第61話
絶品イタリアンを堪能したので、いよいよシャロのプレゼントを買いに行くことになった。しかしメルヘンチックなものを除くとなると、どんなものを買えばいいのやら。
無難なものを選ぶとしたら、ネックレスとかアクセサリ類がいいのか? それともバッグなどがいいのだろうか。
女子にプレゼントなんてしたことがないから、何を買えばいいのか全然わからない。
とりあえずセラフィに提案してみると、
「アクセサリかあ。小物も悪くないけどね」
となりを歩きながら、「何それ超普通」と言いたそうな顔をしている。普通で悪かったな。
「もっとさ、意外性があって、それでいてシャロにすごく喜んでもらえるものがいいんだよね」
「それはまあそうだが、そんな都合のいいものが都合よく転がってるわけないだろ」
「だから、これからお店をまわって、ゆっくり探して――」
そう言いかけるセラフィの視線がふいに止まった。数歩先にあるのは、みすぼらしい感じの屋台のカウンターだった。
表面がぼろぼろに傷みまくっているカウンターには、祭りのチョコバナナみたいなスイーツが突き刺されている。が……近くでみると蜥蜴だこれ。
蜥蜴を串でぶっ刺して焼いただけの串焼きだよ。こんなもの、一体だれが食べ――。
「これこれ! アンドゥこれにしよ! これ絶対いいって!」
セラフィがわれを忘れて、ドーナツを欲しがる女子高生みたいに手を引っ張ってきやがる。普通にストライクゾーンかよ。
セラフィがどうしても買いたいと聞かないので、その蜥蜴の串焼きを一本だけ買ってやった。
「アンドゥは食べないの?」
セラフィはものすごく不思議そうな顔で見てくるけど、俺は食べないぞ。ゲテモノ料理は口に合わないからな。
それと蜥蜴の後ろ肢が口からはみ出てるぞ。
「この子はねえ、見た目はちょっとごついけど、鶏肉みたいにやわらかくておいしいよ!」
「はいはい」
さっき昼飯を食べたばっかりなのに、ゲテモノ料理は別腹かよ。
すれ違う人たちの視線が痛いので、目を合わせないようにそっぽを向いておこう。
なのにこいつは蜥蜴の前肢をむしりとって、あろうことか俺にそれを差し出してきた。
「しょうがないなあ。一本だけ食べさせてあげるよ」
「いらねえよ。いいからさっさと食え」
「ええっ、でも肢、とっちゃったし」
「ああもう、何やってるんだよ。お前は――」
セラフィの天然ボケにいい加減に耐え切れなくなって、俺がセラフィに身体を向けた、そのときだった。殺伐とした、血腥い瘴気のような何かが俺の脇を不意によぎった。
なんだ? 一瞬だがナイフを突きつけられたような、ものすごい嫌な感じがしたぞ。
「アンドゥ?」
正面にいるセラフィは怪訝そうに小首をかしげている。セラフィはどうやら何も感じていないようだ。
気のせいか?
なんだかよくわからなくなってきたので、嫌な気が向かっていったと思われる、後ろの大通りを何気ない感じでふり返ってみた。
人でごった返す昼下がりの大通り。紳士面した野郎や香水くさいマダムばかりの歩行者天国を、黒い影のような物体が通りすぎていく。
黒のロングコートを羽織った男だった。背が百八十センチくらいありそうだから男だと思ったのだが、そんなことよりも気になるのはコートの色だ。
黒は悪の象徴として忌み嫌われているのだから、こっちの世界であんな黒コートを着るのはおかしい。絶対に。
「どうしたの?」
セラフィがいぶかしい視線を送ってくるが、ちょっと待ってくれ。
黒コートの男は俺に気づかずに、向こうの十字路を右に曲がる。そしてコートの色以上に気になることがあった。
あの薄いピンク色の髪だ。ものすごく見覚えがある。
遠くからみると、まるで桜餅みたいな色だ。イリスの人たちの髪は、赤や青など色とりどりだけど、それでもあんな色の髪を生やしたやつはひとりしか見たことがない。
――彼の一派と思われる一団がこのあたりに逃げ込んだという情報をキャッチしたのです。
記憶の底からよみがえる、不吉を呼ぶ言葉。まさか……いや、そんなはずはない。
「あ、アンドゥっ!?」
気づいたら俺は走り出していた。
* * *
フィオスが組しているという組織については、あれから何も聞いていない。イザードに着いてもそいつらの噂は耳にしなかったからだ。
でもさっきの黒コートの男は、違和感がありまくる。きわめつけは、あの薄いピンク色の髪。
あいつは、フィオスなのか……?
