黄昏時の背後にご注意
別に隠しているつもりでもなく、正直言えばまだ自分の気持ちにそこまで自信がなかった。
春斗先輩は一度も喋った事がないどころか、目も合わせた事がない。
ささやかで小さな私の恋心をヨリにカミングアウトすると、まるで彼女は自分の事のように張り切ってしまってずっと騒いでいる。
私はそんな友人の姿に失笑しつつ、生まれたばかりの恋心を温めていこうと強く思った。
「理沙、どうするの?」
テニス部のヨリはもうユニフォームに着替えてグラウンドに向かおうと下駄箱で靴を履いていた。
一方、制服姿の私は笑って、「今日は帰るね」と言い、ローファーに履き替えた。
「なんだ、先輩の練習見ていかないの?」
その言葉に思わず溜息を吐きたくなる。
「いいの。別に付き合いたいわけゃないから」
そう言い切ると私はヨリと別れて校門を出て行った。
9月だと言うのにまだ蝉が鳴いている。
容赦ない暑さの所為か、ずっと蝉の鳴き声を聞いていると頭が痛くなる。
自然と私の足の歩幅は小さくなり、目線は気がつけば街路樹の影を見つめていた。
差し込む夕日に私の影が長く伸びている。
「……」
ふと、ある違和感を感じて私は足を止めた。
空気の匂いを嗅ぐように、オレンジ色に染まっている空を見上げた。
何か、おかしい。
はっとして勢いよく振り返ったけれど、そこは街路樹の影が続いているだけで何もなかったし、何もいなかった。
前を向けば、数メートル先で作業着を着た中年の男がチェーンソーで一本の樹を切り倒そうとしていた。
きっと背後に感じた違和感は気のせいだろうと感じて、私はまた歩みを始めた。
だが、胸の中に溜まるしこりのような不快が消えてくれない。
ざっと風が街路樹を駆け抜けた。
背後からいきなり肩を捉まれて私はバランスを崩し、激しくアスファルトに尻餅をつく。
「いやぁ、すまんねぇ。怪我なかったかい?」
その声にはっと目を開けると、さっき街路樹のひとつをチェーンソーで切っていた中年の男が眉毛を八の字に下げながら慌ててこちらに向かってくる。
私の数歩先で大きな樹が横たわるように倒れていた。
背後から肩を捉まれなかったら、私はきっとこの樹の下敷きだったに違いない。
そう考えるとゾッと首筋が粟立った。
「立てる?」
背後から気遣う言葉が聞こえてきて、私はその人物に感謝いっぱいになる。
「危ないところ、助けていただきありがとうございます」
自力で立ち上がって身体を反転させ――私は思わず目を疑った。
どうしてこの人が、ここにいるんだろう。
「海江田……くん……!?」