かない。まさかこんな目にうなんて思わなかったのだ。


 分かっている。これはミラナの我儘わがままだ。

仲間の命を救うことと、屋外で全裸になる羞恥心……どちらを優先すべきか、ミラナには良く分かっている。


 でも。


 でも。


「だぁりんははだかんぼになったスラ……」


「男の人と、一緒にしないでっ!!」


 男装をして男ぶって生きてきたつもりだったが、ミラナにもばっちり乙女な部分が残っていたようだ。

いや、きっと男の人でも恥ずかしいと思う。往来で平気で服を脱げる先生は、何か大事な感情が欠落しているのだと思う。

 羞恥心とか。


「うぅ~……でも、早くしないと、だぁりんが……」


 分かっている。


 ミラナは靴を脱ぎ捨てた。そして、周囲の人目を確認する。


 誰もいない。


 覚悟を決めて、いさぎよく服を脱ぎ捨てる。下着も脱ぎ捨てる。

 凄くいけないことをしている気分になる。今の状況を人に見られたら、お嫁にいけないと思う。


「ミラ、」


「スライム・ポゼッションッ!!」


 スララの呼びかけを無視して、ミラナは呪句を唱えた。

 スララが青い光になって、ミラナに吸い込まれる。


 ミラナの体はスライムになった。


「ううーっ、肌がぞくぞくする。でも、昨日よりは大分マシかも……」


 ローザの時はこんなにならないのに。やっぱり体を大きく作り変えるスライム・ポゼッションが特別負担が大きいのだろう。


(早く行かないと見つかっちゃうスラ!)


「あいよ。持ってよね、あたしの体!」


 ミラナは腕を振って、勢い良く水路に飛び込んだ。

 

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 ちゃぽんと水面から顔を出す。

周囲の安全を確認してから、ミラナは水汲み場から飛び出した。


 目の前には、クロフォード邸をも凌ぐ二階建ての大豪邸。


「お金って、あるところにはとことんあるのよねぇ……」


(ミラナ、早くだぁりんを助けるスラ!)


「はいはい。って言っても、どっから入ろうかしら」


 視界の端には裏口らしいドアも見えているけど――。


(だぁりんは上の窓から入ったスラ)


 言われて、二階を見上げる。確かに開け放たれた窓がある。


 ミラナは窓を指差してから、ナイフを投げる時のように右手を左腰に溜める。


「せーのっ!!」


 振り回された腕は確かに伸びた。たったの一メートルぐらい。

 当然窓まで届くはずもなく、ミラナの手刀は虚しく空を切った。


 自分が、何か物凄くバカなことをしている気分になった。


「……ちゃんと伸ばしてよ!」


(これが限界スラ。適応度が足りてないスラ……)


 適応度。そういえば先生が言っていた。ポゼッションした後の能力は、宿主ホストの慣れに左右される。


 ――それって、ヤバいんじゃ。

この状態で敵と遭遇して、まともに戦えるのだろうか。


(そういえば、だぁりんは地下牢に捕まってるから、一階から行く方が……)


「それを早く言わんかい」


 ミラナは腕をにゅるにゅると巻き上げ、元の長さに戻した。

 そして、裏口のドアの前に立つ。


「まさかとは思うけど……」


 ドアノブを捻る。鍵はちゃんと掛かっている。


「ま、そりゃそうよね」


 少しだけ期待した自分を恥じる。世の中そんなに甘くはなかった。


(ふぇ~ん! お手上げスラ~!)


 頭の中でスララが騒ぐ。凄くうるさい。


「ねぇ、もうちょっと小指伸ばしてよ。倍ぐらいに」


(スラ?)


 今度は成功した。良い感じだ。


「細くして。四分の一ぐらいに」


(ス、スラ……)


 やればできるじゃん。

 ミラナの小指は串のような形になって、ぷるぷると震えている。


「硬化。できる?」


 びし、と。頼りなかったスライムの指が鉄のように硬くなった。


(これで、どうするの?)


「まぁ、見てなさいよ。スーパーシーフのミラナちゃんの腕前を」


 ミラナは舌なめずりをして、小指を鍵穴に差し込んだ。

 ジャスト四秒で開錠に成功。ドアノブを捻ると、音もなくドアが開いた。


(凄いスラ! 魔法スラ! ミラナは大魔道士だったスラ!!)


 そこまで手放しに褒められると、照れる。


 ドアの奥は調理室だった。綺麗に片付けられていて、人の気配はない。

それでも、ミラナは慎重な足取りを保って忍び込む。


 つい数日前、酒造所に盗みに入ったことを思い出す。

あの時、初めてミラナはモンスターを――寄生魔の宿主(パラサイト・ホスト)を見たのだ。

まさか自分がこんなことになるなんて、あの時は少しも想像できなかった。


 ミラナは包丁立てから小振りなものを三本選んで、左手の指に挟んだ。

スライムの宿主(・ホスト)らしい戦い方は今の適応度では期待できない。慣れ親しんだ戦法を取るべきだ。


 廊下に通じているであろうドアのノブに手を掛ける。


 そして小声で、


「――牢屋はどっち?」


(左の方に真っ直ぐ行った突き当りに階段があるスラ)


「距離は?」


(ん~……五十メートルぐらい……)


