第60話
セラフィに連れ去られるように、俺は客舎を後にした。
「どこに食べに行こっか?」
セラフィはこれからゲームセンターにでも行くような、うきうきした顔で森の道を歩いている。さっきまでの暗い顔が嘘のように。
「あ、そうだ! せっかくだから、新しいジャンルのお店をさがそうよ。うん、それが絶対いいって!」
「言っておくけど、ゲテモノ料理の店はパスだからな」
「ぁあ! この間の毛虫の料理のことを言ってるでしょ。毛虫の料理はゲテモノ料理じゃないもん!」
マジかよ。毛虫はむしろゲテモノ料理の代名詞だろ。
元気になったと思ったら、これか。こいつのセンスは、やっぱり異常だ。
森を歩いていると土竜を食べようとか言われかねないので、素直に街に向かおう。
バラクロフの街は、のらくらとした足で歩いて三十分くらいした先にあった。
今まではずっと車で移動していたので、街をちゃんと見れてなかったけど、イザードの首都というだけあって、街はすごく広くて、そして華やかだった。
石畳の敷かれた中世ヨーロッパ風の街並みはアートな感じで、やっぱり日本とは全然違う。家の屋根も色とりどりできれいだし。
ヨーロッパなんて一回も旅行したことはないけど、きっといいところなんだろうな。
メインストリートは飲食店や服の店が並び、行き交う人でごった返している。あちらの世界と違って自動車が走っていないから、広い通りはまるで歩行者天国みたいだ。
歩いている人もなんだか、おしゃれな人たちばっかりだ。タキシードみたいな服を着た紳士とか、貴婦人帽子を被ったマダムとか、一流セレブな人たちばっかりだ。
エレオノーラの人たちもかなりおしゃれだったけど、なんというか、ひとむかしの映画のワンセットみたいだ。
「お店、いっぱいだね」
俺の背中をちょんとつまみながら、セラフィが感嘆の声を漏らす。背中をつかむの、癖になったのか?
「そうだ。シャロにプレゼントを買っていこうよ」
「なんで、そんな面倒なことをしないといけないんだ?」
「だって、シャロに謝るんでしょ? だったら手ぶらよりも、何かプレゼントがあった方がいいんじゃない?」
俺は謝る気なんてないが。それにしても、プレゼントねえ。
俺がシャロにプレゼントをあげるのか。俺が、あいつに、プレゼントを。
数秒だけイメージトレーニングしてみたけど、あまりの気持ち悪さに吐き気を催してきたぞ。
無理無理。そんなの絶対無理。絵的にまず気持ち悪いし。
だいたい、あいつが喜ぶプレゼントなんて俺は知らないぞ。――と思ったけど、該当するものはいくつか知っているな。熊さんとか、熊さんとかな。
しかし、そんなものプレゼントしたら、俺はもれなく惨殺刑に処されるから、絶対にプレゼントできないけどな。
いや待てよ。それをあえて狙えというフリなのか? セラフィだったら、シャロの趣味も熟知してるんだろうし。
セラフィに危うくだまされるところだった。そんな狡猾な罠にまんまとはまる俺じゃないぞ。
そんなことを思いながら、額の汗をハンカチでひそかに拭ったが、セラフィはとなりで真剣に腕組みして、
「どんなものをプレゼントしたらシャロは喜ぶんだろ」
俺を見向きもしないで悩んでいる。シャロのメルヘンチックな趣味を知らないのか。
こいつだったら絶対に知っていると思ったけど、意外だな。
「ねえアンドゥ、どんなものをプレゼントしたらシャロは喜ぶのかな?」
いきなり聞かれたので、思わず後ずさりしてしまった。ここで熊さんの趣味を吐露するわけにはいかない。
「さ、さあな」
俺は素知らぬ顔で前を歩いた。
* * *
プレゼントの件は後回しにして、まずは腹ごしらえだ。
昼飯をどこで食べるのか、散々に意見が割れたけど、最終的に魚料理を食べることでセラフィと合意した。
どうして魚料理なのかというと、肉が食べたいと思う俺と、セラフィが魚をほとんど食べたことがないというので、お互いの希望のちょうど中間に魚料理があったのだ。
海がないのに魚があるのか? と店を見たときに一瞬だけ思ったけど、池や川がイリスにもあるので、魚は普通に獲れるらしい。
「お魚の料理ってどんな感じなんだろ」
さっき注文したばっかりなのに、セラフィはもうナイフとフォークを持って戦闘準備に入っている。気が早すぎだろ。
「ムニエルとか焼き魚なんじゃないか?」
「ムニエル? って?」
「ムニエルは、あれだよ。アルミホイルに包んで、たしか蒸したりする料理だったような」
違ったかな? 料理は全然詳しくないから知らないが。
セラフィは腹減り坊やみたいにそわそわして、「まだかな。まだかな」と待ち焦がれている。
この店は一般庶民が入れる店だから、注文した料理も全然高級ではないが、安上がりなお姫様だよな。
料理の質と値段なら、あの腐れパーティ会場に出ていた料理の方がはるかに上だったのにな。俺もこっちで食べた方がいいけど。
なんていうことを頬杖つきながら考えていると、
「あたしも今度、言ってみようかな」
セラフィが不意に俺の顔を見てそんなことを口にした。
「今度から昼飯に魚料理を出してもらいたいのか?」
「違うよ。マリオさんに言うの」
マリオに、魚料理をつくってもらうのか?
「前に断ったんだから、もう求婚するんじゃねえ! って」
俺の間抜けな顔にセラフィがナイフを突きつけた。にやりと不敵な笑みを浮かべて。
こいつ、絶対にアホだ。
「やめろ。ていうか絶対に言うな」
「ええっ、どうして? 絶対におもしろいと思うけど」
おもしろいわけないだろ。そんなことをしたらマジで戦争が勃発するだろ。
「アンドゥが言っても平気だったんだから、きっとだいじょうぶだよ!」
「いや、だいじょうぶの意味がわかんねえし。自信満々にガッツポーズしても、だめなものはだめだからな」
「ええー、いいじゃん。アンドゥのけち」
けちって。
こいつ、本当に頭おかしいだろ。自分の立場をちゃんと理解しているのか?
なんていう会話をしていると、いよいよ料理が運ばれてきた。ビリヤードのハスラーみたいな格好をした店員が、銀のトレイに料理を乗せている。
白身の魚に色とりどりの野菜を乗っけたソテーと、セットのサラダ。それとコンソメスープみたいなものまで付いて、まるでイタリア料理みたいだ。イタリア料理なんて生涯一度も食べたことはないが。
「へえ、おいしそう」
セラフィはナイフとフォークを器用につかって、メインの魚をさっそくぱくり。サラダから食べた方が消化にいいのだが、それはだまっておこう。
それにしても、このサラダはなかなかおいしいな。
「ご飯食べたら、シャロのプレゼントだからね」
セラフィが口をもごもごさせながら言ってきた。
「本当にプレゼントするのか?」
「だってだって、シャロがどんな顔するのか見てみたいじゃん!」
お前が個人的に見てみたいだけかよ。だったら兎さんのぬいぐるみでも買っていけばいいじゃんか。
セラフィにぬいぐるみをプレゼントされたら、シャロはどんな顔をするんだろうな。それはちょっと興味あるな。
でもそんなことしたら俺の命が確実に危ういので、セラフィには言わないでおいた。




