表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天空の刻印師  作者: 夏坂ひなた(旧:二条 遙)
清白の麗人 異国の累卵
54/119

第54話

「待ちなさい」


 梟のような幻妖が前肢をあげて飛びかかろうとしたときに、静寂の闇から透き通るような女性の声が聞こえてきた。


 幻妖はビクっと反応して声がした方向へとふり向き、不気味な鳴き声を止める。そして俺たちに尻を向けて、律儀にお座りした。


 な、なんだ……?


 奥の暗がりからあらわれたのは、純白を身に包んだひとだった。白のローブを着て、頭につけているのは王冠なのだろうか? 花嫁のかぶるヴェールみたいものがついた白いかんむりをかぶっている。


 すごく神秘的な人だ。雰囲気でいえば司祭とか白魔道師っぽいのだろうか。いや白魔道師は違うな。魔道師っぽくないからだ。


 うろ覚えだが、タロットの女帝だか女の司祭もこんな感じだった気がする。


 司祭っぽい人が手を差し出して梟の幻妖の頭を撫でる。すると幻妖が気持ちよさそうにじゃれはじめた。


「ごめんなさい。怪我はなかったですか」


 その人はおっとりとした、すごく落ち着いた口調で言ってくれた。男が想像する、清楚で優しい大人の女性を体現すると、こんな感じになるんじゃないだろうか。


「すごい。幻妖を手なずけてる」


 セラフィもぽかんと口を開けて驚いている。こいつを驚かすっていうことは相当珍しいんだな。


 彼女が白い表情を少しだけやわらげて言った。


「この子はアムラウというんです。見た目は怖いけど、とても素直で優しい子なんですよ」


 そんな風にはとても見えませんが。


 幻妖は本当に興奮が冷めてしまったのか、充血していた目が元の銀色に戻っていた。


 この人、マジで幻妖を手なずけているぞ。それがどれだけすごいことなのかは俺だって理解できる。凶悪な幻妖は巨獣や猛禽と等しいからだ。


「あの、あなたは……?」

「ああ、ごめんなさい」


 司祭の人が背を正して、俺の顔をまっすぐに見やった。


「わたしはイーファと申します。イーファ・アドマンティアです」



  * * *



 近くに公園があるみたいなので、お言葉に甘えて案内してもらった。もうかれこれ一時間以上も歩いていたから、少し休みたかったのだ。


 森の暗い道を少し歩くと、公園はすぐに姿をあらわした。


 木の屋根にベンチとテーブルをこしらえただけのひっそりとした公園だった。まわりの木々をきれいに伐採しただけだから、公園というより広場といった方が正しいかもしれない。


「この公園は客舎から近いので、気分転換をしたいときによく利用するんです」


 イーファさんが表情のとぼしい顔でつぶやく。


 客舎ということは、俺たちと同じく外から来た旅行者なのだろうか。見た感じでは、いいとこ育ちの司祭様という感じだが。


 奥のベンチに腰かけるイーファさんは、落ち着いた人なのか表情に変化がない。無表情というか、感情が面に出ていないのだ。どこかつかみどころのない人だ。


 受け入れられているのか、それとも内心では面倒なやつらだと思われているのか。表情がないから判断できない。


 まずは自己紹介をしてイーファさんのことを聞き出してみたいが、気安く話しかけても平気だろうか。


 ――そんなことを無言でいっぱい思案しているのに、となりに座っているセラフィは空気を読まずに身を乗り出して、


「ねえねえ! さっきの子って、召喚術で召喚したの!?」


 しかも最初の質問がそれかよ。あと興奮してテーブルをがたがた揺らすな。


 イーファさんはさっそく引いているのか、身体を少しだけ後ろに引いた。騒がしい子で本当に申し訳ありません。


「あなたも刻印術を習っているの?」

「うん!」


 なんというか、無邪気というのはたまに罪なんじゃないかと思う。セラフィを見てると。邪気がないから裁判にもかけられないしな。


 俺がフォローした方がよさそうだ。


「こいつは、刻印術ではちょっと名の知れたやつなんです」

「あら、そうなの?」

「実は俺たちは、エレオノーラからやってきた特使なんです。けど、その……こいつは王女の――」

「王女……!?」


 イーファさんが目を丸くして驚く。表情はあんまり変わってないけど、目が少しだけ見開かれて……いるかは微妙なところだ。


 しかし王女というのはかなり意外だったようだ。


「それでは、あなた様はもしや、王女のイサベル・セラフィーナ様?」

「うん!」


 セラフィは空気を読まずにVサインをしている。さすがに呑気すぎるだろ。


「お前な、気さくなのはいいけど、少しは王女の自覚をもてよな」

「そんなのいいじゃん別に。それで、さっきのって召喚術なの!?」


 俺の忠告なんて聞いちゃいねえ。


 イーファさんはしばらく言葉をなくしていたけど、十秒くらい待ってから気持ちの整理がついたのか、こわばった肩を降ろした。


「セラフィーナ王女が自由奔放なお方だというのは、風の便りで聞いていましたが、噂通りのお方ですね」

「すごいでしょ!」


 いや褒めてないから。というか、こいつの変態性は世界的に有名だったのか。


「そのような高貴なお方とは露知らず、先ほどは大変失礼いたしました」


 イーファさんが背を正して慇懃いんぎんに礼をしてくれる。こんなやつに礼なんてしなくていいのにな。


「セラフィーナ様のおっしゃられるとおりです。あの子は召喚術で呼び出したのです」

「すごい! 召喚術なんてどこで習ったの? エレオノーラだと召喚術はあまり使われないけど、イザードだと盛んなの?」

「え、ええ。神使術ほどではありませんが、イザードではよく使われますね」


 お国柄というか、刻印術にも各国で流行みたいなものがあるんだな。エレオノーラだと幻妖は忌み嫌われていたけど、イザードでは違うのだろうか。


 イーファさんが、わずかに、数ミリだけ口もとをゆるめて、


「エレオノーラは神使術と化生術がすごく進歩しているそうですね。化生術については専門外ですので、どんな術なのか、とても興味があります」

「そうなの? 化生術だったらあたし、五十種類くらい知ってるよ!」

「そうですか。それでしたら今度ぜひ拝見させていただきたいです」

「ほんと!? じゃあ今度――」


 ……だんだん話についていけなくなってきたな。


 刻印術ガールズトークだもんな。神使術初心者の俺ではついていけなくて当然か。


 それにしても、刻印術について話をしているセラフィはすごく生き生きしている。さっきのつくり笑いとは違う、心の底から嬉しがっているときの笑顔だ。


 その笑顔を引き出せなかった俺としては、なかなか複雑な心境ではあるが、刻印術が本当に好きなんだな。


 こいつはゲテモノ好きで、王女の自覚なんてまったくないはた迷惑なやつだけど、セラフィのこういう顔を見るのは、嫌いじゃないかな。


 せっかく盛り上がってるところを邪魔したら悪いから、俺は隅っこの方で寝ていよう。椅子がちょうどベンチみたいに細長いし。


 そんなわけで、二人に気づかれないようにそっと移動して、そこの椅子にごろんと寝っ転がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