 微妙に遠い。

 戦闘になるのを覚悟して、ミラナはそっとドアを押し開いた。


 左右を確認。長い長い廊下が続いている。


 誰もいない。


 嘘でしょ、と思う。


「罠……?」


 普通に考えれば、そうだ。平常時でも貴族の館にこんなにも人がいないことはないだろう。ましてや今は、超緊急時だ。


 スララは敵に騙し討ちを食らったと言っていた。なら、油断させる為に人払いぐらいはするだろう。


 でも、関係ない。


 ミラナは早足で、かつ足音を立てないように廊下を駆け抜ける。

 それから、二度角を曲がった。

 階段に辿り着くまで、ミラナは誰にも出会わなかった。


----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------


 慎重に、足音を立てないように。気付かれないように。

 階段を下り切り、壁の裏からそっと覗いてみる。


 鉄格子の部屋が三つ並んでいる。手前の机には牢番らしき甲冑の男が突っ伏して寝ている。


 ミラナはそっと男の背後に近付き、左手の包丁を一瞥し……右腕を男に首に引っ掛けた。


「硬化」


「ぐぅっ……!?」


 不意を突かれた男は一瞬で崩れ落ちた。


 ミラナは壁の鍵掛けに引っ掛かっていた鍵束を掴み取る。おりは三つしかないのに、何故だかじゃらじゃらと大量に束ねられている。


 牢に向かおうとして、足元に転がった男につまづいいた。

そして愚痴る。


「なんで牢番っていっつも寝てるんだろう」


「誰でもできる仕事だから、できない奴が割り当てられるんだ」


 一番奥の檻から、レインの声がした。


(だぁりんスラ!)


「ええ。待ってなさい!」


 ミラナは駆け足で檻の前にやって来た。

 そして、地面に転がった二つの瓶の存在に気付いた。


「あ、足っ……!?」


「俺の足だ」


 ミラナは驚いてレインの方を見た。


 もっと驚いた。


 レインは裸で、首を鎖に繋がれていて――両足がなかった。

 血が床に飛び散っている。血の海とは呼べないほどのリアルな光景が、なんともおぞましく見えた。


「ま、待ってなさい!」


 ミラナは鍵束と格闘し始める。が、一向に扉は開かない。

 忍耐力が切れる。鍵束を地面に投げ捨てる。


「スララ! 外でやったやつ!」


 小指を伸ばし、細くし、硬化。即席の鍵。

 二秒で開錠できた。牢の中に飛び込む。


「すげぇじゃねェか、ミラナ。そんな真似俺にはできんぞ」


「もう、呑気のんきね! えっと、どうすれば良い? スララとポゼッションしたら、足くっつく?」


「ダメだ。こいつが付いてる限りな」


 レインは首に付いている錠前を指差す。その黄金色の錠をミラナは見たことがある。

 封印錠(シール・ロック)。あれを付けられたスララは殴られて痛がっていた。


「特別な道具でな。モンスターの力を奪うかせだ。生半可には壊せねェ」


「なに、あたしの手に掛かれば……」


 封印錠(シール・ロック)の鍵穴に小指を突っ込む。

 途端に、硬化しているはずの小指がぶよぶよと肉のような感触になる。とても回し開けることなんてできない。


「なにこれ……」


「スライムだと丁度鶏肉ぐらいの固さになるな。おい、あの鍵の中に黄金の鍵はなかったか?」


 ミラナはさっと戻って、鍵束を拾い上げて確認する。

 そして叫ぶ。


「――ないよ!」


「……くそ、どっか別の場所か」


 絶望的な現実だ。今から屋敷中を探し回っても……いや、そもそも屋敷の中にあるのかすらもミラナ達には分からなかった。

 今から鍵が見つかるわけがない。


(ミラナぁ……)


 スララの縋り付く声が頭の中に響く。


「……舐めんじゃないわよ。こちとら十年盗賊やってきたのよ」


 ミラナは今度は左手の親指を封印錠(シール・ロック)の鍵穴に突っ込んだ。


「いったぁ……」


 穴よりも指の方が太い。肉が削げる激痛と共に、鍵穴がぶよぶよのスライムで埋め尽くされる。


「なにをする気だ……?」


「良いから、見てなさい」


 ミラナは指を抜く。そしてその形をくるくると眺める。

 続いて、鍵束を取り出して、一本一本丁寧に確認する。


「これね」


 古びた鉄の鍵。勿論封印錠(シール・ロック)の鍵ではない。


「右手の人差し指を硬い刃物にして」


 うん、変形は上出来だ。彫刻刀のような細い刃先。


 ミラナは鍵をがりがりと削る。地面の岩肌の溝も利用して、先程指を詰めて確認した鍵穴の形状に合うように、鍵を作り変える。


 思ったよりもずっと硬い。一心不乱にミラナは削る。


「――できた」


 全体のさびが取れ、随分と輝きを取り戻した鉄の鍵。


 恐る恐るレインの首元の鍵穴に突っ込む。


 回す。

 かちゃり、と鍵が開く音。錠が外れた。


「おおっ……!?」


 レインの驚く顔を見て、たちまちミラナは得意顔になる。どんなもんだ!


(凄いスラ~! ミラナ、早くだぁりんの足を!)


 そうだった。早くポゼッションを解かないと。


 ミラナは目を瞑り、体から力を抜く。白く淡い光が迸って、元の体に戻った。


 すーすーした。


 自分の体を見下ろしてみると、見事なまでに全裸だった。

 そう言えば、水路で服は脱ぎ捨てて来たんだ。


 ……え?


「きゃっ――、」


 体を隠しながら叫ぼうとしたミラナは、同じく裸のレインに組み付かれて口を塞がれた。


 もう、色々と密着している。先生の体はごつごつとしているなぁ、などと冷静なことをミラナは考える。それぐらい頭がバカになっている。


 足がないレインはそのままバランスを崩し、ミラナを巻き込んで地面に倒れ込んだ。


「む~、ミラナばっかりだぁりんとずるいスラ~。スララもどーん!」


 スララがはしゃぎながらレインとミラナの上に飛び込んでくる。


 本当に、バカばっかりだった。

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