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第76話

「シャロっ!」


 男の前でシャロがくずれ落ちる。斬られた肩から鮮血があふれて、キャミソールの肩紐が真っ赤に染まる。


「くっ……!」


 シャロは片膝をついて倒れるのを免れたが、エクレシアをはなした手で肩の傷口をおさえている。顔には嫌な汗が出はじめている。


 一方のセイリオスの野郎は、何ごともなかったかのように仁王立ちしていた。エクレシアできれいに胸を斬られたのに、なんともないなんて。


 あいつが目だけをこちらに向けてきた。――瞬間、巨大なさめに食いちぎられたような、ものすごい危殆と殺意が襲いかかってきた。


 魔王という存在が本当にいるのだとしたら、それはきっとこいつのような存在なのではないか。


 魔王とは、人間を殺すことを少しも厭わない、真の恐怖と力をもつ存在だ。圧倒的な武力と残忍な心で、人間を蟻のように蹂躙じゅうりんする。そんな途方もない存在なのではないだろうか。


「お主の攻撃が囮であることはわかっていた。初級の術法で撹乱するのは悪くないが、動きがわざとらしい。敵をだますのであれば、真に殺す気でかかってこなければならん」


 すべて見すかされていたというのか。その上でこの男は俺の術法を冷静に対処して、そのうちに接近してくるであろうシャロを待ちかまえていたのだ。


 戦力を削ぐんだったら、俺なんかよりもシャロを優先させた方がいい。だから俺の攻撃を適当にあしらって、シャロを血祭りに上げたのか。


 この人が強いのは力や武器の扱いだけじゃない。戦闘の駆け引きでも俺を圧倒していたのだ。悔しいが、認めるしかない。


 あいつは完全に諦めムードになっている俺をたしなめただけで、勝ち誇ったり、あざ笑ったりしなかった。雑魚に用はないと言わんばかりに視線からはずして、足もとで膝をついているシャロを冷然と見下ろす。


「剣術の腕はなかなかのものだが、所詮は女。技術や瞬発力がいくら優れていようとも、筋力の決定的な差は覆らん」


 あいつが右手のカットラスをふりあげる。


「せめて男に生まれついておれば、もう少しまともな戦士になっていたのであろうが、それも運命というものだ」


 このままだとシャロがやられてしまう。そんなことさせるか!


 けど、俺が腰の剣に手を向けたのと同時に、ダガーが高速で俺の眉間に迫る――!


 俺が寸前のところで首を曲げると、俺の左目のすぐとなりの壁にダガーが突き刺さった。これで二本目だ。


「命が欲しいのであれば、妙な動きはせんことだ。自殺したいというのであれば止めはせんが」


 あいつは俺に顔も向けずに言い放つが、ふところに何本のダガーを隠しもっているんだよ。


「ちっ!」


 突然に息を吹き返したシャロが、床に落ちたエクレシアを拾って攻撃する。だが、あいつはそれすらも素早くかわして距離をとった。


「ほう。まだ息があったか。大した精神力だ」

「なめる、な。このくらいの、浅手で、やられるものか」


 シャロは平静を装っているが、かなり無理をしているのが見え見えだ。肩から血がぼたぼた垂れているし、顔なんて真っ青だ。


 このまま放っておいたら出血多量でたおれてしまう。


 しかし下手に助太刀しようものなら、懐のダガーで今度こそ俺の顔は串刺しになってしまう。


 さっき投げたのは警告するためで、きっとわざと的をはずしたのだ。だから、次は確実に狙ってくるはずだ。


 それでも、やっぱりシャロを見捨てるわけにいかない。俺は、決死を覚悟してあいつに突撃しなければならないんだっ。


 そんなときだった。


「国王陛下! ご無事ですか!」


 長い廊下の後ろから渋いおっさんの声が聞こえてきた。リーダーの男を警戒しながらふり向くと、鉄の胸当てを着込んでいる人たちがどたどたと足音を立てながら近づいてきた。


 先頭のダンディズム溢れるおっさんはミルドレッドさんだ。よかった。これでシャロを助けることができる。


 これにはリーダーの男もわずかに難色を示した。


「追っ手がきたか。今日はどうやらここで打ち止めのようだ」


 ここで大人しく撤退してくれるみたいだ。よかった。今日はもう本当にだめかと思った。


 あいつは撤退を決め込むと、素早く身体をまわしてきびすを返す。俺とシャロをあっさりと捨て置いて、ミルドレッドさんたちに突撃していく。


「と、止まれ!」

「止まらなければ斬るぞ!」


 ミルドレッドさんとイザードの王師の方々が威嚇しながら剣をかまえるが、びびっているのが見え見えだ。腰なんか目視できるくらいに引けているぞ。


 一方のあいつは中古のカウンタックみたいに高速の低姿勢で突進していく。両手のカットラスをふり降ろして、殺る気満々の前傾姿勢だ。


 だめだ! このままだとみんなやられちまう。人が血を流している光景なんて、もう見たくねえよ。


「逃げろっ!」


 俺は腹の底から声をふりしぼって叫んだけど、だめだった。あいつは先頭のミルドレッドさんに斬りかかると、ミルドレッドさんの剣をひと薙ぎで弾いて、左手のカットラスで身体を容赦なく斬り刻む。


 血を噴き出してたおれるミルドレッドさんを背に、後ろの王師の人たちに次々と斬りかかっていく。どの人たちも剣の達人であるはずなのに、あいつは赤子の手をひねるように次々と斬り殺していった。


 あっという間の出来事だった。時間にすると、きっと十秒もなかったんじゃないかと思う。


 それなのに、ミルドレッドさんたちは、みんなやられてしまった。


 俺は、悪い夢でも見ているのか?


 あの人たちは王国の近衛兵なんだぞ。王国の数ある軍団の中でもエリート集団に所属する生え抜きであるのに、こんな一瞬でたおされてしまうなんて、理解できねえよ。


 俺の頭が真っ白になりかけていたとき、どさっと後ろで何かのたおれる音が聞こえた。


 廊下のど真ん中でたおれていたのは、シャロだった。肩の傷口から流れている血が大量にこぼれて、床が血の海になっている。その上にシャロが、仰向けに昏睡していたんだ。


「シャ、シャロっ!」


 急いでシャロの身体を起こしたが、いくら声をかけても返事しない。血を流し過ぎて意識がなくなってしまったのか。


「だいじょうぶ、かの」


 少し遅れてテレンサが変な声をあげたけど、そんなものにかまっている余裕なんて、当然あるわけがない。

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