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第十話 - 誓い

 屋敷の手前の道路で馬車を降りたレイン達は、そのままクロフォード邸に向かおうとして、すぐさま異変に気が付いた。


 屋敷の方角から、黒煙が上がっている。


「――まさか」


 レインは反射的に駆け出した。


「だぁりん!」


「先生!」


 二人の呼び掛けは無視した。構っている余裕はなかった。


 屋敷を取り囲む野次馬やじうま達。それを払い退ける必要もなく、長身のレインにはその惨状が良く見えた。


 無残な焼け跡。

 クロフォード邸は焼け落ちていた。


 広かった名残の、瓦礫がれきの多さが物悲しかった。


「……嘘だろ」


 レインは茫然としながら、野次馬の波を割って進む。


 焦げたススの臭いに混じって、油の臭いがした。

つまり――、


「……放火か」


 人に恨まれた記憶は、ここ数年は数え切れない。特に近日中は。


 消火活動が行われた形跡はなく、燃えるものが無くなって立ち消えたといった感じの焼け跡だ。

広い敷地が幸いしてか、近隣の建物には燃え移っていない様子である。


「悪いな、クロフォードさん。ワシらが来た時にはもう……」


「水が全然足りなくてねぇ。ここは水路が遠過ぎるんだよねぇ……」


 背後から、次々と声が上がる。


 レインはそれを無視して、敷地の中に踏み込んだ。


「……ん?」


 庭に転がった、小さな――少年。


 生死は分からない。血まみれの端が焼け焦げた服を着ている。頭には深緑色のバンダナ。


 駆け寄って助け起こすと、少年は小さくうめいた。


「大丈夫か!」


「うっ……うぅ……」


 幼い顔は鼻血とススで赤黒く染まっている。

レインは袖で拭ってやろうとしたが、既に乾き切っていて無駄だった。


「脱がすぞ」


 返事を待たず、シャツを破り捨てる。


 体には大量のあざと、軽い火傷の痕。

外出血はないが、思わず目を背けたくなるほどに悲惨な状態だ。早く手当を受けさせるべきだろう。


 背後から駆け寄る足音が二人分。


「ダン! しっかりして!! 死なないで!!」


 ミラナの呼び掛けに、少年――ダンのまぶたがゆっくりと持ち上がる。


「ダンッ!!」


「ミラナ姐……ごめん。おうち、守れなかったよ」


 ダンの目から涙の筋が伝わる。小さな体が悔しさに震えている。


「バカッ……そんなこと、どうでも良いから……」


 ミラナの目にも涙が溜まる。危ない足取りで、崩れるようにダンの隣に両膝を着いた。


「黒ずくめの二人が、ドラゴンを出せって……こん棒を持ってて……止めようと、したんだけど……」


 ダンはそこまで言って、腕で目を隠した。泣き顔を見られるのが恥ずかしいのかもしれない。


 大した少年だった。

まだ成長期も来ていない年頃だろうに、たった一人で武器を持っている大人達に挑んだのだ。

その勇気だけで賞賛に値する。


 しかも、自分の体がボロボロなのにも関わらず、力が及ばなかったことを悔いている。

なんと健気な精神だろうか。


「良く頑張ったな。……ありがとう」


 レインは少年の体をミラナに預けて、小さな両肩を二度叩いた。


 立ち上がり、空を仰ぐ。夕焼けの鮮やかな赤がなんとも疎ましい。


「ねぇ、だぁりん」


 横に並び立ったスララが、恋人のようにレインの腕を取った。


「なんだ」


「スララは戦いが嫌いスラ」


「おう。俺もだ」


「でも、でもね。お友達が傷付くのはもっと嫌いスラ」


「…………」


 言葉を返さず、空の赤を網膜に焼き付ける。


「おうちがなくなっても良いスラ。悲しいけど……我慢できるスラ」


「そうか」


「でも、皆が悲しい顔になるのは、もっと悲しいスラ。我慢できないスラ。スララは戦いが嫌いだけど、だぁりんも戦いが嫌いだけど……でも……でも……」


「なんだ。お前、俺を説得しようとしてんのか」


 レインは笑う。語彙ごいは少ないし、論理性もない。

要は説得力の欠片もない。


 スララの腕に力がこもる。


 レインは逆手にスララの腹を鷲掴わしづかみにして、目の前に引っ張り上げた。


「ふわぁっ!?」


 逆さまになった紫水晶の双眸そうぼう

それを覗き込んで、レインはにやりと笑う。


「さすがの俺も我慢の限界だ」


 スララの固まった顔が、ぱぁっと晴れ渡った。


「それに、あいつを止められる気がしねェ」


 レインはミラナの方をちらりと見る。

ダンを背負って、すぐにでも馬車に戻れる状態。その表情は仲間を傷付けられた怒りで燃え上がっている。臨戦態勢だ。


 突然、がら、と焼け跡の瓦礫が動く。ローザがひょっこりと顔を出した。

 その口には、封印錠(シール・ロック)


