第6話
「くっくっく。まさかと思うが兄ちゃん、びびっちまったのか?」
壁の向こうで何か言ってやがる。
だって処刑だぞ。死刑だぞ。殺されるんだぞっ。
死刑って、人殺しをしまくった極悪人にのみ下される刑罰じゃないか。
世界の驚愕ミステリー的なテレビ番組で紹介されるような犯罪人にだって、なかなか下されない罰なんだぞ。そんなことを前ふりもなく宣告されたら、だれだって驚くに決まっているじゃないかっ。
大体、死刑制度はヨーロッパのどの国でも廃止になっていて、日本でも司法関係の人とかが廃止させようと躍起になっている最中なのだ。
つまり俺が言いたいのは、イリスの先進国たるエレオノーラが、時代にとり残されてていいのかということだ。
誉れ高きエレオノーラが、日本などに遅れをとってはいけない。いけないんだ! とかもうそんなのぶっちゃけどうでもいいから、死刑を今すぐ廃止にしてくれっ。
「兄ちゃん、さっきから何ぶつぶつ言ってんだ?」
「うるさいだまれ」
となりのうざい自称暗殺者に思考が漏れていようが関係ない。
シャロさん。いやシャーロット様。先ほどは生意気なことを言ってしまい、申し訳ございませんでした。
この通り反省しておりますから、どうか死刑だけは勘弁してください!
フロアの遠い向こうから、こつこつと階段を降りる足音が聞こえてきた。
「ねえフィオ、アンドゥが閉じこめられたのって本当にここなの?」
天使の声が聞こえる。これは夢か現か幻か。
「禁衛師士たちが申しておりましたから、間違いありません。それと姫様、差し出がましいようですが、あまりお声が大きいと見張りに気づかれてしまいます」
「ああ! そうだった」
と言ってる声がでかい。
でも、ああ。よかった。あの若干空気を読めていない声はセラフィだ。けど、一緒に聞こえてくる声の主はだれだ?
声をイメージで表現すると、クールで知的でイケメンな敵キャラみたいな声だ。もの静かで爽やかだけど、声の奥底から男の強靭さを感じさせる。
根暗で陰険な俺の声よりも五十倍くらいかっこいいぜ。
いけ好かない美声を放っているのは、どこのどいつだ。不細工なメンズだったら腹を出して笑うぞ。
牢屋に挟まれたフロアの奥、階段の上り口の近くにセラフィと背の高い男が立っている。
セラフィと同様に不思議な髪の色をした男だった。桜色というのだろうか、薄いピンク色のさらさらヘアを目にかかる程度まで伸ばしている。
黒髪はどうのとか、シャーロットがさっき色々と言っていたから、こっちの世界ではあの髪の色が普通なんだろうな。
服は白を基調とした貴族服で、首にアスコットタイまで締めていやがる。
総合的に判断すると、貴公子とかそんな表現がみごとに似合ってしまうほどに残念なイケメンだった。少女漫画に登場する美男子みたいにかっこいいじゃないか。
新登場のキャラにさっそく怨念を放っていると、セラフィが俺の視線に気づいて、
「あ、ほんとにアンドゥいた!」
五歳児の笑顔で言った。
「アンドゥ、だいじょうぶ?」
セラフィが格子の向こうから心配そうに言ってくれるが、すまん。全然だいじょうぶじゃない。
「俺、これから処刑されるんだってよ」
「えっ、処刑!?」
セラフィも目を丸くして驚く。処刑なんて聞いたら、だれだって驚くよな。
けれど、その隣から、
「処刑? 処刑というのはなんです?」
ピンク髪のイケメンがさりげなく口を挟んできた。
「あなたは?」
「失礼しました。私は人事官のフィオス・アンブローズと申します。初めまして、アンドゥ殿」
人事官? ということは官吏か。つまりシャーロットの回し者か。
「俺はユウマだ。アンドゥという名前じゃない」
「そうですか。では、ユウマ殿とお呼びしましょう」
フィオスと名乗ったそいつは、いわゆる微笑という行為をして長い前髪をかきあげる。気障だが様になっているから余計に腹立たしい。
セラフィとフィオスに現状を伝えると、セラフィが「ぁあ!」と雄叫びみたいな声をあげた。
「プレヴラ、また変なこと言って隣の人を困らせたんでしょ!」
なんだと?
