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天空の刻印師  作者: 夏坂ひなた(旧:二条 遙)
清白の麗人 異国の累卵
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第65話

「王太子殿下っ、申し訳ございませんでした! 此度の臣下の非礼、どうかお赦しください!」


 ついに惨殺刑に処された俺を尻目に、シャロがマリオに頭を下げる。声を裏返して、水をこぼしてしまったファミレス店員みたいに頭をぺこぺこ下げて。


 マリオがバイブで振動する携帯電話のように身体をぶるぶるとふるえさせる。


「い、いえ! そんな、元はといえば、僕がユウマさんを呼び止めたのが、いけなかったんだから」

「しかし、王子になれなれしく接したばかりか、あまつさえ金をだましとろうとしたのですから」

「だ、だいじょうぶ。ユウマさんは、そんな、酷い人じゃないから」

「そ、そうですか」


 マリオが意外と強情だったので、シャロはしぶしぶ引き下がった。


「もう、油断も隙もないんだからぁ」


 セラフィは俺の包帯ぐるぐる巻きの姿を見て、心から軽蔑するような視線を送ってくる。昨日は身体を張ってポイントを稼いだのに、すべてがチャラになってしまった。


「せっかくみんなが気を遣ってくれてるんだから、変なことしないでよね! 罰として今日は晩ご飯抜きっ」


 そんな。全身膾斬りになった挙句に、そんな拷問級の罰則まで下されるなんてあんまりだ。


 俺は断固として抗議しようと思ったが、真っ赤な顔で怒気をあらわにするシャロに、顎をがしっとつかまれて……ぐっ、なんという握力だ。


「このような無礼を三度みたびはたらいたら、今度こそ本当に帰国させるからな! わかったなっ」


 わかった。わかったから手をはなしてくれ。このままだと顎がぱっくり割れて外人みたいな顔になってしまう。


 怒りの波状攻撃になんとか耐えて、俺は傷だらけの身体を起こした。気がつくと、セラフィの顔が微妙な表情で引きつっている。


 視線の先にいるのは……そうか。あの公開プロポーズの後では、マリオと顔を合わせるのは気まずいよな。


 マリオの方も、「あ、えっと、その」と身体をもそもそさせて、海底のわかめみたいな気持ち悪い動きをしている。


「で、ではっ、セラフィーナ様。会場の方へ、も戻りましょう!」


 シャロがすかさず声をあげて、セラフィを廊下の向こうへと押しやっていく。その様子をマリオがもの欲しそうな顔で、指をくわえながら見ている。


 マリオの後ろ姿は、サッカーの国際試合で惨敗してしまった選手そのものだった。勇気と無謀をはき違えて恋愛をことごとく逃してしまった、敗北者の寂しすぎる背中だ。


 マリオはただ純粋で不器用なだけなのに、なんだか気の毒になってくる。俺だってアビーさんにふられたと思ったときは、耐えられなくて部屋で泣いたからな。


 だから、こういう気持ちはまあ、男としてわからなくはない。


「元気出せよ。可能性はまだ完全になくなったわけじゃないんだから」

「ひゃい」


 気持ち悪い返事だが許してやるぞ。泣きたければ泣けばいいさ。


 そんなことを思っているときだった。どこからともなく「パチパチ」という音が聞こえてきた。


 なんだ? 冬じゃないのに焚き火をしているやつでもいるのか? それと調理場の熱気のようなものが外から入ってきているような気がするが、気のせいだよな。


 俺は何気なく廊下の窓を見やった。


 いつもは昼下がりの日光を差している窓が、真っ赤に燃えているな。炎属性のエフェクトをそのままリアルに再現したような、魔法の名称にするとファイアウォールというべき炎が窓を焦がしている。


 開け放たれている扉から黒い煙が入り込んでくる。火事の現場でよく見かける、吸ったら即効で一酸化炭素中毒になりそうな、毒々しくて有害そうなやつだ。


 ぱっと見た感じ、火事っぽいが……。



  * * *



「たた大変だっ!」


 マリオと大慌てで会場に戻ると、会場はすでに大混乱になっていた。


 煙は反対側の出口からも入り込んでいて、煙の立ち込めはじめているフロアの中を官吏の人たちがばたばたと走りまわっている。


「だ、だれじゃ! 大事なパーティで不始末をしでかした愚か者は」


 部屋の隅でテレンサが怒り狂っている。いや気持ちはわかるが、今は避難するのが先決なんじゃないか?