「残ってたか」


 放火犯は家の中を漁ることはしなかったようだ。

主人の命令に忠実に、ドラゴンだけを探して火を放ったのだろう。真面目な連中だ。


 レインはスララを払い落としてから、ローザが投げた封印錠(シール・ロック)を受け取った。

そのままベルトに引っ掛ける。


 そしてミラナの方に向かって、


「どうする? 焼けた金貨ぐらいならまだあると思うが」


「そんなのいらない! ダンをこんなにした奴を、早くこなごなにしてやるんだから!」


 威勢の良いミラナの返事。レインはくつくつと笑いながら、燃え落ちた屋敷を後にする。

 一度だけ、亡き姉の部屋があった場所に視線を送った。

 

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 レイン達は馬車でミーナス騎士団の詰め所に戻ると、ダンを預けてから倉庫に戻って来た。

そして、リックに事の詳細を話した。


「それは災難でしたね。しかし僕達にとってはありがたい話です」


 倉庫の中は、何故か床一面に毛布が敷かれている。その上で、円陣を組んで会話をしている。


「本日中はここで一緒に過ごして下さい。食事の方も運ばせますから。少々マナーは悪いですけどね」


「スララ、壺がないと眠れないスラ!」


「用意させましょう」


「なんだか、貧民街スラム暮らしを思い出すわね」


 ミラナは懐かしむように笑う。

レインとしては初めての体験なので、寝付けるか少し心配だ。


「そういえば、おトイレは?」


 リックはちらりとスララの方を見て、


「吸水性抜群のスライムさんがいるじゃないですか」


「スッ、スラ~ッ!?」


「冗談です。すぐ裏に屋外用が設置されていますので」


「ふぇ~ん! だぁり~ん、リックが苛めるスラ~!!」


 嘘泣きしながら抱き付いてくるスララを避けて、その勢いを利用して背後に投げた。

 壁に張り付くべしゃっという音。眠たげにしていたローザが迷惑そうに「くるる」と鳴いた。


「楽しそうなのは結構だがな」


「ご不満ですか」


「明朝につんだろう? 作戦ぐらいは立てておきたい」


 こちらから敵の陣地に乗り込むのだ。さすがに無策というのは勘弁したい。


「うーん、では少し早いので……敵の戦力についてお話しましょう」


 何にとって早いのか。気にはなったが、レインは聞き流して頷いた。

 ミラナが興味深そうな顔で、さっとレインの隣に並んだ。


「一般兵のほとんどが中央もしくは三つ子砦に流れていますので、脅威には成り得ない数です。僕達の敵たる寄生魔の宿主(パラサイト・ホスト)の数は……十から二十」


「曖昧だな」


「すいません。でも、大概が有象無象うぞうむぞうの数合わせですよ。真の脅威たる|実力者はただ一人です」


「……それは?」


 予感めいたものを感じながらも、レインはいた。


「リゴール公爵バルマン・ノリス。僕達の目的である敵の御大将です」


「そんなに強いのか?」


 リックは重々しく頷いた。金色のあどけない瞳が細められる。


「規格外と言っても良いでしょう。サントデリア内でも五本の指に数えられるほど」


寄生魔パラサイトは?」


「アイスゴーレム。冷気を操り、氷の体を持つ大型魔人です」


「氷の体……」


 聞こえは凄そうだが……それは、明確な弱点ではないのか?


「はい。ご推察の通り、アイスゴーレムの弱点は炎。殊更ことさらに、冷気への耐性を持つドラゴンは天敵です」


「――なるほど」


「ローザさんが狙われたのはそういう狙いもあったのでしょう。国内のドラゴンは、病床に伏せている父上と、前線にいる兄上のものしかありませんから。彼女さえ押さえておけば安泰です」


