カエダカズキくんとササキリサ
それは高校の入学式の時だった。
桜の花弁が幾つも私の目の前を横切っていく。
先ほどの校長先生の話によると、これでもまだ七分咲きらしい。
風に靡いて乱舞する桜の花弁と自分の髪に視界を邪魔されて、うっとおしいと感じた。
「ねぇ、君!」
肩をポンと叩かれ、はっとした。
髪を押さえながら振り返ると、無邪気な笑みを浮かべている男。
それが海江田和輝くんだった。
色素の薄い茶色の髪を風に靡かせるその姿はまるで白馬をつれた王子様のようだった。
でも、実際は彼は王子様でもなく、連れているのも白馬ではなく、自転車なんだけれど。
「これ落としたよ」
差し出されたのは確かに今朝ポケットに入れたはずの私のハンカチ。
亡くなった母が愛用していた桜の刺繍がされた薄桃色のそれはこの世に二つないものだ。
落とした事さえ、気づかなかった事に顔面を蒼白させた。
それと同時に彼に対して深い感謝を感じた。
「どうもありがとう。これ、大切なものなの」
笑顔を浮かべてハンカチを受け取って視線を送ったが、彼は茫然と私を見つめていた。
「な、何……?」
顔に何かついているのだろうか。
思わず手で頬を撫でてみたけれど、何かついている気配はなかった。
不快とまでは言わないが顔をジッと見つめられるのは気分が良いものではない。
照れ臭さと気まずさが入り混じり、この場に居辛く感じて――。
「あ、あの、本当にありがとう。じゃあ私、もう行くから……」
別れを告げると彼ははっと我にかえった。
「あ、うん。じゃあ……」
「さよなら」
この時は、彼とはもうこれっきりだと思っていた。
同じ学校だから廊下ですれ違ったりする事もあるだろうけど、きっともう話す事はないだろうと。
だけど私はそれから海江田くんに不審な行動をとられる様になる――。