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天空の刻印師  作者: 夏坂ひなた(旧:二条 遙)
深淵からの使者
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第83話

 イーファさんの持つ水晶が眩い光を放つ。放射光のような強烈な光が王の間を煌々と照らし出す。


 水晶の中心から、黒い影が忍者のようにびゅんと飛び出した。四本のしなやかな肢で床の上へと降り立つ。


 シルエットが狼に似ている気がするが、幻妖を召喚したのか?


 水晶の光が少しずつ弱まってきたので、俺は顔を覆い隠していた腕をゆっくりと降ろした。イーファさんの前には、ふくろうとライオンを足して二で割ったような合成獣がたたずんでいる。


 顔は漆黒の毛に覆われた丸い形で、鴉にも少し似ている。しかし銀色の目玉は四つあって、さらにくちばしが真っ赤だ。


 そして四肢と尻尾には毛がなく、緑色の堅いうろこで覆われている。爬虫類系の身体つきだ。


 この新種のキメラみたいな幻妖は、アムラウだ。イーファさんと森で初めて会ったときに遭遇したのを、今でもはっきりとおぼえている。


 アムラウは興奮しだしたのか、四つの目が赤く染まりだす。俺は恐怖と緊張で高鳴る気持ちを抑えて、スパダ(曲刀)をゆっくりと抜き放った。


「アムラウ。……行きなさい」


 イーファさんの静かな指令が下された直後、アムラウが前肢をふりあげて飛びかかってきた。慌てて左によける俺の右肩にアムラウの爪がかする。


 やっぱり戦わないといけないのか。


 アムラウは紅い嘴を大きく開いて、俺を食いちぎろうと襲いかかってくる。


 知能の低い獣であるこいつには、俺やイーファさんの立場や想いなんて関係ない。俺を主人と敵対する人間としか思っていないのだ。


「くっ!」


 アムラウが突進してきたところを、乱雑に剣をふり払う。アムラウの軌道を読んで斬り込んだつもりだったが、アムラウは頭を縮めて剣を器用にかわした。


 見た目に違わずすばしっこいということか。


 野生の本能を剥き出しにしてアムラウが飛びかかってくるが、イーファさんは後ろで立っているだけだった。炎の刻印術などで援護してくるのかと思って用心していたが。


 いや違う。イーファさんはきっと攻撃できないんだ。


 イーファさんのあの優しい性格で人を傷つけられると思えないし、そして何よりあの人は血が苦手だ。


 前に一緒にグレンフェルを追っていたときに、イーファさんが悩みを打ち明けていた。壁に手をついて嘔吐しながら。


 だからきっと、刻印術の才能が天才的でも、戦うのは苦手なんだ。


 せこい話になるが、野獣のアムラウを真面目に相手にしなくても、極めて簡単に勝利する方法があるのだ。つまり術師のイーファさんをたおしてしまうのだ。


 召喚術のシステムはよく知らないが、主をたおしてしまえば、使令のアムラウは言うことを聞かなくなり、やがて無力化するんじゃないかと思う。


 でもそれは、俺の手でイーファさんを斬り殺すということだ。


 そんなことができるのか。俺に。


 俺の剣はシャロのエクレシアみたいな名刀じゃないけど、渾身の力で斬れば人を斬殺するのは可能だ。ナマクラとはいえ、台所の包丁よりは斬れるのだから。


 問題なのは、そんな物理的な話でも技術的な話でもない。


 セラフィが見ている前で、イーファさんを斬ることができるのか?


「アンドゥ!」


 セラフィの悲鳴が聞こえてはっとした。気づいたらアムラウの四つの目がすぐそこまで迫っていた。


「やべっ!」


 あたる寸前で俺は上半身をひねってアムラウの嘴をかわしたが、あいつの左足が俺の肩に激しくぶつかった。突進だけでも凄まじい威力だ。


 思わず尻をついてしまったが、アムラウがふり返る前に俺は体勢をととのえた。


 アムラウは強い。ライオンと戦っているようなものだから当たり前だが。


 俺のポケットには炎と風の刻印術が数枚あるから、それを使えばアムラウをたおせるかもしれない。だが、それほど広くない王の間で刻印術を使うのは危険が伴う。


 俺がシャロみたいに剣術に卓越していれば、剣だけでアムラウをたおせるのだが、現実は推して知るばかりで。


 ああっ、俺はどうすればいいんだ。


 アムラウはたおせない。イーファさんもたおせない。刻印術も使えない。


 ならこのまま、アムラウにじりじりと追い詰められていくしかないのか。


 俺がやられても、使えない近侍がひとり犬死にするだけだ。


 俺がアムラウに苦戦しているのを見て、イーファさんの表情がわずかに動いた。顔色は青く、今にも失神しそうな感じだったけど、


「仕方ありません」


 と言って右手の水晶をまた光らせた。


 眩い光がまた発せられて、俺はとっさに目元を隠した。その間にアムラウが突進してくるのではと思ったが、あいつも眩しいのか、大きな身体をうずくまらせてじっとしていた。


 この放射光は召喚術の光だ。ということは、もしや。


 最悪の状況が脳裏に浮かびまくっていたが、光が収まってきたころに俺は眼前を見やった。


 アムラウが、二体になっていた。


 こういう事態は、さすがに想定していなかったぞ。


 一体を相手にするだけで手一杯だったのに、それがもう一体増えるなんて。


「行きなさい」


 イーファさんの冷たい指示が出された直後、二体のアムラウが正面から突撃してきた。


 こんなの反則だろ。野生のライオンに相当する猛獣が二体も出てきたら、逃げるのだって厳しいぞ。


 しかもだ。俺の嫌な予感が正しければ、イーファさんはあの水晶の刻印を手にしているかぎり、アムラウを何体でも召喚できるんじゃないか。


 そうすると、俺はイーファさんをたおすまでアムラウと延々と戦わされる羽目になってしまうのだ。


 そんな、ことが――くっ。もやもやと考えているうちに左のアムラウの爪に斬られちまった。左の二の腕だ。


 そう思っていたら今度は右のアムラウが正面から迫ってきて――くそっ! こっちは剣で顔面を斬ってやったけど、勢いが殺せない……! アムラウがそのまま俺に乗っかってきた。


 そのさらに上から、もう片方のアムラウが飛びかかってくる。


 二体のアムラウの下敷きになったら、俺の肋骨が粉々になるぞ。俺は乗りかかっているアムラウを引き離そうと両手を伸ばすが、アムラウの力が半端ないから全然離れないっ。


 足まで使ってなんとかしてアムラウを引き離して、もう片方のアムラウのダイビングを寸前で回避することができた。


 こんな不毛な戦いを延々と続けないといけないのか?


 先の見えない展開に絶望的なものを感じていると、右手に何も持っていないことに気づいた。


 さっきまで俺は剣を持っていたけど、どうやらアムラウと取っ組み合いをしているときに剣を離してしまったようだ。


 剣は床に転がっていたが、それを右のアムラウが前肢で踏みつけている。そのとなりには、顔面を斬られたもう片方のアムラウの興奮しまくった顔がならんでいる。


 俺の剣はない。だが、二体のアムラウは弱るどころか、戦うにつれて興奮度が増して凶暴になっている。


 いよいよ絶体絶命なのか。

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