竹原葵の場合-最初の1歩-
私が人のごった返すバスに乗ったのは
あたりが濃い夕闇に包まれる頃だった。
バスに揺られながら小さなため息が漏れる。
高校に入った絵が大好きな私は
私を含め部員が3人の美術部に所属した。
幽霊クラブ、とからかわれるほど
やる気のないといわれている部活だったが
絵に触れられるだけで
私の心は鮮やかに染まっていた。
友達だと思っていてもいつのまにか
距離をおかれている。
グループを作れ、と言われたとき
誰でも笑顔で受け入れてくれるが
私に接するときはどこかよそよそしい態度。
皆に合わせようと頑張ってみても
やることが遅くてついていけない。
つまり、私、竹原 葵は人付き合いが下手なのだ。
小学校の頃はそれでも頑張っていたけれど
中学に入るとそれなりに自分を諦められて
1人でいることが多くなり
元々好きだった絵を描くことが
もっと好きになった。
だから今の美術室に所属、というのは
とても嬉しい環境。だけど…
重い体を引きずるようにバスを降りるとき
車内にいた同じ高校の制服を着た男の子と
一瞬、目が合った。
男の子の吸い込まれるような黒い瞳に
思わず息を飲む。
が、私はすぐに目を逸らしバスを降りた。
次の日、私はやっぱり1人で美術室にいた。
私の目の前においてある
淡い光に縁取られたキャンバスの中の階段は
人がいなくても暖かい。
けれど、この頃よく感じること。
この絵は、いや、私の描いてきた絵は。
いつもどこか…そう、さみしい。
そんな言葉が思い浮かび
何を今さら、と笑う。
諦めたのは自分なのに。
しばらくそうやって自嘲していたけれど
再びキャンバスを見やったときには
描きたいものが自然と浮かんでいた。
真新しい白いキャンバスに取り替える。
筆に色を含ませキャンバスに乗せたとき
迷いはもう消えていた。
その絵が完成したのはあれから
2週間後のことだった。
少し離れたところから絵を見ながら
美術室である人を待つ。
窓ガラスに映った私は震えている。
それに気づいて描こうとしたときを
思い出し、また笑う。
まだ私はこうやって笑えるし絵も描ける。
そう言い聞かせていると
美術室の扉が開いた。
…来てくれた、よかった。
そこにいたのは
あの墨のような目の男の子。
その子はキャンバスの中にいる自分と
そこに書かれた文字を見て
1週間前初めて声をかけたとき以上に
驚いた顔をした。
そしてゆっくりと私を見る。
私はバスのときとは違い
その目をしっかりと見返す。
男の子はやっぱり驚いていたけれど
すぐにちょっと照れた笑顔になって頷いた。
私も素直に笑みを浮かべられる。
うん、大丈夫。伝えられた。
書いていた言葉。私の気持ち。
「友達になってください」