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第一話 - 小さな盗賊はブドウ酒の夢を見るか

今回の依頼は酒造所の警護。並びに盗賊団の逮捕である。


「ねえ、お兄さぁん。本当に大丈夫?」


 窓のない(さか)(だる)だらけの冷暗所に、(なま)めかしい女性の声が響く。


 尻の下の小樽に全体重を預けて俯いていたレインは、女性の方に視線を上げた。

それだけのことで、三十半ばの化粧を塗りたくった顔が小さく息を飲むのが分かる。


 レインのことを恐れているのだ。


 寄生魔の宿主(パラサイト・ホスト)だから――ではない。身体的特徴……単純に言えば見た目に問題がある。

百九十センチの筋肉質な巨体に、釣り上がった三白眼の双眸。その小さな虹彩は濃藍色で、覗き込めばドブ川の底のように(よど)み濁っている。


「敗残兵か死刑囚みたいなツラだよね」と友人に言われたこともある。

 道を歩く知らない女性から「殺さないで下さい!」と叫ばれたこともある。


 人に恐がられるのは良くあることだし、まだ許せた。レインが真に傷付くのは、たった今、自分の倍は生きているであろう女性から「お兄さん」呼ばわりされたことの方だ。

 若者特有の活力なんてあいにく持ち合わせていないが、これでもまだ歴とした十八歳である。


 ……だがまぁ、見た目と年齢に色々と悩みがあるのは女性の方も同じなのだろうから、そこはいちいち触れてやるまい。素直に仕事の話をしよう。


「盗賊ったって、相手はただの子供なんだろ?」


「むっ……でも、数は多いし、すばしっこいし。放っとくと家に火ぃ着けようとするのよ」


 女性は紅色の唇を尖らせながら、背後の大樽へと飛び乗って座った。


 ネグリジェのように薄い生地のドレスから、白い脚が覗いている。肉付きが良いむっちりとした脚だ。

 思わず、レインは唾を飲み込んだ。許されれば口笛でも吹きたい気分だ。


「あたしも知り合いかき集めて追いかけ回してみたんだけどさぁ。もうね、ぜんっぜんダメなのね。まず追い付かないし、追い付いたと思ったら他の奴がどんどん飛び出して来て邪魔するし。は~あぁあぁぁ……」


 それだけで五年分は老けてしまいそうな、深い深い溜息だった。女性はがっくりと肩を落とす。

 憐れな姿だった。


 レインは女性の方から目を逸らし、自分の髪に手櫛を通す。実は最近抜け毛が多いのが気になっている。


「俺は追いかけっこに興味ねェから。表の奴らだけでやってくれ」


「えぇ~!」


 手を開いて見る。銀色の髪が三本引っ掛かっている。顔が苦くなる前に、息を吐いて吹き飛ばす。


「なに? やっぱり報酬に不満?」


「そういうわけでもない」


「またまた。いやぁ、おかしいと思ってたのよ。大捕り物の依頼がブドウ酒一瓶だけなんてさ」


 女性はうんうんと頷きながら石の地面に降り立つと、わざとらしく腰をくねらせながらレインの目の前に歩いて来た。

 睫毛の長いアイシャドウばっちりの目が、やる気のないレインの顔を覗き込む。


 そして発情期の雌猫のような笑みを浮かべて、


「どう? 今晩」


「――どう?」


「もう、(みな)まで言わせないでよ。男女が夜にやることなんて決まってるでしょ。お兄さん、良い男だしさ」


 ふむ、とレインは考える。


 女性から性交渉を持ちかけられたのは初めてだ。勿論、男性からの経験もないが。

 つまり、目の前の彼女は――


「俺とそこまで結婚したいと」


「……なんでさ」


 どこで歯車がズレてしまったのだろう。

 性行為というのは結婚後の夫婦が営むことのはずだ。初夜という言葉からもまず間違いない。

 レインは倫理を重んじている。婚前交渉などレインの辞書には載っていない。ましてや恋愛意識もないただの肉体関係など、


『絶対にダメスラー!!』


 レインの尻が喋った。

 いや、尻の下の樽が喋った。甲高い少女の声だった。

 樽は怒りに燃えるようにかたかたと揺れている。

 