 だからこそ、作戦がバレる覚悟を犯してまで――。


「レイン君達には迷惑な話でしょうが……これも寄生魔の宿主(パラサイト・ホスト)の宿命かもしれません。力を持つ者は戦いを避けられないものです」


 実感のこもった口調だった。この小さな王子が今までどんな人生を歩んで来たのか、レインには想像もつかない。


 背後から、ぷるぷるの冷たい腕が首に回された。スララだ。

 頬擦りをされる。また投げ飛ばしてやろうかと考えていたら、唐突に背後のドアが開いた。


 現れたのは――アルヴァだった。


 アルヴァは全員分の視線を受けて、手前の布団を剥ぎ取って脇にやる。

 そして、石床の上に両膝をつき……そこにひたいり合わせた。


「すまなかった!!」


「アルヴァ……」


「君達の心を踏みにじり、生命を危険に晒したこと……いくら謝っても謝り切れないだろう。だが、すまなかった!!」


「……顔を上げろ」


 レインの言葉に、アルヴァの頭が少しだけ浮き上がり――すぐさま床に叩き付けられた。

 鈍い嫌な音がした。


「許して欲しいなどとは口が裂けても言えない。しかも、恥知らずなことに僕は今から君達に頼み事がしたいんだ」


「頼み事?」


 レインは訊ねながら背にくっついていたスララを引き剥がして、アルヴァの前に歩く。


 アルヴァは床に両手を着いたまま、顔を上げた。


「どうか、僕をリゴール公爵討伐のパーティに加えて欲しいっ!!」


 それは予想外の頼みだった。


 レインは戸惑いながら、アルヴァの前にしゃがみ込む。


「……お前、死ぬ気か?」


 寄生魔ハミィが奪われたアルヴァは、はっきり言って戦力にならないだろう。

 いや、むしろ――


「足手まといなのは重々承知だ。だが、僕はどうしてもハミィを取り戻したいんだ。死ぬ覚悟も勿論ある。どうかっ!」


「どうでしょうレイン君。僕としては連れて行ってあげたいのですが」


 突如、リックが助け舟を出した。


 レインは背後に視線を投げる。


「今回の作戦、鍵となるリゴール公爵府の見取りは彼からのリークです。それに、リゴール公とアルヴァ君の間には正式な取引が行われているので、回収してもハーピィは国のものです。本来返還義務はありません」


 リックは挑戦的な上目遣いでレインを見る。悪戯を企む少年のようだ。


「まぁ、国を救った英雄――ともなれば、寄生魔パラサイトの一匹も下賜かしされるでしょうが」


「……何故、あんたがアルヴァをそこまで庇う?」


 リックの言うことも分かる。だが、これらの理屈はすべてリックの権力でどうとでもなることだ。

わざわざ筋道を通すまでもない。


 つまり、リックはアルヴァを連れて行きたいのだ。

ともすれば、命を失う戦場に。


 例え、連れて行く利点が見当たらなくても。


「悲しいじゃないですか」


「あ?」


「恋人の為に仲間を売って、今度はその仲間に頼って、自分は安全圏で待っていて……そんなの、悲しいです。ハーピィさんに合わせる顔がないでしょう」


「…………」


 つまりこの王子は、国の命運が掛かった今の状況で、アルヴァの心配をしているのか。

 それは、甘い考えではないだろうか。


「それに、何も損ばかりではありませんよ。攪乱の役目は果たせますし、恐らく寄生魔の宿主(パラサイト・ホスト)の部隊にはハーピィさんがいるはずですから……上手く回収できれば即戦力になれます」


「……なるほど」


 そう考えれば、確かに決して少なくない利点もある。

アルヴァの安全を考えなければという注釈付きだが。


 ミラナの方を見る。ミラナは同意するようにこっくりと頷いた。


「だ、そうだ。アルヴァ」


「うおっ――!?」


 レインはアルヴァを抱え上げ、円陣のど真ん中に投げ込んだ。布団の上で体が跳ねる。

 その首に、スララが抱き付く。


「アルヴァ~! おかえりスラ~!」


 仰向けにひっくり返ったアルヴァは、そっと目を閉じた。


「あぁ……ただいま、スララ」

 

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「では、改めて作戦の話をしますが……今回は便利屋『クロフォード』へ、僕からの個人依頼とさせて貰います」