 イザードの官吏と思わしき人がやってきて、テレンサの足もとで片膝をつく。


「陛下、貴賓館の外から火の手があがっております! 早く避難を――」

「そんな下らん報告などはいらん! 火をつけた馬鹿者をさっさと捕まえんか!」


 テレンサが怒りにまかせて官吏の顎を蹴りあげる。こういうときにその人の本性が垣間見えるよな。


 そんなことよりも、早く逃げないと一酸化炭素中毒で死んでしまうぞ。


「アンドゥ!」


 会場でうろうろしていると、セラフィとシャロが走ってきた。ふたりもまだ残っていたのか。


「何をしている!? 貴様は王太子殿下を連れてさっさと避難しろ」

「そんなのはわかってるけど、イザード王があそこで揉めてるんだよ」

「何だとっ!?」


 俺がテレンサを指すと、シャロは怒りを抑えてテレンサの方を見やった。


 テレンサは数人の官吏に囲まれながら、まだヒステリックに悶着を起こしている。早く逃げないとマジで一酸化炭素中毒になるけど、それでいいのか?


 シャロも見かねたような感じで、


「わかった。イザード王はわたしが説得する。貴様はセラフィーナ様と王太子殿下を連れて早く避難するんだ」

「おう」


 今はセラフィとマリオの関係を気にしている場合じゃない。早く避難しないと命の危険に関わるぞ。


 避難する人たちと入れ違いで、黒い影みたいなものが入り込んできた。それは全身黒ずくめの黒子みたいな格好で、蟻のようにぞろぞろと隊を成して会場に入ってくる。


 なんだ、一体。しかも手に抜き身の剣をもっているぞ。


 人数は、六人か。黒子、いや忍者なのか? 剣は刃が真っ直ぐの西洋剣だけど、黒頭巾で顔を隠しているから、だれなのか判別ができない。


 黒子の人間たちは会場の真ん中に集まって、息を呑む俺たちを品定めするように眺め出す。そして、不意に散開したと思いきや、おもむろに剣をふり上げて、


「きゃあ!」


 いきなり斬り下げてきたのだ。


 黒子の連中は無言で官吏の人やメイドさんに斬りかかっているが、ちょっと待ってくれ。お前たちはだれなんだ!?


 俺たちもイザードの官吏たちも剣なんて持っていないから、予想だにしない急襲に絶叫して逃げ惑うしかない。


 中には血を流してたおれる人もいる。そんな……。


「死ね!」


 近くにいる黒子のひとりと不運にも目が合ってしまった。有無を言わさずに斬りかかってくるが、待ってくれ!


「アンドゥ!」

「怖いよぉ! パパ助けてえぇ!」


 後ろでセラフィとマリオが悲鳴をあげるが、マリオはもうちょっとしっかりしてくれよ。となりでセラフィが見てるんだぞ。


 でもやはりマリオは見た目通りの腰抜けだったので、ふるえてばかりで全然役に立たない。


 それと、さっきからしつこいんだよ。この黒子野郎が! さっさと尻尾を巻いて逃げやがれっ。


 いい加減に頭にきたので、テーブルの上にあったステーキを皿ごと取り出して投げつけてやった。


 脂のこってりしたステーキが相手の顔面にクリーンヒットして、黒子のそいつが床にたおれた。ざまあ見ろ。


 うざい黒子の迎撃に成功したが、安心してはいられない。やつらは他にもいるし、何よりも外が燃えているんだ。


 もしかして、こいつらが火をつけたのか? 俺たちをここで始末するために。


 黒子の連中から逃げまわっていると、連中の仲間と思わしき男がひとり、外からぬらりと入ってきた。


 そいつは他の連中よりも背が一際高くて、体格もなんだか格闘技の選手みたいにがっしりしている。


 右手に持っているのは、成人男性の背丈を優に超える長大な直槍だ。他の連中が手にしているのは刃渡り五、六十センチ程度の片手剣なのに、そいつだけは三国志の武将が持っていそうな巨大な槍を持っていたのだ。


 三国志最強の呂布が持つ方天画戟ほうてんがげきみたいな豪槍だ。あんなものでひと薙ぎされたら、たまったものじゃないぞ。


 そのリーダーと思わしき男は俺たちを一瞥すると、こつこつと足音を立ててテレンサの方へと歩いていく。まわりは火事なのに、鳥肌が立つくらいに静かに、ゆっくりと。


「だ、だれじゃ? お前は」


 テレンサは謎の襲撃にすっかり怯えていたが、その男を前にしてさらに顔を青くする。顔一個分くらいの身長差があったからだ。


「イザード王とお見受けする」


 そいつはぼそりとつぶやくと、豪槍を静かにふりあげた。戦斧せんぷのような凶悪な穂先が、炎の赤い光を受けて禍々しく煌く。


「お命、頂戴する」


 そして、それが高速でふり降ろされた。

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