群れる
それは、俺が研究者として遭遇する最大の群体だった。
惑星生物学者として、地球惑星政府に雇われている俺は、今回、とある惑星へと派遣された。
この惑星は、全地表のうち、9割方が陸地という形状をしていた。
水は雨という形で豊富にあるが、それが一度に降るというわけではない。
日本の梅雨のような感じで、のんびりと降り続けるのだ。
この惑星は、3つの政府がすでに存在しており、その全てと外交関係がある。
俺が降り立ったのは、その中で最大の国土がある、ラエト=カルト帝国だ。
皇帝へと謁見することを許された俺は、地球惑星政府を代表して、挨拶することとなった。
「陛下、本日はご尊顔を拝することができ、恐悦至極でございます」
俺がいう言葉は、5段高いところにある玉座の傍にいる通訳が、逐語訳してくれる。
「そなたと出会え、我等も喜んでおる」
「ありがたきお言葉」
「して、今回用件は」
「北極におります群体の調査を」
「ふむ、あそこは我が国土を構成する重要な場所である。なるほど、ではその探検を許可しよう」
「その決断の早さに我々は喜んでおります」
この惑星では、即決が原則だ。
人生短きなれば、決め事常に早くすべし。という諺もある。
それを受けて俺はすぐに皇帝の謁見の間から離れた。
北極へは、電車が通っている。
地球の北極とは違い、年平均気温が5度という暖かい地域だ。
惑星全体からみれば、30度ほど低いが。
そのようなところのうえ、この地域では、レアメタルとウランが豊富に産出する。
特に危険なエリアではないが、何があるかわからないため、武器を携行する。
部下は水先案内人と助手だけという小所帯だ。
「ここから、入る」
水先案内人が教えてくれたのは、水平方向へと広がっている洞窟だ。
「この奥だな」
前と同じだ。
水先案内人はうなづく。
「では行くとしよう」
前は使わなかった武器だが、あるだけで極めて心強い。
エルミー銃という、相手を電子レンジ状態にして殺傷する武器だ。
はるか昔、といっても30年ほど前に、この銃は実戦で使われたことがある。
イルフリアという水分主体の群体を倒すために使われたのだが、それ以後、公式には使われたことはない。
とはいうものの、未知の地域へ入る際には、使用が許可されるようになったのは、イルフリア騒動発端だ。
ちなみに、その時に艦長をしていた人は宇宙軍の軍務長官をしている。
さらにいえば、イルフリアを発見した陸軍生命研究所のカルツォーネ博士は、俺の大叔父になる。
そんなことを銃に触れながら考えていると、俺は洞窟へと自然に足を踏み入れていた。
ELランタンをつけながら、真っ暗な洞窟を歩き続ける。
水先案内人がいなければ、俺はまず間違いなく迷子になっているだろう。
それほどに複雑な立体ダンジョンを歩き続けること1時間半。
ようやく目的の場所へとたどり着いた。
そこは、そこまではっきりと見える地底湖だ。
だがそのように見えるだけで、実際には湖に群体が化けているというのがただしい。
彼らは色によって自らの言語としているようだ。
「では、ちょっと失礼するよ」
青色、赤色と光り、また青色に戻った。
その光を確認してから、静かに手を差し入れる。
すぐに光が四方八方へと散らばっていくが、瞬く間におとなしくなる。
これで、俺のことはすっかり覚えてくれたはずだ。
2度目の邂逅ではあるが、彼らはとても賢い。
それが如実に現れたのは、声が聞こえてきた時だった。
「ノ・ブ・オ?」
「そう、俺は信郎
のぶお
だよ。池井信郎
いけいのぶお
だ」
「僕/俺/私/我/たちは、イルフリア」
イルフリア。
その生命体には、しっかり聞き覚えがあった。
まさか、こんなところで生き残っているとは。
