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第7話

 セラフィに手を引かれて、石畳の螺旋階段を駆け上がる。


 セラフィの手は俺の手よりひとまわり小さい。しかも指は細くて繊細で、けれど感触はマシュマロみたいにやわらかい。


 女の子の手って、こんなにやわらかいのか。男のごつごつしている上に、ぎとぎとに油ぎった手とは違う。


 うわっ、やばい。意識したら手がすごい汗ばんできた。女子と手をつないだことなんてないから、こんなときはどう対処すればいいのか、わからない。


 心臓も、手を当てなくてもわかるくらいにばくばく動いている。セラフィに気づかれるから、少しは静まってくれっ。


 あっという間に一階のフロアに着くと、セラフィは首をきょろきょろと動かして、見張りがいないか入念にチェックしだした。つないでいた手をすぐにはなして……ああ、残念。


 しかし、セラフィの手の感触がまだ残っているぞ。今日は手を洗わないようにしよう。


 前に並ばれて、初めて気づいた。セラフィは背が小さい。男の平均身長くらいの俺と並んでも、顔一個分くらい身長が低い。


 発育のいい小学生と言われても違和感がないくらいだ。


 いや、そんなことを考えている場合じゃない。無事に王宮を抜け出すために、俺もまわりを警戒しなければ――。


「おいっ!」


 後ろからいきなり声をかけられて、心臓が思わず飛び出しそうになった。


 後ろの廊下の角から出てきたおっさんは、間違いなく禁衛師士の人だった。身体には例の幾何学模様のエプロンを羽織り、顔もなんとなくだけど見覚えがある。


「お、お前は!」


 向こうも俺の顔をおぼえていたのか、腰に差している刀のような剣にすかさず手をかける。俺は丸腰だが、腰を落として臨戦態勢に入った。


「待って待って!」


 俺とおっさんの間にセラフィが割りこんできた。


「セ、セラフィーナ……様」

「あのね、アンドゥは、あの、脱獄したわけじゃないから、その、ね! あれだよ! だから……」


 ちょっと待て。これじゃあ説明はおろか、言い訳にすらなっていないぞ。


 セラフィは罪人を勝手に出しておきながら、見つかったときの言い訳を考えていなかったんだろう。焦る口元から出るのは、「あれ」とか、「それ」とか、抽象的な代名詞ばかり。


 あっさり見つかって動揺するのはわかるけど、もう少しがんばってくれ。


 けれど禁衛師士のおっさんは、相手が王女のセラフィだからなのか、どう対処したらいいのかわからないといった感じで構えを解いた。


「しかしセラフィーナ様、怖れながら申し上げますが、そちらの幻妖は牢に入れておくようにと、シャーロット様からめいが下っております。なので、牢から出すわけには――」

「シャロが出していいって言ったからいいの!」


 セラフィは投げ遣りな言葉をかけて、俺の手をつかんで後ろに走り出した。どきっとする俺とおっさんの気持ちを無視して。


 手を引っ張られながら後ろをふり向くと、禁衛師士のおっさんは困り果てていた。追ってはこない。


 正面の出口は見張りの数が多いので、その目を掻いくぐって外に出るのは難しそうだった。


 だが、裏手の出口は比較的に手薄だ。


「うわあ」


 裏口の外の一面に大きな池が広がっていた。


 学校のプールみたいな池だ。庭園のどまんなかをくり抜くようにつくられている。


 池のまわりは垣根できれいに覆われているし。垣根に咲くピンクや黄色の花々もきれいじゃんか。


「こっちこっち!」


 セラフィはトレビアンな池や庭園を見向きもしないで、垣根の向こうの林へと走っていく。


 防風林のような木々の間をすり抜けて、俺は子どもの頃に秘密基地をつくっていたのを思い出した。そういえば、子どもの頃はよく外で遊んでたな。


 セラフィはどこに行こうとしてるんだ?


 言い訳もまともにできないやつだから、俺をだますつもりじゃないんだろうけど。


 プレヴラの言葉が若干トラウマになっているから、些細なことでも不安になってしまう。


 ふくれあがる疑念と、もしかしたら愛の告白をされるんじゃないかという根拠のない期待を胸に秘めて、俺は植林を抜けた。


 そして、絶句した。


 林の先にあったのは、意外にも見晴らしのよい岬だった。二時間サスペンスの最後のシーンでありがちな崖の上みたいな場所だ。


 岬の向こうに広がるのは海――ではなくて、雲。白い、綿飴わたあめのような形状の、普通なら空の上に浮いているはずの水滴の集合体だ。


 空を見上げると、別の雲がぷかぷかと浮いている。空の上の雲が移動してきたわけではなさそうだが。


「なんだ、これ」


 無意識な言葉が口から漏れる。隣で首をかしげているセラフィのことを忘れて、岬の岸に恐る恐る歩み寄ってみた。


 崖下がいかを見下ろすと、その異常さはもう決定的だった。


 崖の下に広がっているのは、まぎれもなく雲だった。それが海のようにまんべんなく敷き詰められている。


 まるで雲の海だ。海は風のゆるやかな流れに従って、右から左へと流れている。


 飛行機の窓から空を見下ろしたら、こんな風景が見られるのだろうか。飛行機なんて、まだ一度も乗ったことはないが。


 こんな場所に、いつの間にか移動していたなんて。


「気に入ってくれた?」


 後ろから弾むような声でセラフィが言った。


「ここは、お母様が教えてくれた絶景ポイントなの。あたしの一番のお気入りの場所なんだよ」


 絶景であることは間違いないが。


「ここは山の上だったのか?」


 思わず生唾を呑み込む。


 そうとしか考えられない。地球上で雲海が見れる場所なんて、高い山の山頂かよほど標高のある高地くらいしかあり得ないのだから。


「ううん、ここは平地だよ。そもそも山って、大陸にそんなにないし」

「山ではない? じゃあ高地なのか」

「えっと、高地って、何?」


 セラフィはまた「にほん?」のときみたいに首をかしげる。


「高地は、標高の高い土地のことだけど」

「うーんと、空に浮いてるから、エレオノーラも高地になるのかな? でもあたしは地理とか詳しくないから、よくわかんないや」

「空に、浮いてる?」


 あり得ない言葉だ。


「そうだよ。だって、イリスは空に浮かんでる世界だもん。だからエレオノーラも一緒なんだよ」


 なんだって?


 空に浮かんでいるだと? 今日何回心の中で叫んだかわからないが、なんだそりゃ!?


 ということは、浮遊大陸というやつなのか? そういうのはゲームで見たことあるけど、実在するのかよ。


 異世界に召喚されちまったことを、いよいよ肯定しなければならないようだ。


 でも、ええぇっ!? マジか? マジなのか? 俺は本当に、地球外の別の世界に召喚されちゃったのか?


 なんだ? 俺なんかを飛ばしてだれ得だ? これはだれかの陰謀なのか?


 怒涛どとうのように沸き上がる雑念をふり切って、セラフィの方を見た。


 どっちだ? 勇者か? 魔王か? それとも、どっちでもない第三者的な勢力の賢者あたりが俺を呼べと言ったのか?


 いくつもの思考が頭の中でごちゃごちゃに混ざって、もう収拾がつかなくなっている。


 セラフィに真実を教えてほしいが、セラフィはなぜか急に押し黙って、俺の顔をじっと見つめてきた。


 どうしたんだ? さっきよりも顔が赤くなっているような気がするが。


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