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第99話

 帝国に向かってシトリの手綱をにぎる。シトリを操縦してるのは俺じゃないけど。


 冬の空はあちらの世界ほどじゃないけど、それでもかなり寒い。


 朝になるまで飛ぶのは見合わせた方がよさそうだ。どこでもいいから休める場所はないか。


「この時期に飛行するのはかなり寒いな」

「うん」

「どこか休めそうなところはないか? 寒くて凍えちまうぜ」

「どうかなあ。止まれそうな島はないけど」


 この世界に小さい島はないのか? 帝国まで寒空を飛び続けたら、帝国に着く前に凍傷になってしまうぞ。


「ところで、帝国ってシトリの翼でどのくらいかかるんだ?」

「どのくらい? さあ」


 さあって。帝国までの距離を知らないのかよ。


「エレオノーラと帝国の距離を知らないのかよ」

「うん。帝国なんて行ったことないし」


 マジかよ。そんなんでよく帝国へ向かおうと思ったな。


 ものすごく嫌な予感がするぞ。こいつは帝国の場所を知らないんじゃないか?


「なあセラフィ。念のために聞くんだが、帝国ってどこにあるのか知ってるのか?」

「ううん。知らないよお」


 知らないよお。知らないよお。知らないよお――。


 こいつの無責任な言葉がエコーとなって夜空へと消えていく。


「マジかよ」

「だってアンドゥが知ってるんでしょ。帝国の行き方」

「知らねえよ。帝国の名前だってろくに知らないんだぞ」

「えっ、そうなの? じゃあ、どうするの?」


 どうするのって言われたって、知らねえよ。俺が聞きたいくらいだ。


「その台詞をそのまま返す」

「えっ、また返すのっ? アンドゥずるい!」


 ずるい、じゃねえって。お前は近所に住む小学生かっ。


 これからどうするんだよ。俺はお前の強引さに押し負けて、宮殿を抜け出しちまったんだぞ。


 だけど、今さら宮殿には帰れないし、身体も凍えるほど寒いし。踏んだり蹴ったりだ。


「出発早々からぐだぐだだな」

「んー? なんか言った?」


 俺の愚痴だけ都合よく聞き取れねえのかよ。お前には呆れて返す言葉が思いつかないぜ。


「アンドゥ、見て見て!」


 セラフィが子どもみたいにはしゃぎ出す。こいつの指してる視線の先に、


「おお」


 無人島のようなものが見えてきた。


 暗くて詳細はわからないな。大海原の向こうに島の影が見えてきたような感じだ。


「これで今日はぐっすり休めるね!」

「そうだな」


 帝国の行き方は街で人から聞きこんだり、本で調べるしかない。移動手段はあるのだから、調べればどうにでもなるだろ。


 島の全容が少しだけ見えてきた。ここは人はおろか、建物すらない無人島だ。


 島の外側は切り立った崖のようになっていて、その他は森で覆われている。動物たちの楽園のような場所っぽい。


 セラフィが危なっかしい操作でシトリを着地させる。俺が先に降りてシトリの手綱を受け取る。


 近くの木の枝に手綱を結んでおけばいいだろう。手際よく処理してセラフィに振り返る。


「それじゃあ、この辺で火を焚いて寝るか」

「ええっ、もう寝ちゃうの? 森の中を探検しようよっ」


 お前は出し抜けに何を言ってるんだ。森なんて暗すぎて探検できるわけないだろ。


「無茶を言うな。こんなに暗いのに探検なんてできるか」

「だいじょうぶだよぅ。イザードに着いたときだって、アンドゥとふたりきりで森を探検したじゃん」


 セラフィが「ふふん」とドヤ顔で言い放つ。両手を腰に当てて。


 イザードでもそんなことはあったけど、あれは探検してたんじゃなくて、帰り道がわからなくて森をさ迷ってただけだろ。


 その後でイーファさんに会った、から、よかったものの……。


「そんなことがあったな」


 イーファさんと初めて会ったときの思い出がよみがえる。胸が少し苦しくなる。