「今、貴方/君/貴様/お前/が思っているのは、僕/俺/私/我/たちとは仲間ではない。彼/彼女/それ/存在/は、僕/俺/私/我/たちと別れて行き、別に進化した」
「じゃあ、君たちは、同じイルフリアだとしても、全然こちらを攻撃するつもりはないということかい」
その質問にはイルフリアは応じず、歌を返してきた。
「我らは星の子、宇宙の子。
巡る星に跨りて、宇宙のあちこち飛び回る。
ある時星が無くなりて、皆々散り散り行方知れず。
我らは旅を繰り返す。
ある時星を見つけ来て、その星奥深く眠りつく。
幾年
いくとし
過ぎし時、我らは神となりにけり。
幾年過ぎし時、我らは悪魔となりにけり。
再び居場所を追われ来て、我らの旅は始まった。
遠くなり行くその星に、残せし我らの仲間とは。
そのいずれにも、未だに会うこと叶わない。
我らは遠くへたどり着き、いよいよ地中の奥深く、すなわちここへとたどり着く。
我らの旅は終わりけり。
長き旅は、まだ果てぬ」
それは、心地よい調べであった。
だが、助手たちには聞こえていなかったらしい。
ポンポンと肩をたたかれ、湖から手を引き抜き、助手を見る。
「どうしたんですか、博士」
「いや、何でもない」
俺は正直に、彼ら、イルフリアについて話した。
「……まさか、イルフリアと出会えるなんて」
「そうなんだ、俺も思ってもみなかった」
絶句する助手に対して、水先案内人は、淡々としていた。
「イルフリア、昔から伝説にある。聞く?」
「ぜひともお願いしたい」
水先案内人がその伝説を話してくれた。
「昔、ある時に、水がいた。水は地に満ち、天に満ち、また全宇宙に満ちた。
この水から、神は一雫を手に取り、息を吹きかけた。そうすると、水は神と同じように、息を始め、動き始めた。
その水はやがて、全宇宙の水となり、世界すべては騒がしい世の中となった。
ある時、騒々しい世の中を憂いた神は、髪の毛を千切り、宇宙に撒いた。水は、その髪の毛に集まり、人となった。獣となった。星となった。
だが、それに比べて水は多かった。だから、余った水は集まり、命を持った水
イルフリア
となった」
イルフリアとは、少なくともここでは命を持った水という名刺として扱われているらしい。
たしかに見た目は水そっくりだ。
しかしながら、実際には細かい虫の集まりで、この水に見えるのは、体液だとわかっている。
それでも、成分の97%が水であるのだから、ほとんど水だと言ってもいいだろう。
「それで、イルフリアたちはどうするんですか」
「…橿原の艦長にでも従うか」
俺は軽くつぶやいた。
「彼らは、独自の進化を遂げた群体だ。俺らが邪魔をすることはあるまい。神だの悪魔だの言われて、引きこもりたいんだろうさ」
俺はそう言ったが、再び湖に手を差し入れた。
すぐに、独特のしびれがくる。
電気が通っている証拠だ。
「君たちは、どうしたい」
「僕/俺/私/我/たちは、このまま、ずっとここにいたい。騒がしくならずに、そっと静かに
」
「分かった、ありがとう」
どういたしましてと、イルフリアは静かに答え、俺たちは接続を絶った。
それから、俺は皇帝陛下へと報告書を提出した。
「ふむ…そうか、なるほど」
「その報告書にありますように、彼らは人と付き合うと言うことを極度に嫌うようです。あの洞窟は、封印し、我々が入ることがないようにすべきと思います」
「なるほどな、おぬしの意見、よく理解した」
皇帝は、俺に下がるように言った。
俺はすぐに、謁見の間から去った。
皇帝が、俺の嘘に気付く前に。
それからというもの、俺はあちこちの惑星を渡り歩いた。
イルフリアは、3回ほどであった。
その全てが、非好戦的で、彼らの元来の姿を、強く見せてくれた。