壁の向こうから、くっくっくと陰湿な声が聞こえて、
「いやあ、まさかこんなに素直に信じるとは思ってなかったからよお。ごめんな兄ちゃん」
と抜かしやがった。さらにフィオスが、
「プレヴラは嘘つきだから、彼の言うことはあまり信じない方がいいですよ」
華麗に終止符を打つ始末。
つまり俺は、体よくからかわれていたということか。
まんまとだまされて、いつもだったら怒り心頭とばかりに声を張り上げたくなるけど、今は安心して気が抜けてくる。
「ごめんねアンドゥ。今出してあげるから」
セラフィが苦笑しながら右手に持っているのは、腕輪のように大きなキーリングにつながれた牢屋の鍵だ。
たくさんついているうちのひとつを持って、施錠をはずそうとしている。
気持ちはありがたいけど、囚人を勝手に出してもいいのか?
「俺をここから出しちまってもいいのか? シャーロットの許可なんて得てないんだろ」
「だって、アンドゥは悪い幻妖じゃないもん! それなのにシャロはひどいよ。お父様の許可もとらないで勝手に決めちゃうんだもん!」
その通りだけど。いや、何度も言うが幻妖ではないんだが。
「でも、勝手に出しても平気なのか? 後で色々と揉めるんじゃないのか?」
「そしたら、あたしがお父様に直訴するからいいもん!」
聞き分けの悪い中二みたいだ。
セラフィは頬をふくらませてぷんすかと怒っているが、よく見ると目のまわりが赤く腫れている。さっきまで泣いていたのか。
セラフィに助けてもらったおかげで、牢屋から無事に出ることができた。ああ、娑婆の空気がうめえ。
「ちぇ、兄ちゃんだけ出してもらっていいなあ。俺も早く出たいぜ」
兄貴が親に買ってもらったおもちゃを見て羨ましがる弟みたいな口調でプレヴラがつぶやく。よほどくやしいのか、隣の牢屋から姿を見せようとしない。
さっきは処刑だのと散々にだまされたから、どんな顔をしてるのか拝んでやろうかと思ったが、俺は大人だ。そんな子供じみた真似はしない。
「悪いなプレヴラ。そういうわけだから、お前と手を組むことはできなくなった。脱獄したかったら、自分の力だけでがんばるんだな」
「けっ。牢から出たのがばれたら、あのシャーロットとかいう女が黙っちゃいないぜ。そしたらてめえ、逃げられんのかよ? あいつは、この国切っての抜刀術の使い手なんだぜ」
また、なんか抜かしてやがるな。
だが、そんなことは想定の範囲内だ。こちらにはセラフィという最強の盾があるから、その辺は問題なしだ。
「てめえみてえなやつ、死ねばいいのに」
くされ外道の捨て台詞は放置して、さて。これからどうするか。
セラフィの方を見ると、鍵がじゃらじゃらついたキーリングをフィオスにわたしていた。
「じゃあフィオ、この鍵はばれないように戻しておいてね」
「承知しました。それと、召喚術の術法書は書庫に戻されましたか? あれも盗んだままだと、いずれ司書に気づかれて面倒なことになりますが」
盗んだって。
しかし、セラフィは何食わぬ顔で言った。
「あ、そうだよね。本は部屋に置きっぱにしてるから、それも一緒に戻しておいて」
「承知しました」
セラフィもセラフィだが、平然と返事するフィオスも悪だな。こいつらは宮殿の裏で、いつもこんなことをしてるのか。
「行こっ」
少しも悪びれずに微笑むセラフィに引っ張られて、俺は牢屋を後にする。よく見ると、セラフィの左手にはぶ厚いハードカバーがにぎられている。
また激しく面倒なことに巻き込まれそうだが、俺に拒否権はないんだろうな。




