第63話
シャロから夜番を無理やりやらされた次の日。
どうやら今日も、あの陰鬱立食パーティが開かれるらしい。かったるいから今日はさぼってもいいんじゃないかと思ったけど、セラフィが行くと言ったので俺も付き添いで行く羽目になった。
国の会合とかパーティとか、セラフィは国家的な行事に対して妙に真面目なんだよな。初日に顔を出したんだから、あとはばっくれちまえばいいのに。
そう主張してみると、俺のとなりにいるセラフィは口をとがらせて、
「あたしだってそうしたいけど、王女が出席しなかったらまずいでしょ。一応エレオノーラの代表なんだから」
王女としての職責を全うしようというのか。弱冠十四歳なのに、大したもんだよ。
俺は昨日の暴言が気になって、朝から胃痛がして仕方ないが、身から出た錆だから腹を括るしかない。
ちなみに今日はセラフィが乗る車に同乗している。シャロからセラフィのボディガードを直接言いつけられたからだ。
それにしても、この車はすごいぞ。車内がまるでリムジンみたいだ。
椅子がムートンみたいなふわふわした生地で、高級なソファみたいにフカフカしている。窓枠も金ぴかだし、肘掛けも本革でできているんじゃないか?
どれだけお金かかってるんだよとイザードの国債に思いを馳せていると、パーティ会場の貴賓館にあっさり到着してしまった。
ああ、今日もテレンサリーの顔色をうかがってコソコソしていないといけないのか。イザードにはいつまで滞在するのか知らないけど、エレオノーラに早く帰りたいぜ。
* * *
そう思っていたのだが、今日のパーティは一変して波音が立たなかった。
テレンサがパーティの開始と同時にやってきて、「具合はもうよくなったのかね」とセラフィに言ってきたけど、マリオや俺の件でしつこく言い寄ってくることはなかった。
俺とは目を合わせようとしなかったけどな。
官吏の人からうっすらと聞いた話によると、昨日、俺が帰った後にシャロがかなりがんばって根回ししてくれたらしい。
テレンサの方としても、今回の外交を失敗に終わらせたくないみたいなので、昨日の会合での失言やマリオの件については、一応考えなおしてくれたようだ。
なのでキボンヌも数分経ってからやってきて、いつものゴマ擦りを……と思ったが、今日はキボンヌの姿が見えないな。突発的な急病でも患ったのだろうか。
「今日はだいじょうぶそうだね」
セラフィもやっと緊張がほぐれたのか、安堵の表情でテーブルのシャンパングラスのようなコップに手を伸ばす。俺もためしに飲んでみるけど、これは酒じゃないな。
アルコールの入ってない果実酒みたいな飲み物だけど、赤ワイン並みの渋さだから到底飲めたものじゃない。ワイン通は、なんでこんなおいしくないものをうまそうに飲めるんだろうな。
「ちょっとお手洗いに行ってくるね」
セラフィが俺の裾をはなして後ろの部屋に消えていく。今日は本当にだいじょうぶそうだ。
向こうの隅でシャロがまたイザードの官吏たちに囲まれているけど、怒ってはいなそうだ。やつらの執拗なナンパにだいぶ舌を巻いているみたいだけど。
シャロって、もてるんだな。まあ顔はきれいだし、スタイルも抜群だから、もてるのは当たり前だが。
いつも怖い顔で胸倉をつかんでくるから、男にはもてないだろうと思っていたけど、イザードの連中はそんなシャロの素顔を知らないから、シャロがいい女に見えちゃうんだろうな。
いや、エレオノーラでも男の官吏にシャロが噛みついている姿は見かけないぞ。というか、エレオノーラでもシャロの人気は意外と高い。男女問わずに。
もしかして、あいつにいつも噛みつかれているのは、俺だけなのか? 貴様呼ばわりされているやつも俺以外に見たことないし。
あいつは、そんなに俺のことが嫌いだったのか。ここまで特別に嫌われると、もうショックで頭がおかしくな……らなくはないか。相手はシャロだし。俺もあいつは嫌いだし。
ということで、シャロのことは放っておいて食事をいただくことにしよう。今日はだれにも邪魔されないから、思う存分食い散らかしてやるぞ。
となりのテーブルにフォアグラのような、ガチョウの脂肪肝を切って脂で焼いたような料理が手つかずで置かれているから、これから攻略してみよう。
「あのぉ」
では、まずは風味から。うん、大して匂わないな。
このフォアグラのようなステーキは味で勝負する系統なのだろう。
「あ、あのぉ……」
うるせえな。今は取り込み中なんだから邪魔するなよ。
そこにナイフが置かれているから、皿に手早く取り分けて一口いただいてみる。
うわっ、なんだこの味は。口に入れた瞬間、熱したバターみたいにじゅわっと溶けてなくなっちまったぞ。
なんだよ、この食材。こんな柔らかいサーロインステーキよりもランクが高い食材なんて、今まで味わったことがないぞ。
コンビニで買ったらいくらするんだ? 一万円を何枚差し出したら買えるのだろうか。
あまりに未知との遭遇すぎて解説が全然できていないが、極上で最上級の食材であることは言うまでもない。想像を超えたおいしさだったから、思わず目が飛び出しそうだった。
「す、すいませーん」
ああもう、うるせえな。さっきからだれだよ。袖を引っ張ってきやがる野郎は。
いい加減に無視できなくなってきたので、仕方なくふり向いてやった。だが、ものすごく大きな顔が視界いっぱいに広がっていたので、思わず踏ん反り返ってしまった。
なんだこの、よく肥えたイベリコ豚みたいな顔をした男は。太った腹を解体すると、いい感じに脂肪のついたフォアグラが採取できそうだが。
いや、こいつの顔はよく知っているぞ。しかもわりと最近におぼえた顔じゃないか。
急接近していたイベリコ豚は、ドン引きしている俺の気を察したのか、少しはなれて指をちょんちょんさせる。パンダの赤ちゃんみたいな指をしているが。
そして恥ずかしそうに、うつむき加減で頬を紅潮なんかさせて、
「セ、セラフィーナ王女の、近侍の方、ですよね。あの、そそ相談、したい、ことが……」
マリオ……いや、マリオット王太子殿下が俺に急接近していたのだ。