 レインは馬を宥めるように樽の側面を叩いてやる。呆れながら。女性の怪訝な視線を受けながら。


 そしてふと、屋外から(かす)かに聞こえる男共の声に気付いた。


 遅れて女性も入口の方へと振り返る。石段上にそびえる鋼鉄のドアを忌々しげに睨む。


「あたしも行かないと。……報酬、本当に一瓶で良いの?」


 レインは一秒だけ考えて、


「捕まえた奴の処遇も俺に任せてくれるか?」


「お安い御用。娼館に売り飛ばすなり、首輪付けて家で飼うなり好きにして」


 レインは憮然とする。この女性はレインのことを一体何だと思っているのか。直接問い正してやろうかと思う。


 しかし女性の方はレインを置き去りに「頼りにしてるわよ」と一言だけ呟いて、石段を勢い良く駆け上がっていく。そしてそのまま、いかにも重そうな鉄のドアを肩で押し開く。

 

 前線に向かう兵士のように勇ましいその背中を、レインは気怠さの籠った細い溜息をついて、更に頬杖までついて見送っている。

 

 女性の姿が見えなくなった。


 その瞬間、


「きゃっ――」


 扉の外で上がった女性の悲鳴はすぐさまかき消された。どさり、と何かが地面に転がった。


 レインの頭に咄嗟に二つの考えがよぎる。


 ――存外に手際の良い奴らだ。


 ――殺されてなきゃ良いが。


 助けに行こうかと考えて、レインはすぐにその考えを捨てた。知らない奴が足音を殺しながら、階段を下りて来たからだ。


 粗末な格好をした小さな少年――いや、男装の少女だ。

波打つ栗色の長髪を後ろに流し、深緑色のバンダナを巻いている。腰のベルトには四本のナイフ。


 間違いなく盗賊の一味である。


 少女は腰を落として一歩ずつ慎重に階段を進みながら、猫のように釣り上がった翠石の目で注意深く周りを確認している。

 その佇まいは正に百戦錬磨の盗賊である。


 なのに。


「ミッション・コンプリート」


 少女は満足げに頬を緩ませ、最後の一段を下りた。「やりきったぜ」と顔に書いてある。

 勿論、やりきってなどいない。この場には番人であるレインが存在するのだ。


 というか、何故気付かない。


「やっぱあたしってばスーパーシーフ! いや、ウルトラシーフ……エクセレント……マーベラスシーフ……?」


 ぶつぶつと呟きながら少女はレインの方に歩いて来る。何か単語を言う度に天井を仰いで、指で宙を指している。

 いくら冷暗所が薄暗いとはいえ、十分に視界は見えている。レインの巨体に気付かないわけがない。


 と、思うのだが。


 少女は足取り軽く、樽に腰掛けたレインの前までやって来た。進路を塞がれた少女が立ち止まる。


 見つめ合う、二人。


 三秒間の時が止まる。


 ――少女の目が見開かれる。


「ばっ、化け物ぉぉぉッ!?」


「失礼な」


 初対面の相手に化け物呼ばわりされたのはさすがのレインも初めてだった。心外だった。


「あんた人間ならもっと生を主張しなさいよ! 壁の染みかと思ったのに! くそっ、でっかい癖に!」


 ぷりぷりと怒りながら、少女は背後に飛び退いた。腰のナイフを一本取り出し、逆手に握って構える。

 そして吼える。


「ケガしたくなかったらそこの隅っこで震えてなさい!」


「あー……そりゃ困る。仕事だからな」


 レインは立ち上がらずに肩を竦めて見せる。

 そんな余裕のある態度が気に食わなかったのか、少女は目を細めて、


「女だからって舐めんじゃないわよ……!」


