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天空の刻印師  作者: 夏坂ひなた(旧:二条 遙)
清白の麗人 異国の累卵
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第59話

 やったぜ、セラフィ。シャロ。うざい軍事評論家をしてやったぞ――と、勝利の余韻に浸かっていたのも束の間だった。


「さっきは何を聞かれたのだ!?」


 シャロがテレンサと入れ違いでやってきて、すぐさま別室へと連れ込まれてしまった。そして、気分が優れないという理由でセラフィを帰した後に発したのが、さっきのシャロの悲鳴だ。


 シャロの眉間は青筋が立ちまくっていて、頭からつのまで生えてきそうな気迫だけど、たのむから八つ当たりするのだけは勘弁してくれ。


 別に隠すことでもないので、さっきの問答をありのままに伝えると、


「バカ者! なんていうことをしてくれたんだ貴様はっ!」


 いつもの五割増の剣幕で胸倉をつかまれてしまった。


「待てシャロっ、苦し――」

「此度の外交で問題が起きれば、わが国とイザードの関係が悪化し、最悪戦争に発展する可能性だってあるのだぞ。それを貴様は、戦争を引き起こしたいのか!?」

「そんなことはわかってるよ。だから手を――」

「いいや、貴様はわかっていない。だから、あんな軽挙妄動に及んでしまうのだ。……いいか。彼らの口車に乗せられて感情的になれば、そこをまんまと付け狙われてしまうのだ。先ほどは大事にいたらなかったが、次からは冷静に――」

「うるせえよ!」


 ここは褒められる場面だろ。なんで説教を受けないといけないんだっ。


 いい加減にむかついてきたので、シャロの手を強引に引き離してやった。


「じゃあなんだよ。このままあいつらに泣き寝入りしろっていうのかよ。お前だって、さっきから不機嫌オーラを放ちまくっていたじゃねえかよ。本当ははらわたが煮えくり返るくらいにむかついてるんだろ」

「そうではない。他国と交渉するときは、感情を押し殺して耐え忍ばなければならないときもあるのだ。いいから、少し落ち着け」


 これが落ち着いていられるか。というかお前が落ち着きやがれっ。


「あいつら、前に縁談を断っているのに、あんな場で呑気に求婚してきたんだぞ。こっちが下手したてに出ていれば、いい気になりやがって。セラフィだってすごく辛そうにしてたんだぞ」


 もう耐えられねえよ。


「お前だって、一部始終を見てたんだろ!? だったら、どうしてセラフィを助けてやらねえんだ。だいたい、今回の話だって、セラフィは……」


 そこでシャロが口を止めていることに気づいて、はっとした。


 俺としたことが、怒りにまかせて八つ当たりしてしまった。シャロは別に、何も悪くないのに。


 シャロは「はあ」と深いため息をつくと、俺に背を向けて、部屋を出ていこうとする。いつもと反応が違う。


「お、おい――」

「貴様はもう帰れ」


 な……んだと!?


