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第9話

「じゃあ今度はあたしの番!」


 セラフィが満を持してとり出したのは、さっきから小脇に抱えているハードカバーだった。


 それを両手でかかげて、俺の隣にどんっ、と叩きつけた。かなり重量感のある音だったけど、まるで辞書みたいだぞ。今から国語の授業でもはじめようというのか?


 表紙は茶色の厚紙で、金色の縁の中に芋虫みたいな文字が紡がれている。これはギリシャ語か? それともラテン語か? ぱっと見だと日本語でも英語でもない記号に見えるが。


「これを俺に読めと?」

「うん」


 うんって。


 英語のテストの結果が赤点ぎりぎりの俺に、日本語以外の言葉で書かれている本を読めと?


 突っ込みはさておき、本の背表紙を開けてページをパラパラとめくってみる。薄っぺらい紙の表面に書かれているのは、やはり芋虫みたいな文字と――これは図形か? セラフィの部屋で見た魔法陣が、毎ページに描かれている。


 この本は、魔道書グリモワールというものなのか? 気づくとみるみる興味が沸いてきた。俺は急にやる気になってページをどんどんめくってみた。


 色あせた紙には、あの妙な魔法陣が必ずひとつ描かれている。けど、よく見ると模様が微妙に違っているぞ。


「これは?」

「刻印術の術法書だよ」


 セラフィが屈託のない笑顔で言う。


 刻印術か。それがイリスに導入されている魔術的システムなんだな。


 その術法書をもってきたということは、俺に刻印術を使わせてみようという魂胆なのか。


 しかし、俺はただの高校生であって、刻印術の知識はおろか、あちらの世界の魔法やオカルトだって詳しく知らない。それなのに、刻印術なんて使えるのだろうか。


「その刻印術というのはどうやって使うんだ?」

「それはね、こうやって紙に刻印シジルを書いてね」


 言いながら、セラフィはスカートのポケットから三枚の紙切れをとり出して俺にわたした。紙はA4用紙くらいの大きさで、表を隠して二つ折りにされている。


 広げてみると、真ん中に魔法陣のような図形が描かれていた。すごく丁寧に描かれているが、目を凝らすと線の曲がっている箇所がちらほら見える。きっとセラフィの手書きなんだろう。


 セラフィがそのうちの一枚をひょいとかすめとって、


「こうやって使うの!」


 紙を両手でくしゃくしゃっとちり紙みたいに丸めて、空にぽんと放り投げた。


 すぐに目をつむって、教会でお祈りするときみたいに手を胸の前で合わせる。なんだなんだ? 精神でも集中させているのか?


 魔法を行使するシーンをこんな間近で見たことはないから、少し驚いてしまう。けれど、空中に舞っているちり紙を見上げて、俺はさらに驚いてしまった。


 紙が、空中でぼっと音を立てて燃え上がったのだ。


 ファイアボールだ。ファンタジーでありがちだが、どのタイトルでもほぼ必ず使われる、敵一体に火の玉を飛ばすあの魔法だ。


 ファイアボールっていう名称だと、初期のしょぼい魔法にしか聞こえないけど、生で見ると全然違う。なんというか、迫力が。


 空中で生まれたそいつは、焚き火みたいに轟々と燃え上がって、まわりに火の粉をふりまいている。あんなものをじかに食らったら、きっと一瞬で黒こげになってしまうぞ。


「行け」


 セラフィがうっすらと目を開いて前を指す。するとファイアボールが燕みたいに超高速で飛び出した。


 偶然、前に飛んでいたみたいな虫にぶつかった瞬間――ごう! と音を立てて、プラスチック爆弾みたいに派手に爆発した。


 予想をはるかに超える破壊力だった。


 黒こげなんていうレベルじゃない。直撃したら木っ端微塵じゃないか。


 なんなんだ、このチート級の強さは。こっちの世界に来てまだ小一時間しか経っていないのに、こんな最高レベルの魔法を習得しちゃっていいのか。


 これが、刻印術なのか?


 セラフィは俺の引きつった顔を見て、


「これが刻印術だよ」


 小悪魔な笑顔で言った。


「次はアンドゥの番だよ!」

「はあ? 俺っ?」


 さっきのチートを俺にやれというのか?


 絶対に無理だろ。MPも魔力もない俺に、あんな超常的魔道技術を発動させる力はないんだ。


「こういうのはその、まず先に、能力を覚醒させるイベントをこなすべきなんじゃないのか?」

「覚醒させるイベント? って?」


 セラフィが生まれたばかりの子猫みたいに首をかしげる。


 魔法なんて異世界人はまず使えないから、最初のイベントとして能力を覚醒させる儀式などが用意されているものだが。


「うーんと、よくわかんないけど、やり方を教えた方がいいのかな?」


 そういう問題ではない気がするが、突っ込むのもそろそろ疲れてきたな。


「刻印術は、刻印シジルに対応する神使じんしを呼び出して、その力を使う術なの」

「刻印? 神使……?」

「うん。イリスは、天空の神のイリス様に護られている世界でね、世界のあちこちにイリス様の使いの神使がいるんだよ」

「へえ」

「それでね。刻印シジルを描いて願いを込めると、神使を呼び出すことができてね、あたしたちに少しだけ力をわけてくれるの! だから、炎を出したり、雨を降らしたりすることができるんだよ」


 なるほど。


 へえ。


 ……。


 セラフィすまない。ぶっちゃけよくわからなかった。


 すごく親切に教えてくれたんだろうけど。


「ええっ、だめ? もう一回教えようか?」

「すまん、たのむ」

「ええとね、じゃあ――」


 というやりとりを五回ほど繰り返して、ようやくセラフィの解説を理解することができた。


 どうやら刻印術というのは、神使じんしという精霊の力を使う術なのだそうだ。


 神使というのは天空の神イリスの使いで、炎や冷気など色んな系統を司るやつらがいるらしい。けど視認することはできないようだ。


 彼らのシンボルである刻印シジルを描くことで呼び出すことができ、その力を借りると、さっきみたいに炎を具現化することができる――という理屈なのだそうだ。


 にわかに信じられないけど、セラフィが刻印術で炎を具現化しているのを目の当たりにしているんだから、もう信じるしかない。


 それに、さっきみたいに炎を召喚することができれば、俺も魔法が使えるようになるのだ。試してみる価値はある。


「この紙を丸めて上に放ればいいのか?」

「あと炎の神使に祈るのと、どんな感じにしたいのかイメージするのも忘れないでねっ」


 セラフィは俺の手をつかんで、近眼のおばあちゃんが新聞を読むときみたいに顔を近づけてくる。そんなに近づかれたらやりづらいわ。


 なぜか興奮しているセラフィを引きはなして、ふうっと深呼吸する。先にどんな魔法にするのか、イメージしないといけないのか。


 セラフィは火の玉をひとつ召喚したから、俺は三つだ。三つの火の玉が空中で旋回して、前にいる蛾をかっこよく焼き尽くす感じにしよう。


 しかし、予行練習なしのぶっつけ本番で、無事に成功できるのか?


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