優しい彼と、怒鳴る彼
二日連続で訪れた私を、もちろんこの小さな店は覚えていて、レジにいたお姉さんが私を見て苦笑し、会釈してきた。
だけど私はここで、昨日海江田くんと二人で会ってたなんてヨリに言ったらきっと誤解されると踏んで取りあえず知らないフリを決め込んだ。
「かわいい店ねぇ」
ヨリが店内を見回しながら呟く。
昨日は何だか色んな複雑な気持ちでいっぱいだったけれど、今は幾分穏かな気持ちでいるから、ゆっくり店内やメニューを見ることができた。
まぁ、隣に春斗先輩が座っていることには慣れないけど。
「……春斗?」
はっと我にかえると、注文を取りにやってきたウェイトレスのお姉さんが驚いたように春斗先輩を見つめていた。
「由香……」
春斗先輩は驚くというよりも焦っているような感じで由香と呼んだウェイトレスを見つめ返す。
由香?誰。
ヨリは野次馬根性を隠し切れず表情に出ているけど、それでも私の事を考えてくれているらしく、ちらちらと心配を孕ませた視線をよこしてきた。
「どうしてここに……。もう新しい彼女できたのね。相変わらずね」
最初は驚きを滲ませていた由香だが、春斗先輩の奥にいる私をじろりと一瞥し、溜息を吐いた。
「お前に関係ないだろ」
焦燥を露にしている春斗先輩が、さっきまでの明るく優しい彼と同一人物だとは思えなかった。
眉間に皺を刻み、テーブルの下で片足を貧乏揺すり。
――こんな噂を聞いたことがある。
春斗先輩は複数の女の人と肉体関係を持っているどうしようもない男だと。
初め、ヨリにも一度だけ警告されたが、それでもいいと頷いた私。
春斗先輩が、好き。
それだけは拭いきれない真実。
「関係ないですって?」
眉を吊り上げる彼女に、
「うるせぇんだよ!早く注文とれ!」
春斗先輩は人が変わったように、怒鳴りつけた。
由香はその罵声に肩を震わせ、口を閉じてしまった。
「お、おい、春斗……」
ヨリの彼氏がなだめるように声をかけると、春斗先輩は弾かれたように私に振り返った。
きっとそのときの私は酷い顔をしていたに違いない。
「ご、ごめん。びっくりさせた?でも、この女とはもう関係ないから」
理沙ちゃん、と優しく呼ぶ彼。
私は別に春斗先輩の彼女でもなんでもないのに、まるで恋人のように優しく言葉をかけてくれる。
由香って人が誤解してしまうのではないかと冷や冷やした。
「だ、大丈夫です」
私がそう答えている背景でヨリの彼氏が全員分の食事を注文してくれていた。
私は何度か学校で春斗先輩が女の子にこうやって怒鳴っている場面を何度か見たことがある。
春斗先輩。
一体どっちが本当の春斗先輩なの?