 ミラナが挙手して、


「それって報酬が出るってこと?」


「勿論です。具体的には焼失した屋敷の再建。家財道具の補填。そしてハーピィの所有権の譲渡を予定しています」


 それは――物凄く、助かる。現状、レイン達は帰る家すらない状態である。


 超級難度の戦闘任務とはいえ、破格の報酬だった。国の命運が掛かっているとなれば無理もないが。

寄生魔パラサイトが報酬に含まれること自体が圧倒的異例である。


「お金は貰えないの?」


 だから、こういう金銭感覚や相場に疎い少女ミラナは口を挟まないでいて欲しいと思う。

ここでリックに心変わりされても困る。


「お望みであれば金貨に換算もしますが……」


「それは良い。そんなことより、作戦内容についての話が聞きたい」


 本音が二割。報酬の話を流したい意図が八割だ。


「はい。まずは明朝、偽装した荷馬車で東門から出発し、リゴールの手前で降ります。その地点から、検問を越えて空から侵入します」


「悪いが、ミラナのドラゴンはまだ飛べねェんだが……」


 リックはにこやかに頷いて、


「問題ありません。僕が飛行できますので。数回に分けて運び込みます」


 ミラナが目を輝かせて、


「そういえば、リックの寄生魔パラサイトってなんなの?」


 確かに、未だに聞いていなかった。そもそもこの場にいないのも気になる。


 途端にリックの表情が曇る。


「デビルの一種なのですが……」


 デビル。

様々なタイプが存在するが、大抵は人型に羊のような角とコウモリのような翼を持つものが多い。

その能力は個体によって大きく左右され、一概に強い弱いだのとは評価できない。


 そして、数少ない共通のイメージとして『悪徳』の属性を持つ。

聖王家が胸を張って誇れるモンスターとは言い難い。


「せっかくだから連れて来たら良いのに」


「スララもお話したいスラ!」


「二つ、問題があります」


 リックはこれまでにない真剣な顔で、指を二本立てた。


「一つ。彼、ベロニカは……シャイなのです。人の多いところが苦手なのです」


 ――デビルなのに。


「二つ。ベロニカは女性が大好きなのです。ミラナさんとスララさんの身が危険です」


 ――シャイなのに。たくましい行動力だ。


 というか、スララも標的に入るのか。守備範囲の広さに驚きだった。


「それは困るスラ~……スララのみさおはだぁりんだけのものスラ~……」


「……お前、意味分かって言ってるか?」


 分かられていても、それはそれで困るが。


「おほん。そういうわけで、僕の寄生魔パラサイトは明朝に合流します。作戦の方に話を戻してよろしいでしょうか」


「おう、悪い」


「いえ。――リゴール公爵府は三階建ての半分砦のような構造になっています。籠城ろうじょう向きです。真っ向から攻めれば無駄に時間を消費してしまい、バーナム並びにシブリアに連絡が届いてしまうでしょう」


「難儀だな」


「はい。リゴール公はもっとも安全な三階にいるはずです。そこで……戦力を三分割します」


 リックは全員の理解を確認してから、口を開く。


「まず、陽動・攪乱部隊。正面特攻して多数の敵を引き付けて貰います。適任者はレイン君。アルヴァ君もこちらに伴って貰います」


 思うところはあったが、とりあえず口を挟まずに話の続きを聞く。


「次に、リゴール公爵と交戦・拿捕だほする役割。これはミラナさんが適任でしょう。僕は直接三階にミラナさんを空輸した後、二階でリゴール公への増援を食い止めます。いかがでしょう?」


 一階、二階、三階にそれぞれの戦力を配置。

リゴール公を迅速に捕まえるにはベストな作戦に思える。


 だが、


「一番きついのはどこだ?」


「三階、リゴール公と戦闘する者です」


 リックは即答。


「じゃあ、俺が行く」


 レインも即答。


「それは、レインさんがドラゴン・ポゼッションをして、ミラナさんはスライム・ポゼッションで陽動に回るということですか?」


「いや。今の俺の相棒はスララだ。スライム・ポゼッションで行く」


「……ありえません。アイスゴーレムにドラゴンをぶつけずに、スライムで挑むなどと。ましてやスライムは冷気が弱点でしょう」


 リックはレインの案を一蹴する。その訝しげな目は愚者に対して向けられるものだ。

 こんな顔もできるのか、とレインは内心驚いた。


「だが、敵さんはドラゴンをもっとも警戒してるんだろ? 俺なんかガン無視して三階に殺到するんじゃねェか。そん時、あんたは階段を守れるのか。ミラナを守れるのか」


「善処します――としか、言えませんが」


「ダメだ。今ここで自分の首を掛けて、創造神ラマノスと聖王陛下に誓え」


 レインは身分の違いなど気にもかけず、傲岸ごうがんにリックを責め立てる。

ここだけは譲れない。


 リックは唇を噛み、俯いている。どう返答したものか悩んでいる。


「誓えないか?」


「…………はい」


「じゃあ、俺が代わりに誓おう。俺はスララと共にリゴール公を倒してみせる。創造神ラマノスと聖王陛下に誓って」


「……本気ですか?」


「勿論だ。この首を掛ける」


 レインは自信満々に頷いてみせる。誓いを破った時には、もう首は離れているかもしれないが。


 レインに向けられる視線はどれも戸惑いの混じったものだ。

ただ一人、スララだけが信頼に満ちた顔をしている。


「ただ一つ、リックに用意して欲しいものがあるんだが――」


 レインはリックにそれ(・・)を伝えた。


「樽一杯だ。頼めるか?」


「可能です。でも、それが何の役に……?」


「不安なようなら、一応教えとくか。俺の想定してる戦闘ってやつを」

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