第79話
次の日は奇妙な静けさをたもっていた。
城内は昨日の襲撃の事後処理や怪我人の救護でごった返しているので、むしろ普段よりも三倍くらい騒がしいくらいだが。
なんと言えばいいのだろうか。気分的にすごく静かだといえば伝わるのだろうか。ひとつの大きな嵐が去った後みたいな感じなのかもしれない。
俺はひとり自室のベッドに寝っ転がって、午前中のまったりとした時間をだらだらとすごしている。あんな事件のあった後でも、エレオノーラの人間がすることは基本的にないので、仕方なく朝から布団にくるまっているのだ。
なので断じてさぼっているわけではない。
セラフィとアビーさんは昨日から病室にいるので、今日はまだ顔を見ていないが。
でも、それは彼女たちの役得であるので、他のエレオノーラの官吏たちは俺と同様に、こうして布団にくるまっているのだ。現状を静かに見定めながらな。
さっきから俺はだれに対して言い訳をしているんだ?
時間は、午前中の十一時か。今日は平日だから、あちらの世界でいうと三時間目が開始された頃合いか。
二度寝はもうできなそうだから、いい加減に観念して布団から出よう。
それにしても、セラフィもアビーさんもいないから、すごく暇だ。ポータブルゲーム機でもあれば、一日中を暇しないで過ごせるが、そんな文明機器はこの世界にはないし。
仕方ない。その辺をぶらぶら歩こう。
だが、セイリオスの連中はまだ見つかっていないので、城の外には出られないし、城の地下も地下牢やら拷問器具を見るのが憚れるので、行ける場所は一階から上しかない。
イザードの人たちもいないことだから、思い切って二階にあがってみよう。
ヨーロッパの文化遺産みたいな階段をあがると、二階の整然としたフロアにつながっている。大理石みたいな床の上に絨毯が布かれた、これまたトレビアンな廊下だ。
貴賓館もそうだったが、イザードの建物は無駄に豪華だよな。でもそれがすべて国庫から賄われていることを考えると、少し複雑な気分になってくる。
昨日は二階で戦っていたけど、事後処理は済んでいるみたいだった。さらにイザードの官吏たちがいないから、だだっ広い廊下に人影はない。授業中の学校の廊下並みに静かだ。
今ならその辺の部屋に入れてしまいそうだが、火事場泥棒みたいな真似をしてはいけない。
しばらく歩いていると、正月の赤だるまみたいな物体が廊下のわきに置かれているのが見えた。なんだあれはと思って目を凝らしてみると、案の定マリオだった。
マリオはセラフィの部屋の付近で行ったり来たりを繰り返している。目当てのプラモデルを買おうか買うまいかと悩んでいる小学生みたいだが。
まさかと思うが、セラフィの部屋の前でストーキング行為に及んでいるのか? あんな騒動があった次の日なのに、お前も本当に救えない男だな。
俺が呆気にとられていると、あいつが俺の存在に気づいた。
「あ、ユウマ、さん」
仕方がないから、マリオの話し相手になってやるか。
* * *
セラフィが病室にいることを告げると、「じゃじゃじゃじゃあ、僕も、病室にっ」とマリオが暑苦しい顔で迫ってきたので、マリオをつれて病室に場所をうつした。
「こんちはーっス」
間抜けな顔で顔を出してみたが、病室は怪我人とメイドさんたちで埋まっていた。部屋中に置かれている看護ベッドには、大怪我している患者がずらりと横たわっている。
気のせいだと思うが、昨日よりも怪我人が増えていないか?
昨日の時点では、看護ベッドにまだ余裕があったはずだが、それは俺の見間違いだったのだろうか。
「あの、セラフィーナ、王女は」
後ろからマリオが小突いてくるので、仕方なくセラフィを探してやるが、おかしい。室内をくまなく見わたしてみるが、ぱっと見た感じセラフィの姿がない。
あいつは昨日からここにいるはずだが、ついに飽きて職場放棄でもしちまったのか。
シャロに聞いてみようかと思ったが、俺が目を合わせた向けた瞬間にあいつは背中を向けやがった。俺とマリオの相手をするのが面倒なんだな。
向こうの窓際の棚の上の花瓶の花を差し替えているのがアビーさんっぽかったので、声をかけてみたらやっぱりアビーさんだった。
「アビーさん」
アビーさんはシャロと違って素直なので、
「あ、ご主人さま」
二つ返事で俺のところに来てくれた。
「どうかされたのですか?」
「あのさ、セラフィに用があるんだけど、セラフィ知らない?」
「セラフィーナ王女、ですか?」
アビーさんは二、三回瞬いて、部屋をそれとなく見まわす。
「おかしいですね。さきほどまでこちらにいらしたのですが」
「そうなの?」
「はい。十分、二十分ほど前でしょうか。シャーロットさまとお話をされているのを見かけました。ですので、今もいらっしゃるものだと思っていました」
そうだったのか――と今日のアビーさんに見入っていると、後ろからドスっと何かがぶつかってきた。
歳の離れた従兄弟かと思ってふり返ってみると、そいつはまぎれもなくセラフィだった。なんだ、いるじゃんか。
「あっ」
セラフィはマリオと目が合うと気まずそうに俺の後ろに隠れる。そして俺の手を引いて、強引に病室へと引き込んできた。
「お前、さっきからどこに行ってたんだ?」
「イーファがいないの」
イーファさんが? それはどういう意味だ。
「イーファがお部屋にいないの」
この前みたいに一回で理解しろと言いたげな感じでセラフィが言ってくるが、そんな端的な言葉で正確に理解できるわけがないだろ。
それでもさっさと意図を汲み取れという顔を向けてくるが、それなら俺に心を読みとる刻印術を教えてくれ。今すぐに。
仕方ないので根気よく聞き込み調査を行ったところ、どうやらイーファさんが部屋から消えてしまったようだ。
イーファさんの部屋に勝手にあがり込んで確認までしたらしいが、イーファさんはどこに行ってしまったのだろうか。
「一応聞いておくが、偶然トイレに行っていただけじゃないんだよな?」
「そんなのじゃないよ! だってトイレにもいなかったんだもん!」
トイレまで確認していたのか。意外と用心深いんだな、お前――と、セラフィをひそかに見直しているときだった。
「ユユ、ユウマ、さん!」
マリオが後ろから気持ち悪い悲鳴をあげて、俺の背中を引っ張ってきた。