「うん。そうだよね」


 セラフィも同じことを考えているのだろう。急に肩を起こしてしまった。


「探検は明日にしようぜ」

「うん」


 しかし、よく考えると木に囲まれていた方がいいな。風よけになるから。


 森に入ってすぐにちょうど休めそうな場所があった。シトリの手綱を結び直して、次は焚き火の用意だ。


 焚き火をするときは枯れ木を集めないといけないんだよな。その辺にたくさん落ちててよかった。


「セラフィ。焚き火をするから刻印術で火を起こしてくれ」

「うん。わかった」


 セラフィが二つ返事で火を起こしてくれる。刻印術が使えるこいつは便利だ。


 焚き火の前でシトリが身体をうずくまらせる。そのとなりで寝たらあったかそうだ。


 セラフィとも添い寝することになってしまうが、やむを得ないんだ。寄り添っていないと身体が冷えちゃうんだから。


「アンドゥといっしょに寝るの、すごく変な感じ」


 セラフィが照れくさそうに言ってくる。


「仕方ないだろ。こうしないと身体が冷えちまうんだから」

「そうだけど」


 ためらうのは無理もない。俺だってお前の柔らかい感触に心臓がえらいことになってるのだから。


 花と蜜を足したような、すごくいい香りがする。女子から発せられるあの甘い香りだっ。


 まずいぞ。どんどんそういう気持ちになっちまう。静まれっ。静まるんだ俺っ!


 こいつと過ちを犯したら、俺は陛下に処刑される。いや、エレオノーラという国そのものから抹消され――。


「アンドゥごめんね。あたしのわがままに、巻き込んじゃって」


 セラフィがか細い声で言った。


「今さらだけど、勝手なことをして、すごく後悔してる」


 焚き火がぱちぱちと音を立てている。赤と橙色の要素エレメントが左右にゆらゆらと動いている。


「帝国の行き方も知らないのに、シトリも勝手に連れ出して、お父様は今頃怒ってるのかな」


 こいつは日ごろからの奇行が目立つし、立派な王女になるための勉強も真面目にやらない。割と不真面目なやつだけど、陛下やシャロたち大人に逆らわない、典型的ないい子だ。


 そんなやつがこんなにも大胆な強硬手段に及んだのだから、不安になるのは無理もない。


 こいつは王女で、エレオノーラの唯一の王位継承者という重圧に戦ってるんだもんな。この責任の重さは俺の想像をはるかに絶するんだろうな。


「お前は、だいじょうぶだ。お前の気持ちは、きっとわかってくれるから」

「そうかな」

「そうだよ。だって、イザードから帰国して、お前のことを一番気にかけていたのは陛下なんだからな」


 こんなものは嘘っぱちだ。俺は帰国してから陛下と話なんて一度もしたことがない。


 陛下は政務に追われている人だし、何より顔が怖いから迂闊に近寄れないんだけど、あの人は娘思いのいい人だ。俺はそう思う。


 だから、陛下はきっとだれよりもこいつのことを心配している。間違いないはずだ。


「お父様が?」

「ああ。シャロやアビーさんだって心配してるんだからな」


 セラフィが俺の二の腕に頭を押し付ける。胸の真ん中が、どくん! とさらに跳ね上がるっ。


「あたし、みんなに心配かけてるんだね」


 まずい。慰めるつもりが、逆に責め立ててしまった。


「いや、そういうわけじゃなくてだな。その、あれだっ。元気を出してくれ的なことが言いたくて、だな」


 錯乱してしゃべる言葉が出てこない。俺は不甲斐ないやつだ。


「帝国の行き方はわからねえけど、街で聞き込めばなんとかなる。俺だって何かやりたくて帝国に行こうとしてたんだから、自分が悪いなんて考えるな」


 言葉をかなり選んでみたけど、結局はこいつの考えや言動を否定する感じになってしまった。セラフィ、すまない。


 セラフィが俺に身体をあずけて言った。


「うん。わかった」


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