第8話
「でもね、そんなことは別にどうでもいいの」
セラフィは恥ずかしそうに、上目遣いで俺に視線を送ってくる。
「ねえアンドゥ。どうしてあたしが、きみをここへ連れてきたか、わかる?」
今のセラフィは、一言であらわすと美少女ゲームのヒロインみたいだった。
恥ずかしそうに顔を赤らめて、腰の前で手をもじもじさせて、好きな男に愛の告白をしようという、めろめろなあの姿。
マジで恋愛フラグが立っちゃったのか? まだ出会って数えるほどしか話していないのに。
でも、今のセラフィの態度はまるで……。
セラフィが俺の方をじっと見て、静かに足を踏み出す。
ま、待て! 待ってくれ! 女子とろくに会話したことがない俺に、しばし心を整える時間をくれ。
手をつないだだけで心臓がばくばくしてたのに、愛の告白なんてされたら、卒倒して病院送りになってしまう。
「どど、どうして、なんだ……?」
やばい、唇がひくひくしてやがる。
なんの因果か、読書感想文で賞をもらって、全校生徒の前で発表する状況に陥ったときみたいだ。
胸に手をあてなくても、心臓がばくばくと脈打っているのがわかる。
全身を循環している血液が、華厳の滝みたいにザーザーと流れて……いや何を考えてるんだ俺は。そんな描写はいらないだろ。
「それはね」
セラフィがうつむいて両手を胸にあてる。勇気をふりしぼって告白しようとしている姿は、もう抱きしめたくなるほど可愛い――。
「きみのことを、もっともっと知りたいからだよっ!」
セラフィが急ににんまりと笑って、興奮醒めやまない様子で詰め寄ってきた。
「きみみたいな、面白い人を見逃すわけにはいかないのっ。だから、面白いこと、もっともっと教えて!」
面白いこと、ですか。
それが、俺を連れ出した理由だったのね。
「え、なになに? どうしたの?」
足腰の力が急に抜けてきた。がっくりとうなだれて、彼方に広がる雲海を見やる。
ああ、雲はいいなあ。雄大で、泰然としていて――。
「なんて現実逃避してる場合じゃないだろ」
「現実逃避?」
セラフィが俺のとなりに腰を下ろした。
「お前は、俺のいた世界の話を聞きたいのか?」
「うん!」
「俺のいた世界は、こっちの世界と全然違うから、話を聞いても意味がわからないと思うぞ」
「えー、そうなの!? すっごい気になるっ」
すっごい気になるんすか。俺の右腕をつかんで、がきみたいに足をばたばたさせるな。
こいつはどうやら、変わったものや、風変わりなものが好きなんだな。
常軌を逸したものや、奇抜で珍妙なものが好きだから、幻妖の召喚であらわれた黒目黒髪の俺に興味津々なんだな。
好かれているのは間違いないが、これはLIKEの方だ。LOVEの方じゃない。
「うん、絶対にLIKEの方だ。間違いない」
「ライクって何? それもアンドゥの世界の構成物質なのもしかして!?」
ははは……。
笑顔三十パーセント増で迫るセラフィを、苗木みたいな力で引き離す。こんなことで、一生分の鼓動回数の三分の一くらいを消費しちゃったよ。
セラフィにあちらの情報を提供する見返りとして、俺もこちらの世界について聞き出すことができた。
こちらの世界はイリスといい、無数の浮遊大陸で構成される世界なのか。
浮遊大陸はひとつひとつが南国の島くらいの大きさで、それらが諸島のように群がったものを「大陸」と呼ぶんだな。
この島はエリノールという大陸の中心にあって、エレオノーラ王国の首都にあたるらしい。
後ろの王宮はアリス宮殿で、エレオノーラの国王――セラフィの父さんもあそこに住んでいるんだな。
大陸の真下には雲海が広がり、その下は「奈落」という陸地のない穴になっているのか。
奈落は幻妖が棲まう暗闇の世界だから、悪の象徴としてイリスの人々に忌み嫌われているようだ。
