第十二話 - スライム・ポゼッション / エピローグ
重厚。そして俊敏。よもや床が抜けるのではないかという震動を引き起こしながら、アイスゴーレムと化したリゴールが駆けて来る。
振り上げた氷の拳はレインの体長ほどもある。
打撃にこそ強いスライムの体だが、あれをまともに食らえば全身が衝撃で弾け飛ぶだろう。
また、唯一の弱点である両眼も無事では済まない。
「ぬゥんッッ!!」
ずどん、と城が揺り動かされる。
振り下ろされた拳はレインの体を捉え、潰れた体に大穴を開けている――ように見えるが、そうではない。
「むぅッ!?」
レインは攻撃を食らう前から輪の形状に変形していた。衝撃はすべて岩の床に逃げている。
そのまま収縮。リゴールの腕にべったりと溶けた状態で纏わり付く。
「ええいっ! 不愉快なやつっ!!」
リゴールは腕を振り回し、レインを振り落とそうとする。
振り落とされるよりも先に、レインは自分からリゴールの頭上に降り立った。
両足を形成。上半身はスライムを寄せ集めて大斧に――人型である必要はない――更に硬化。
足の生えた奇妙な戦斧は、全身の力を使って刃を振り下ろした。
がん、と鋼鉄を殴ったような音。
リゴールの頭は砕けない。ヒビも入らない。傷すらも付いていない。
氷と言う名以上に、リゴールの体は頑強だ。
「ふっふ……ドラゴンの爪をも凌ぐアイスゴーレムの体。そんなものが通じるかい」
素早く伸ばされたリゴールの腕――にレインは飛び乗った。そのまま球状になり、腕の上を転がるように地面に降りる。
人型に変形。
「まことに芸達者ではあるがな、スライムの宿主。お主のように往生際の悪いやつは初めて見る」
「リゴール公爵殿下にお褒め頂けるとは光栄の至りだ」
「ふふ……だが、残念よな。お主は生存能力には長けておっても、攻撃手段に欠けておる。いや、変形に硬化を組み合わせた攻撃は見事であるが」
「…………」
「それでも足りぬ。まだ足りぬ。そのような生半可な攻撃ではワシに傷一つ付けることもできぬわ!」
「そう思うか? 俺はそうは思わねェけどな」
「……ほゥ? いかにしてワシに傷を付ける?」
訊ねつつも、リゴールはレインの言葉などまるっきり信じていない。
その顔には愚者への嘲笑が浮かんでいる。
「少し待てば自然と分かるさ。お前自身が食らうんだからな」
「少し待てば、か。あいにくとワシは待つことが嫌いでな。特に火の海の中で待つのはなお嫌いじゃ」
「そうか? 案外良いもんかもしれねェぞ」
くつくつとレインは笑う。
リゴールは苛立ちに顔を顰め、
「見ろ、こんなにも体が溶けだした! 一割分は立ち消えたわ! お主とてそのままでは蒸発して先に消えよう。ワシよりも早くなッ!」
「そいつはどうかな」
「ええい、もう下らん問答は終わりじゃ! ここリゴールの地に眠るが良いッッ!!」
リゴールは再び拳を振り上げる。
一割分消えたと本人は言うが、傍目にはあまり大きさは変わっていない。
溶けだした水が滴っているだけだ。
レインは背後に腕を伸ばして窓枠を引っ掴み、そのまま収縮で回避する。
ずん、と、空振ったリゴールの拳が床に大きな陥没を作る。
「なおも逃げるか!」
「そんなもん食らったら死んじまうからな」
言いつつも、レインは天井に腕を伸ばしてぶら下がり、リゴールの頭の上に着地する。
左右から迫り来る両手。
上半身を槌に変形。全身を使ってぐるぐると腰を捻り、氷の手を打ち払う。
「うむッ――!?」
リゴールは驚愕する。
視界が効かない自分の頭上の相手とはいえ、まさか力負けするとは思いもしていなかったのだ。
確かに体は大分溶けてきている。
既に二割五分……五メートル強あった体は三メートル近くにまで縮んでいる。パワーも落ちることだろう。
しかし、同時にレインも同じように――いや、リゴールよりも早くにパワーを失うはずなのだ。
高所に上り炎の直撃を避けているとはいえ、元の大きさが違い過ぎる
「力負けしたのが不思議か?」
「――ちぃっ!」
リゴールは地面に向けて頭を打ち付けた。
レインは飛び退き、再び炎がはびこる床の上へと舞い戻る。
リゴールが顔を上げ、ようやくレインの姿を捉えた。その目は空洞で、驚愕には見開かれなかったが。
「な、にぃ……!?」
レインの体はまったく縮んでいなかった。
いや、それどころか元より大きくなっている。二メートル五十ほど。
後数十秒もすれば、たちまちリゴールの体を追い越すだろう。
「なにか不思議か? 俺はスライムだぞ」
「なればこそ! その大きさは灼熱の炎で縮み上がるが道理であろうが!」
「お前の好きな『道理』はちゃんと働いてる。なに、炎は俺のことも平等に焼いて小さくしてるさ」
レインは親指で頬を撫でる。ぷるぷると震える。
足裏が炎に炙られじゅうじゅうと悲鳴を上げている。
「ならば、何故ッ!!」
「スライムだから、だ。水分は俺の大好物でな。飲み過ぎると少しばかり体もでかくもなる」
「水分――まさか、貴様ッ!?」
リゴールはようやく理解した。
何故、レインが己をも苦しめる炎をばら撒いたのか。
何故、レインは頑なにリゴールの体に纏わり付いていたのか。
「貴様、ワシの……ワシの溶けだした体を吸いおったなァッ!?」
リゴールは飛び掛かり、激昂と共に掲げた両の拳を振り落とそうとする。
レインはそれを硬化した腕でがっちりと掴んで受け止める。もう、サイズの不利はない。
ぽたぽたと腕から滴る水が、更にレインの体を大きくしていく。