 手元のナイフを投擲した。洗練された演舞のように美しいフォームだ。


 放たれたナイフは真っ直ぐと飛んで来て、レインの座る樽に深々と突き刺さった。衝撃で樽が揺れる。


 今のはわざと外したのだろう。丸腰の相手に対する余裕か、それとも慈悲の心か。


「してやったり」の表情を浮かべた少女は、二本目のナイフをさっと取り出す。

 まだ樽は揺れている。


「……え?」


 少女がその異常に気付く。


 樽の揺れが大きくなる。


『ひどいスラ~! 真っ暗なのに何か刺さったスラ~! だぁり~ん!』


 樽は甘ったるい少女の声を発しながら、まるで生物のように喚き暴れる。レインは重い腰を上げて、その場に立ち上がった。


「悪かったな。出番だ、スララ」


 レインは答えてやりながら、拳で樽の上面を叩き割った。


「ぷえー!」


 高い声と共にひょっこりと顔を出したのはゼリー状の女の子……スライムだ。

青色のぷるぷるボディに、紫水晶のようなあどけない双眸。髪の毛のように形成した頭は肩のあたりまで伸びている。


 樽からずるずると出てきたその体は十歳ぐらいの女の子のようで、胸や秘所の部分はつるつるの()(たい)ら。おみ足もきちんと生えている。


 あまりに身長差があるせいか、レインと並び立つとどこか犯罪的な絵面になる。


「も、モンスター!?」


 少女が驚き叫ぶ。

が、スララは少女の方をちらりと見ただけですぐに無視して、


「だぁり~ん。ここにナイフが刺さったスラ~。なでなでして欲しいスラ~」


「お前、スライムだからなんともないだろうが」


「心が傷付いたスラ~」


 泣き真似をしながら縋り付いてくるスララを、レインはデコピンで一蹴する。打ち込んだ中指は(ひたい)にめり込み、スララの顔全体がぷるぷると震える。


「仕事が終わったら、だ」


「……うぃー」


 不満そうに了解すると、スララはようやく少女の方に向き直った。つられてレインもそちらを見る。


 口をぱくぱくとさせていた少女が、はっと気を取り直してナイフを構えた。


「二対一ってわけ? おっさんの癖に情けないったらないわね」


「……俺、いくつに見える?」


 あまりの言われ様に、つい飲み屋の姉ちゃんを口説くおっさんのように訊ねて……くそ、やっぱりおっさんじゃねーか。


「三十五」


「よし、殺す」


 人は臨界点を超えると笑顔になれるらしい。


「だぁりん! だぁりん!」


「おう。――スライム・ポゼッション!」


 レインの呪句。スララの体が青い光の粒になって弾け、レインの体に流れていく。

人知を超えた青色の光が冷暗所を照らしている。


 光が一層強くなり、世界が真っ青に染まる。視界が意味を失う。一瞬だけ白い光がレインの体から迸った。

 憑依は完了した。


「なによ……あんた……」


 少女は茫然と呟いた。レインの変わり果てた体を凝視しながら。


 服装も同じ、巨体も同じ。変わったのは肉体を構成している物質だ。髪の先から指の先まで、青色のゼリーボディである。小さな虹彩は紫色に輝いている。

 レインは拳を握る。勢いで手の甲がぷるぷると震えた。


 スライムだった。


「やっぱり化け物じゃない……!!」


「どっからどう見ても人間だろ?」


「この世に青色の人間はいないっ!!」


 少女は叫ぶ。偏見だと思う。案外探してみたら青色や赤色の人間もいるのではないか。なにせ世界はすべてを包み込むぐらいに広いのだ。


(だぁりん、早く終わらせておうちに帰るスラ~)

 