嫌な予感を呑み込んで、十字路を右に曲がる。道行く人たちが不審そうに見てくるけど、そんなものにかまっている場合じゃない。
交差している道は、大通りよりも車一台分くらい細い。あちらの世界でいうところの、一車線の幅員が減少したくらいの幅だろうか。人の数は多い。
交差点で足を止めて道の向こうを見てみるけど、フィオスの姿は見当たらない。少し進んで、そこの路地裏を覗いてみるけど、あいつの姿はどこにもなかった。
ちっ、どこに行ったんだ。
フィオスめ、性懲りもなく天穹印の破壊でも企てているのか。エレオノーラで失敗したから、今度はイザードのやつを狙っているのか?
それともセラフィの命が狙いなのか……?
「もう、急にどうしたの? いきなり走っていかないでよ」
セラフィがすぐに追いついて、俺の手首をつかんだ。
そうだ。あいつがフィオスだとしたら、こいつの命を狙うかもしれないんだ。俺としたことが、迂闊だった。
「アンドゥってばっ」
腕を強く引っ張られて、俺はわれに返った。
「あ、ああ。どうした?」
「どうした、じゃないでしょ。アンドゥこそどうしたの? 知らない街で走ったら迷子になっちゃうんだから」
「いやあ、それが、さっきだけど、そこに黒いコートを着たやつが……」
正直にしゃべろうと思ったけど、フィオスの名前なんて出しても平気なのか? セラフィを脅かしちゃうんじゃないか。
セラフィが痛い芸人を見るような顔で首をかしげる。
「黒い、コート?」
「い、いや、イーファさんだよ。イーファさんみたいな人が偶然通りかかったから、それで――」
「イーファだったらあそこにいるけど?」
何気なく指されてしまったので、セラフィが指す方向を見やってみた。
通りの反対側の道端からとぼとぼと歩いてくる人。あの人はマジでイーファさんだった。例の司祭っぽい白ローブの姿で、頭に透明のヴェールを被っている。
「まあ」
イーファさんも俺たちの視線に気づいて、小走りで駆け寄ってきた。感情の欠落した表情で。
全然関係ないけど、イーファさんの女の子走り可愛いな。
「こんなところで会うなんて奇遇ですね。セラフィーナ様も、こんにちは」
「オッス! イーファ」
セラフィは実の妹みたいにイーファさんに飛び込むけど、オッスはやめろよ。イーファさんだって引いているじゃないか。
「イーファさん、ほんとにいつもすみません」
「どうしてユウマさんが謝るんですか? 可愛くていいじゃありませんか」
いや可愛いんですかそれ?
セラフィを抱きしめているイーファさんの右手には、数冊の本がつかまれている。いかにも古そうなハードカバーだけど、刻印術の術法書だろうか?
「往来の真ん中で立ち話もなんですから、どこかで休みましょうか」
「うん! そうしよっ」
セラフィがおもちゃにつられた小学生みたいに即答したので、どうやら断ることはできなそうだ。
フィオスの件はうやむやになってしまったけど、しょうがないか。あとでシャロに話しておこう。
そういえば、何か買うんじゃなかったっけ?