身長は同等になった。
「そろそろ世代交代の時間か?」
「ぬかせェッ……!!」
怒りに震えるリゴールの大口が開かれる。
冷気が放たれるよりも先に、レインの伸ばした足が氷の顎を蹴り抜いた。
「ゴッ――」
よろめいたリゴールの両肩を掴み、巨体の頭上を飛び越える。
レインは背後の地面へ両足で着地。引き倒されたリゴールは顔面から地面に沈む。
「さぁ、リゴール公」
呼びかけながら、左腕を引っ込めて右腕を斧にする。刃渡りが一メートルの巨大戦斧。
全身を使うまでもない。そんなことをすれば、本当に殺してしまう。
「ヒッ、ヒィッ……!!」
「試してみるか? お前の自慢の体と、俺の自慢の体――どっちか頑丈かをなッ!!」
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動乱の夜から二週間が経過した。
レイン達の手によって逮捕されたリゴール公は、今はバーナム王城に軟禁されている。
公表された理由は、病気の療養の為。
事実とは大きく異なっていたが、王家の政治的判断にわざわざ一国民であるレインが口を挟むことはしなかった。そもそも、依頼の報酬には口止め料も含まれている。
結局、シブリアとの開戦は起こらなかった。
主を失ったリゴール軍が反乱を起こすことはなかったし、計画をぶち壊されたシブリアが動くこともなかったのだ。
サントデリア聖王はすべての計画を知った上で、警戒しつつも、停戦を続行することにした。
今現在、リゴール領はミーナス公たるリックが治めている――とのこと。
小奇麗になった自室で新聞を読んでいたレインは、それを投げ出して、代わりに手紙を開いた。
アルヴァからだ。
アルヴァは過酷な戦場を生き延び、念願のハミィを取り戻した。
ケガで左の瞼が上がらなくなったが本人はいたって気にした様子もなかった。
レインは引き留めたのだが、二人はラワハーグに帰ってしまった。
事故のせいで生活が苦しくなった人々の手助けをしたいのだという。
リックの資金援助もあって、二人の新たな生活はそれなりに順調なスタートを切ったようだ。
「だぁり~ん! おいしいご飯ができたスラ~!!」
食堂からスララの声がする。
レインは机の上に積み上がっている書類を抱えて、自室を出る。
食堂では、既にミラナが席について食事を待っている。スララは嬉しそうに鍋を引っ掻き回している。
「もう免許皆伝か?」
「たまには一人でやらせないとねー。……なにその紙束」
「依頼書だ」
「これ全部!?」
レインはテーブルの上に書類を投げ出した。二十か、三十か……もっとかもしれない。
ミラナが目を輝かせながら、依頼の内容を確認し始める。
「リゴール公の件は伏せられてるはずだが……軍の方には漏れてるらしい。各地から依頼がばんばん飛んでくる」
「どれ受けるの?」
「さてな……しばらく血生臭い依頼は避けたいもんだ」
しかし、軍からの依頼と言えばそんなものばかりである。
たまに対寄生魔の宿主を想定とした訓練依頼などもあるが、それはそれで気乗りがするものでもない。
「はい、だぁりんの分!」
「おう」
目の前に、ごとりとシチューの乗った皿が置かれる。大盛りだ。
「はい、ミラナの分!」
「ん……ありがと」
ミラナは書類から目を離さない。
「逃げた飼い猫の捜索……これは?」
「そういう平和なものが良いな」
どこで寄生魔の宿主の力を生かせば良いかは疑問だったが。
「スッララはお水~♪ おいしいお水~♪」
レインはいつも通りに、スララの着席を待たずにシチューを口に運んだ。
――美味い。確実な成長が感じられる。
「あ、大丈夫そうね。じゃああたしも」
知らない間に毒見係をさせられていたようだ。
しかし、今回のは大成功だろう。大きなごろごろとした肉が、スジ肉が、噛み切れないが、いや噛み切れないどころか、ぷにぷにもちもちと――、
品が悪いが、掌の上に吐き出した。
青い――ゼリーのような。
「おい、スララ……なんだ、これは」
レインの顔もゼリーのように青褪めていく。いや、これはゼリーではない。
「ふぇ? これはスララのおててスラ」
スララは平然と言い放った。
「……何故入れた」
「お野菜を切ってる時に切れちゃったんだけど、隠し味になると思って、もっと入れたスラ!」
「……隠せてねェぞ。つーか食って大丈夫なのかこれ」
モンスターを食べる文化も古代には存在したというが……さすがの古代人もスライムは食べなかったと思う。
「あら、意外とおいしいじゃない。もちもちしててシチューの味が良く染みてる」
「冷静に食ってんじゃねェ! 少しは不気味がれ!」
「やー、こちとら残飯で食い繋いできた身だしね。味に文句は言っても食材に文句は言わないわ」
「食材ですら、ないと、思うんだが……」
レインは決して味に文句は言わない。
言わないから、せめて食べ物を食べさせて欲しいと思う。
「先生は、スララの作った料理食べないってさ」
「うぅ~……」
そして何故か、今度は悪者に仕立て上げられている。
レインは頭を掻き毟りながら意を決めると、匙を持ってシチューをかき込んだ。
「だぁりん、優しいスラ!」
「先生、将来奥さんの尻に敷かれるタイプね」
「――ゲホッ、ゲホッ!!」
本当、誰のせいだと思う。
賑やかな食卓。頭数はまだ随分と少ないが、それでも昔に劣らない活気があった。
新たな屋敷と、新たな仲間。これが便利屋『クロフォード』の第一歩である。