 同化したスララの思考がレインの頭の中に流れてくる。

 レインは頷き、少女との距離を詰めにかかる。依頼者の安否も気になる。急ぐに越したことはない。


「よ、寄るなぁっ!」


 怯えた少女は再びナイフを投げた。恐怖で狙いが逸れたのか、それともまたもや牽制だったのか――ナイフはレインから人二人分も離れたところに飛び、


 真っ直ぐと伸ばしたレインの右手に突き刺さった。


 わざと受け止めた。


 スライムの肌に穴が空く。痛みはない。血が出る心配もない。軽く腕を振るだけでナイフは地面に落ちた。

 空いた穴が(なん)(こう)を塗り込むようにむりむりと埋まっていく。


「もうっ、なんなのこいつ……!」


 少女は悪態をつきながら両の手にナイフを握る。逆手の二刀流。最後の二本。


 レインは躊躇わずに少女に向かって飛び込んだ。そのまま腰を落とし、低い位置にある顔面に向かって右手を伸ばす。


「やぁっ……!」


 少女の反応は素早かった。身を(かが)め潜り込んでの一閃。レインの右手は手首の先から切り飛ばされて吹っ飛んだ。


 やるじゃねェか。


 レインは口角を釣り上げながら、今度は左の手を伸ばした。

 再び合わされる少女の華麗な斬撃。


 ぎん、と鈍い音がした。


「あれっ!?」


 先程と同じようにして振るわれたナイフは、レインの手首で食い止められている。

 少女が顔を真っ赤にしながら全力を込めても、レインはびくとも動かない。


「うーっ……ぐーっ……」


「残念。時間切れだ」


 手首から先がなくなった右腕を伸ばす。


 文字通り、腕は伸びた。

 しゅるしゅると伸びて、少女の体に巻き付いた。ナイフを持った腕を絡め取り、完全に拘束する。


「ぐえっ……なあっ……」


「良い夢見ろよ」


 レインは少女の口元を左手で覆った。じゅるじゅると溶けたスライムが少女の呼吸を妨げる。少女は喉の奥で悲痛に叫ぶ。

 口を塞がれながらなおも少女は暴れていたが、十秒もすれば意識を失った。

 


