季節はずれの春が来たりて
海江田くんとは入学式以来、一度も声を交わした事がない。
なのに彼はこうやって度々誰かを使って私に危険を忠告してくるのだ。
海江田くんの言動の意図は分からないけれど、少し不気味さを感じる。
色素の薄いブラウンの瞳は私の心の奥の奥まで見透かしているようで――…。
「り、理沙!」
唐突にヨリから肩をばしばし叩かれ、私は痛みに顔をしかめた。
「な、何?」
ヨリは完全に今、野次馬殺到中の6組の教室ではなく、その反対方向を一点に見つめていた。
ヨリのその目の色は、彼女が海江田くんの話を必死に語っている時の目に似ている。
つられて私の目もヨリの視線を辿って行く。
その人が視界に入った瞬間、私の身体全身が震えた。恐怖からではない。
黒髪の伸ばされた襟足や着崩れた制服は決して卑下た妄想へ落とすことはなかった。
その人は友人らしき人と会話しながら笑顔を見せている。
「2年の春斗先輩だよね!?マジかっこいいんだけど!」
その人――春斗先輩が角を曲がって姿が見えなくなると、ヨリが興奮気味に叫ぶ。
「うん!かっこいい!」
私も笑顔で同意した。
「知ってる?春斗先輩って“2年の海江田くん”って言われてるんだよ」
「えぇー。何それ。それなら海江田くんが“1年の春斗先輩”でしょ?」
ムッとしつつ、そう言い直すと途端にヨリから意地悪な笑みを向けられた。
完全に窓ガラスが割れた事等、頭から飛んでいた。
「やっぱり!春斗先輩が好きなんでしょ!?」
探るような眼差しがくすぐったくて、私の顔から笑みが消えることはなかった。
ヨリはやはりこういうのに敏感だ。
緩んでくる頬を思わず両手で押さえる。
「……んふっ」
隠しようがなかった。