「貴様がいたら、丸く収まるものも収まらなくなる」


 つまり、俺が悪いってことかよ。


「理由は適当に考えておいてやるから、客舎かくしゃに戻って頭を冷やしてこい」


 シャロは背を向けたまま、心の底から呆れ果てたような口調で言い捨てる。そしてそのまま、俺を置いて出ていってしまった。


 納得いかねえぞ。こんなのは。



  * * *



 元からあの腐れパーティ会場に戻る気なんてなかったので、シャロの言う通りに客舎に戻ってやった。あいつの言葉に従っているのは、それはそれで癪ではあるが。


 セラフィに次いで俺が単独で帰ってきたから、アビーさんにすごく心配されてしまった。けれど、今はひとりにさせてくれ。


 朝から飯を食べていないので、腹がものすごく減っているはずなのに、腹が全然減ってこない。むしろ胃がむかむかして気持ち悪いから、胃薬でも服用したいくらいだ。


 シャロは俺たちの気持ちをわかってくれていると思っていたのに、見損なったぜ。


 ものすごいストレスと胃痛のせいで、昼寝なんてとてもできそうにない。でも何もする気になれないから、ベッドでごろごろと寝返りを打っているしかない。


 しかし、じっとしていると、テレンサのうざい顔とか、マリオのふざけた顔ばっかりが浮かんできて、余計にイライラしてくる。


 こんなにイライラするのは何ヶ月ぶりだろうか。そんなどうでもいいことを考えてしまうくらいにイライラして仕方なかった。


 今日はもうだれとも顔を合わさないぞ。そう決め込んだのに、扉をノックする音がして、


「アンドゥ、いるの?」


 向こうからセラフィの声が聞こえてきた。


 俺が戻ってきたことをアビーさんが知らせたのか。


 こんな最悪な気分で会話なんてしたくないけど、今のセラフィを追い返すわけには……いかないよな。


 仕方ないから話くらいは聞いてやろう。そう思って部屋に入れてやった。


 なのに、こいつは、


「シャロと喧嘩したの?」


 開口一番でこんなことを言いやがるんだ。


「なんでわかるんだよ」

「うん。だって、シャロはきっと怒ると思うから。ああいうの、シャロは好きじゃないと思うから」


 なんでもお見通しなんだな。


 今は自分のことでいっぱいいっぱいだろうっていうのに、お前はすごいやつだよ。


 でも俺だって身体を張ったのに、シャロの肩を持たれるのはすごく癪だ。やっぱり俺が悪いのかよ。


「俺は、間違ったことは何も言ってねえ」


 堪えきれなかったので、ベッドで背中を向けたまま、セラフィにきっぱりと言ってやった。セラフィは、何も言い返さなかった。



  * * *



 それからどのくらい時間が経ったのだろうか。


 俺もセラフィもへこんでいるから、話をする気力がない。針のような沈黙だけが静かに流れていく。


 気まずい。


 いつもだったら、しゃべっていなくても気まずくならないのに、今はすごく気まずい。


 こんな空気になるんだったら、あんな暴言を吐かなければよかった。


 冷静に考えると、俺はなんてバカなことをしたのだろうか。一時の感情にまかせて、相手国の王様と大臣に向かって。


 あんなやつらでも、彼らはこの国のナンバーワンとナンバーツーなんだ。あいつらが本気になれば、俺の首なんていとも簡単に斬り落とせるのだ。


 こんなことでイザードと関係が悪化したら、どうするんだよ。そのときは責任持てるのか……て、これじゃあシャロの言葉をそのまま代弁しているだけじゃないか。


 そうだ。シャロの言い分はひとつも間違っていない。そんなことは最初からわかっていたんだ。


 俺はバカだ。セラフィを守る騎士ナイト気どりで調子に乗って、後先を考えずに声を荒げて。何をやってるんだ。


 シャロは完全に俺のことを嫌いになっただろうな。いや、前から俺のことなんて好きじゃないんだろうから、金輪際、口も利いてくれないかもしれない。


 俺がため息を漏らすと、それを後ろで聞いていたのか、


「ごめんね」


 セラフィが弱々しい声で言った。


 ふり返ると、セラフィは扉の前で立ち尽くしていた。てっきり椅子に座っているものとばかり思っていたのに。そこにずっと立っていたのか。


「あたしのせいで、シャロと喧嘩しちゃったんだよね。ごめんね」

「なんで、お前が謝るんだよ。お前は何も悪くないじゃんか」

「うん。でも……あたしにも責任あるから」


 だから座らないでいたのか。セラフィが責任なんて感じなくていいのに。ああ、くそっ。


「そんなところでつっ立ってないで座れよ」

「うん」


 するとセラフィは申しわけなさそうに、椅子を引いて座った。


「アンドゥ、怒ってる?」

「別に、怒ってねえよ」


 いや、絶対に怒ってるよな。


 セラフィも俺の不機嫌な感情をダイレクトにキャッチしたのか、いつになく動揺して、声を少しふるわせて、


「王様が来たとき、ア、アンドゥが、急に言い出したから、驚いちゃった」


 うっ。


「いつもは優しくて、あんなこと絶対に言わない人だから。王様に食ってかかるなんて、思ってなかったから……」


 そうなんだ。いつもの俺だったら、びくびくして部屋の隅っこで静かにしているはずなんだ。


 なのに、なんであんなに軽はずみなことをしてしまったんだ。


「でも、うれしかった」


 ……えっ?


「アンドゥが王様に向かって、はっきり言ってくれて。本当は……王女だったら、喜んじゃいけないんだけど。……でも、すごくね、うれしかったんだよ」


 セラフィは恥ずかしそうに、顔を赤くしながら、それでも一生懸命に声をしぼり出してくれる。


「あたしは、怖くてあんなこと言えないし。シャロも、きっと言ってくれないから。だから、我慢して、パーティが終わるのを待つしかないって、思ってた。……だけど、アンドゥがあたしの替わりに、言ってくれた」


 そんなんじゃねえよ。


 俺はただ、むかついただけだから、それで……。


「シャロもね、きっとアンドゥにお礼を言いたかったんだと思うの。でもね、あそこでお礼なんて絶対に言えないから、アンドゥと喧嘩するしかなかったんだと思うの。だから、シャロのこと、嫌いにならないでね」


 なんだよそれ。


 何もわかってねえのは、俺だけじゃねえかよ。


 何も知らないで、表面だけで嫌われたと決めつけて。俺はやっぱり、大バカ野郎だな。


 そんなときだった。なんの前触れもなく、俺の腹が唐突かつ盛大に「ぐう」と鳴った。


「……あ」


 シリアスなシーンだったのに、かっこ悪っ。


「あ! アンドゥってば、お腹空いてるの?」

「えっ、ち違っ」


 俺は断固として否定しようと思ったが、セラフィに笑顔で詰め寄られてしまったので、返す言葉をなくしてしまった。


「あたしも何も食べてないから、すっごくお腹空いてたんだ。いっしょに何か食べに行こっ!」

「いいのかよ。そんな勝手に――」

「いいからいいから!」


 セラフィはもう俺の気持ちなんておかまいなしだ。いつもの行き先を告げない唐突さで、俺の手を引っ張っていく。


 今日はもうどこにも行くつもりじゃなかったのにな。けど、まあ、いいか。

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