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hobby days  作者: 夏蜜柑
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夏村小夜子の場合-ミスミソウ-

スイートピーが1つだけ咲いた。

夏村小夜子(なつむらさよこ)は思わず笑みをこぼす。

冬に()いていたカスミソウは

まだ緑に色づいているだけだ。

少しずつ色が増えていく庭を

ゆっくりと見ていく。

今年は冬が寒くてどうなることかと思ったが

花たちは春が訪れかけているのを喜ぶように

たくさんの(つぼみ)をつけた。

私も帽子の下でまた少し笑う。

日曜日の午後、私の好きな時間だ。


最初に花が好きになったのは

小3のときだったと思う。

理科の時間に朝顔を育てたときだ。

同じ日に植え、同じように水を与えたのに

花が開くのはみんなばらばらだった。

学年で1番背が低くてやせっぽちだった

私の朝顔はやっぱりなかなか育たず

クラスのほとんどの子の朝顔が咲いても

私のは蕾がいくつかできただけだった。

見るたびに悲しかったのを覚えている。

だから何度も水をやり話しかけたりもした。

ようやく小さなピンクの花が咲いたのは

結局、クラスで1番最後だったけれど

飛び上がりたいくらい嬉しかった。

なかなか育たたない朝顔に

自分を重ねていたのだと思う。


それ以来、自分が手をかけたものが

きちんと育っていくことと

花の可愛さの(とりこ)になってしまって

家の庭に自分のスペースを作ったのだ。

狭いし、柵で囲ったりもしてないけど

私の大切な趣味の場所だ。


でも、この頃は花を見ていると少し悲しい。

もっと小さかったときは

純粋に美しい花が咲くのが嬉しかった。

もちろん、花が咲き乱れているのを見ると

それだけで心が浮き立つのは今も同じだ。

だけど、そう、特に美しい花壇を見るとき。

きっとたくさんの花が抜かれて

こうなったのだな、と思ってしまう。

自分の花壇を作るとき私もそうするから。

雑草とか蕾のままのとかは

ほとんど抜いてしまう。

それに苦い気持ちを抱くようになった。

きっとまた私は花に自分を重ねている。

今度は美しい花ではなく抜かれる花に。


そんな下らないことを考えながら

花を見ているとふと隣に気配を感じた。

帽子の下から見上げると

私と同じくらいの歳の男の子が立っていた。

え、なんで…?

時が止まったように動けなくなる。

男の子がそんな私に気づいたのか

顔をこちらに向けたとき

不意に強く風が吹いて

帽子が頭から滑り落ちた。

ぱっと男の子と視線が合ってしまう。


私の目に映ったのは

下から覗き込むような姿勢だからだとしても

背の高い繊細(せんさい)そうな顔立ちの

優しげな男の子。

男の子の目に映っているのは、私。

しゃがんでいたとしてもひどく小柄で

そばかすだらけの不器量で地味な女の子。

かぁっと頬が燃え上がる。

逃げなきゃ、こんなの見せたくないっ…!

いきなり立ち上がりかけた私に

待って、という焦ったような声がした。

びくっと言葉に縛られたように体が止まる。


「悪い、驚かしちゃって」

と男の子は言った。

さっきよりもずっと低い声。

私は何も言えずしゃがんだまま(うつむ)く。

沈黙が2人の間のを満たす。


しばらくしてから

あのさ、と男の子がある花を指さして言う。

「この花って何て名前?」

男の子が示したのは薄紫の小さな花だった。

チューリップのような知名度も

金魚草(きんぎょそう)のようなかわいらしさも

カトレアのような(あで)やかさもない

可憐といえば聞こえがいいだけの地味な花。

私には育て方が難しくて

まだ小さくしか育てられず余計そう見える。

私は消え入りそうな声で

ミスミソウ、とその花の名を告げる。

私の好きな花、とは言わなかった。

この地味な雑草のようなところが

私のようだ、とも、言わなかった。

男の子はへぇ、と頷くと

急に私の隣に座った。

びっくりして身をすくめてしまった私を見て

男の子は少し笑って

「これどんな花?」と聞いた。

地味な花、と思わず反射的に答える。

すると、男の子の笑みが濃くなって

「他の色とかある?」とまた聞いた。

「こんな色とかピンクとか白とか

あと、黄色とか藍色もあるよ」

普段よりずっと滑らかに口が動く。

そのことに1番自分が驚いている。

そっか、と男の子は笑いを含んだ声で言うと

「地味かもしれないけどいい花じゃん」

と優しげな笑みを浮かべた。

「俺は好きだよ」

とくんっと心臓が小さく動く。

それでも何も言えない私に

転がっていた帽子を放り投げると

また見に来る、とだけ言い残して

去って行ってしまった。


しばらくそのまま動けずにいた。

わけの分からない人に絡まれたという思いと

何故かその人のことを待ちたいという思いと

2つがないまぜになって

大嫌いな自分の顔を帽子で隠すことも忘れ

ただミスミソウを見ていた。


確かに春は近づいてるらしい。






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