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「むぐーっ! むぐーっ!」


 猿ぐつわを噛まされて縄でぐるぐる巻きの芋虫になった少女が、地面の上で暴れている。


 元の姿に戻ったレインとスララ、そして依頼者の女性は少女を取り囲んで向かい合っている。女性の方にも大事はなく、騒ぎは無事収まったようだ。


「他の奴は捕まらなかったのか?」


「残念ながら。今日の収穫はその子だけね……食べちゃう?」


 女性が指を咥えながら無防備な少女を見下ろす。翠石の眼力が「触れたらぶっ殺すぞ!」と訴えている。


「おねーさん、人を食べるスラ? 共食いスラ?」


「そういう意味じゃねェよ」


「じゃあどういう意味スラ?」


 無垢な顔で訊ねられて、レインは返答に困る。子供から「赤ちゃんはどこから来るの?」と聞かれた父親の気分になる。


 ふと、入口の方から騒がしい足音がする。


「おうい、ケイト!」


「なによ、ガキの一人も捕まえられないボンクラ!」


 顔を覗かせたのはヒゲ面のおっさんだった。ぶくぶくと膨れ上がった腹はとても走るのに適しているようには見えない。


「面目ねえ……が、朗報があるぞ」


「勿体ぶるんじゃないわよ」


「投降者がいた」


 おっさんはにやりと笑って、背後に向かって手招きする。


 現れたのは上半身を縛られた盗賊の少女だった。


 地面に転がっている少女と同じような粗末な男装と、深緑色のバンダナを身に纏っている。

くすんだ金髪のショートで、鳶色の垂れ目。背は高い方で胸もそれなりにある。


 少女は確かな足取りで石段を下りて来ると、地面に転がった仲間を一瞥し、腕組みをした女性――ケイトを睨んだ。


「誰かしら?」


「フレイ。盗賊団のリーダーだ」


「あら、それはどうも。いつもお世話になってるわね。本当に」


 ケイトが皮肉たっぷりに言って、フレイを睨み返す。しかしフレイは気にした様子もなく、首を横に振る。


「あたしが代わりに捕まる。だからミラナを逃がしてやってくれ」


 床に転がった少女――ミラナが再び暴れ出す。

 それを無視して、交渉は進む。


「そんなこと、あたしが認めると思って? 大体、うちにそれで何の得があるのさ」


「今後、うちの盗賊団にここを襲わせないことを誓おう」


「なるほど。断ったら――ま、聞くまでもないわね」


 結果は「報復」の二文字だろう。それも、以前より更に執拗なものになるに違いない。

 フレイの出した条件はケイトにとって悪くない内容に思えた。今後の安全が保証されるというなら、何も断る理由はない。


が。


「じゃあ、それで――」


「いや、待て」


 突如割り込んできたレインに全員分の視線が向く。邪魔をされた形になったフレイの表情は苦い。地面から注ぐミラナの視線には何故か期待の色が籠っている。


「どしたの? お兄さん」


「依頼の報酬のことを覚えているか?」


 む、とケイトは考え込む。


「えーっと……ブドウ酒一本」


「それと?」


「……あたしの体?」


「違う」


 何故かスララと盗賊達から刺々しい視線を受ける。誤解だ。


「捕まえた奴の処遇は俺に一任する、と」


 ケイトがぽんと手を打ち鳴らす。


「あー、言った言った」


「つまり、こいつらは俺のものだろ?」


「まぁ……そういうことになるかなぁ」


 話が早くて助かる。

 たちまちフレイとミラナの顔が曇る。話がどう転ぶか分からなくて不安なのだろう。


「じゃあ、俺はこいつらと話があるから」


 席を外せ、とケイトに視線で告げる。


「はいはい。話だけで済めば良いけどねぇ。あ、お酒の方はここから適当にパクっていって」


「おう、助かる」


「じゃ、またねぇん。ありがとう。ドラゴンで来ないって聞いた時は不安だったけど、さすがの寄生魔の宿主(パラサイト・ホスト)だったわ」


 ケイトは踵を返して、足取り軽く階段を上っていく。スララがその背中を睨みながら「スララの方が強いスラ!」と憤慨している。どうでも良いことだ。

 レインは構わずに足元のナイフを拾い上げて、立ち尽くすフレイの下へと近付く。


 フレイの顔からは完全に血の気が引いている。病的なほどに真っ青だった。


「……あたしを殺すの?」


「まさか」


 戦場でもないのにどうして人を殺さなければいけないのか。ましてや相手は女性で、しかも子供なのである。


「そっか。でもそっちの方が良いわ」


「おう」


 同意する。命は唯一無二のものだ。死なずに済むに越したことはない。

 レインは事を進めるべく、フレイの背後にそっと回る。


「初めてだから、できれば優しくして……」


 絶対、何か勘違いされている。

 フレイの儚げな視線が、足元で暴れているミラナに向く。

 そして呟く。


「多分、この子も初めてだから……」


「もがーっ!!」


 勘違いの被害は飛び火していく。ミラナは真っ赤な顔をして地面を転げ回る。

 そして気付けば、スララがじとっとした目でこちらを見上げている。「意味は分からないけど、だぁりんが良からぬことを考えているスラ!」と疑っている。

 三者三様の反応に、レインは深々と溜息をつく。


 乱暴にフレイの肩を掴むと、体を縛っていた縄をナイフでざっくり切ってやる。はらりと縄が地面に落ちる。


「あ、あれ? 何を……」


「ほれ、お前も」


 転げまわっているミラナの体を足で止めて、縄を切る。途端にまな板の上の魚のようにおとなしくなった。小さな顎を掴み、そのまま猿ぐつわも切って取ってやる。

 ミラナは固まったまま動かない。状況が理解できないようだ。


 フレイはふむと考え込んで、


「まさか二人で奉仕しろと」


「違う」


 どうして、そうなる。


「スララも! スララも!」


「なるほど、三人で……」


「お前は黙ってろ、ますます話がややこしくなる」


 レインはぼりぼりと頭をかいてから、ズボンのポケットを手当たり次第に漁っていく。

金貨が八枚。

 懐に隠していた小袋を出して、中身を確認する。

金貨が十五枚。合計二十三枚。


 そのまま手の中でまとめて、フレイに無理やりに握らせる。


「え? え?」


「帰るぞ、スララ」


 階段に向かって歩き出す。地面に転がっている酒瓶を適当に拾い上げて、持ち帰ることにする。今日の報酬だ。


「どういうことっ!?」


 ミラナが叫ぶ。レインは面倒に思いながら、足を止めて振り返る。


「ここに限らず、盗みはもうやめろ。手が腐るぞ」


 金貨一枚で高いブドウ酒が五本、安いパンなら実に四百個は買える時代である。

貧民である少女達が何人子供を養っているかは知らないが、あれだけあれば一年は持つだろう。


 フレイとミラナは深く項垂れる。言うことは言った。レインは出口の方へと振り返り、再び歩き出す。


 背後の遠い地面の方から、「生きる為だもん」というミラナの呟きが聞こえた。


 その響きが、妙にレインの耳に残っていた。

                                  

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