ビニール傘下のふたり
誰もいなくなった放課後。
その日、日直だった私は日誌を書いていた為に遅くなってしまった。
外はざあざあと雨が降っている。
下駄箱を開けてローファーに履きかえた。
生憎、天気予報を見ていなかったから傘を持ってきていない。
鞄を抱きしめて昇降口の壁にべったりと張り付いて少しの間、雨宿りしようと考えた。
私がもたれる壁のすぐ近くに銀の糸をひくカタツムリがとまっていた。
ざあざあと雨が地に叩きつけられる。
私はぼうっとして雨雲を見つめていたら、隣に誰かの気配を感じた。
はっとしてそちらに視線を動かすと、彼は傘立てに残っていた一本のビニール傘を躊躇いもなく引き抜き、私に差し出した。
「何これ」
そう眉をしかめて呟くと、彼は困ったように微笑んだ。
「黙って受け取ればいいのに」
「だって、これ、私の傘じゃない」
断固として傘を受け取ろうとしない私に彼――海江田和輝くんは苦笑を滲ませて傘をゆっくりと広げた。
「一緒に帰ろう」
「……」
私が言葉を濁していると海江田くんは何の躊躇もなく私の肩を引き寄せる。
きゅっと唇を引き結び、私は逆らう事を諦めた。
壁に張り付いていたカタツムリに嘲笑されているような気がした。
小さな傘の下で身を寄せ合う私達は傍から見れば恋人同士だったのかもしれない。
だけれど、私達は恋人でも友人でもましてや知り合いでもない。
ただの、隣のクラスの誰かさん程度なのだ。
振り続ける雨は彼の、色素の薄い髪、肩、オールスターの靴等を右側だけ濡らしていく。
ビニール傘は主人ではなく、よそ者の私だけを守り続けていた。
中途半端に肩まで伸びた黒髪、制服のブラウス、チェックのスカート。ローファーは濡れていない。
どうして今まで私を避けるように過ごしていた海江田くんは突然最近になって距離を縮めてきたのだろうか。
そんな疑問を抱きながら私はそっと海江田くんを見上げた。
繊細な顔をした彼は澄んだ瞳でまっすぐ前を見つめていた。
家の場所等、海江田くんに言った覚えもないのに彼は確かに私の家の方向へと足を運んでいた。
どうして。
家に辿り着くまで、安物のビニール傘は驚くほど左に傾き、主人である彼を雨にさらしていた。