シャーロットが俺の髪を見て、黒は悪だと口走っていたが、黒が奈落を連想させる色だから、この世界で嫌われているんだな。
セラフィに説明されて、改めて思う。実に不可解な世界だ。異世界なのに、勇者や魔王はいないし。
どうせだったら魔王として召喚されて、伝説の勇者様ご一行をことごとく討ち滅ぼしてみたかったけどな。
「ねえアンドゥ。ニホンって、どんな国なの?」
俺の思考が一通り整理できた頃合いを見計らって、セラフィが質問してきた。
どう答えるべきか。
人間の平均寿命が世界第一位の国ですとか、無難に答えておこうか? それとも、不景気と溜まりに溜まった国債のせいで財政破綻寸前の色んな意味でオワタ国と白状しちまおうか。
いずれにしても、この辺りで俺の偉大さをわからせておかないといけないな。
「そうだな。ある意味、色んな分野で最先端を地で行く国だったな」
「ふむふむ」
「我が日本は技術大国として世界に名を馳せ、アメリカ、ヨーロッパといった欧米の先進国と対等な関係を結び、中国や韓国などのアジア諸国への技術提供を惜しまず、常に時代の先を見すえている、先進国の代表と言っても過言ではない国なのだ。だから、そんじょそこらの国と一緒にされては困るな」
「すごい! なんかよくわかんないけど、アンドゥの国ってそんなにすごい国だったの!?」
ふふっ、俺を食い入るように見ているな。上京してきたばかりの箱入り娘をだましているみたいで少し気が引けるが、許してくれ。
「じゃあ何が特にすごかったの!?」
何も疑わずに切り込んできたな。どう答える。
「色々とすごかったから、数え上げたらきりがないんだが、そうだな。ええと、特にすごかったのは、ゲームとアニメとインターネットだな」
「アニメ? インター……?」
「この三者は、今のエンターテイメントを語る上で欠かせない、まさに現代の顔ともいえる兵たちだ」
「はあ」
「日本の技術はエンターテイメント性にすぐれ、日本でつくられたゲームとアニメは国内ばかりでなく、欧米諸国からも絶大な評価を受けているのだ。
インターネットの技術力はアメリカに一歩及ばないものの、日本のサイトやSNSは独自の進化を遂げ、通販サイトや交流サイトは今や国民の生活の一部になっている。
よって日本の誇れる技術は、ゲームとアニメとインターネットなのだ」
感涙するほど素晴らしい回答だ。
セラフィは小学生みたいにぽかんと口を開けて、「へえ、そうなんだあ」と、絶句している。ちょっと驚かせすぎちゃったかな。
だが驚くのはまだ早いぞ。俺の主張を裏づける物的証拠を見せてやる。
ポケットからスマートフォンをとり出して、セラフィに見せつけた。
「なにこれなにこれ!?」
セラフィは小犬みたいにきゃんきゃんと声をあげて、スマートフォンに食いついている。どうだ、かっこいいだろ。
「これ、どうやってつかうの?」
待ってろ、すぐに電源を入れてやるから。
電源を切ったおぼえはなかったけど、右側面の電源を親指で長押しした。
けれど、どうしてかディスプレイの電気がつかない。なんでだろうか。
電池が切れちゃったのだろうか。充電は昨夜にしておいたはずだが。
その後も何度か電源を長押ししてみたけど、なぜか電源は入らなかった。
「全然反応しないね」
セラフィががっかりして、スマートフォンから目をはなす。せっかくいい感じの流れだったのに、ダイレクトに水を差してしまった。
でも充電しようにも近くにコンセントがない。イリスにはそもそも電気が流れているのだろうか。
異世界ファンタジーの世界だと、電気は大抵流れていない。その替わりとして魔術的なシステムが発達しているのが定番だが。
陸が空に浮いているくらいだから、この世界にもそれらしいものはあるんだろうな。
しかし、魔術か。中二的な願望は中学卒業とともに捨て去ったと断言したいが、興味はあるな。




