第51話
途中から寝ずの番をやらされて、安全な空の旅から危険の孕む緊張感のある旅へと変わってしまったが、結局襲撃には一度も遭わずにイザードに到着した。
お陰ですっかり寝不足になってしまったが、俺が監視する必要はあったのかとシャロに抗議してみると、あいつは謝るどころか不快感をあらわにして、
「敵がいようといまいと、監視をするのが護衛の務めだろうが。襲撃がなかっただけでもありがたいと思え!」
相変わらずの可愛くない顔で言い返してきやがった。
「熊さんのパジャマを持参してるくせに上司面するな」
「く――」
するとシャロの顔が、プチトマトみたいに真っ赤になった。
「きき貴様! 他言したらこの場で斬り捨てるからな。わかったなっ、絶対に他言するんじゃないぞ!」
ツンデレの方も相変わらずかよ。それと熊さんのパジャマを本当に持参していたんだな。冗談交じりに言ってみただけなのに。
下らないやりとりは省略して、俺たちエレオノーラの使節団はやっとイザードに到着した。
船をバラクロフという街の港で泊めて、甲板から街の様子を眺めてみたが、イザードの街もなかなか中世ヨーロッパ風だった。
街の雰囲気はエレオノーラと似ている。中世ヨーロッパな建物が軒を連ねて、メインの大通りは色とりどりのレンガで丁寧に舗装されている。
通りの少し向こうには、大きな噴水のある公園が見える。その近くには古めかしい神殿のような建造物があって、神殿の反対側には巨大な時計台がそびえていた。
敵国ながら侮りがたい街並みだ。
けれど、麗しい情景をものの見事にぶち壊している人間たちが、そこら中を埋め尽くしていた。
船を止めた港から大通りの向こうにかけて、イザードの師団(兵隊)が道の左右にずらっと並んでいるのだ。背の高いガードレールのように。
王様の命令で俺たちを迎えに来たのだろうが、あれは新手の嫌がらせなのか。あんな殺気丸出しの槍衾の間を通らないといけないのか?
人数は多くてとても数えられないが、百人以上は間違いなくいる。軍隊だから、もしかしたら千人を超えているかもしれない。
対する俺たちエレオノーラ軍は、メイドさんたちを兵士数に含めても五十人を満たない。
火計や伏兵などの計略を駆使して切り抜けろということだな。ならば博望坡の孔明のような知略でこの窮地を切り抜けてやるぜ。
薄ら笑いを浮かべながら飛行船を降りると、イザードの師団を背に数人の外交官らしき人たちが立っていた。
真ん中に立っているのは小太り禿げのおっさんで、いかにも大臣っぽい感じだが、どことなく風采の上がらない人だった。
高そうな貴族服に身を包んで、その上に青のトレビアンな外套を羽織っているから、いかにも貴族っぽい雰囲気だった。しかし袖がだぼだぼで、明らかにサイズが合っていないのだ。足も裾を引きずっているしな。
それをとなりにいたシャロに指摘すると、「あれは、ああいう衣装なのだ」と一蹴されてしまった。
大臣っぽいその人は脂ぎった顔でセラフィに微笑んで、ここぞとばかりにゴマ擦りして言った。
「セラフィーナ王女殿下でございますね。この度はエレオノーラからご足労いただきまして、まことにありがとうございます。私は国王テレンサの代理でお迎えに上がりました、宮伯のギボンズと申します」
あいつはキボンヌというのか。
キボンヌはゴマ擦りの速さを加速させて、高速のゴマ擦りを披露する。セラフィが若干引いていることも知らずに。
早くも二流キャラのオーラを前面に押し出しているが、宮伯というのはなんだろうか。
「なあシャロ、宮伯っていうのはなんだ?」
「宮伯は宮中伯のことだ。公の場なのだから静かにしていろ」
アビーさんと違って親切に教えてくれないようだ。
言葉のニュアンスから予想すると、官吏の上級職にあたるものだろう。キボンヌのくせに上級職に就いているとはな。
キボンヌは作り笑いのまま後ろを指して、
「あちらに車を用意しておりますのでお乗りください。客舎に案内いたします」
台本の台詞を読むような感じで言った。
* * *
キボンヌの用意していた車に乗って、あの威圧的な兵隊ガードレールの間を通り抜ける。彼らは空気を読んでいたのか、結局攻めてこなかった。
車というのは馬車のような代物で、あちらの世界でつかわれている自動車のことではない。
車はエレオノーラの使者が全員乗れるように何台も用意されているので、俺は最後尾から二番目の車を選んで乗車した。となりに知らない人に乗られると人見知りが出てしまうので、アビーさんに頼んで同乗してもらった。
「いえ、わたしの方こそ助かります。ご主人さまにご同乗していただけるのでしたら、とても心強いですし」
褒めたって一ミリもいいものは出ないぞ。
ちなみにセラフィとシャロは、先頭の一番豪華な車に乗っている。シャロは護衛として同乗しているだけだが。
セラフィは王女でしかも国賓だから、イザードから大げさすぎるほどの厚遇を受けている。その他大勢の俺とは扱いが段違いだ。当たり前だが。
他国に来ると、身分の違いを改めて痛感させられるな。王宮にいたときは、毎日ノックもしないで部屋に来られて若干迷惑してたくらいだから、身分に対する意識が薄れていたんだと思う。
セラフィとの精神的な距離が急に遠のいて、少し寂しい気がするが。……いや、断じて寂しくはないぞ。さっきから何を考えているんだ、俺は。
車の窓から外を眺めていたアビーさんが俺に顔を向けて、
「イザードの王師の方、なんだか怖いですね」
不安そうな感じで言った。
王師というのは国王直属の兵隊だ。彼らはイザードの命令でこんな嫌がらせをしているのだ。
「あいつらはイザードの王様の命令で出迎えに来たんだろうから、きっと対外的な意味合いが込められているんだと思う。エレオノーラから来た俺たちに武力を見せつけて、外交を有利に進めようとしてるんだよ」
「そうだったのですか? わたしは訓練の一環なのかと思っていましたけど」
アビーさんが目を瞬いて驚く。その線もあるかもしれないが。
でもしかし、こんな物々しい歓迎をするくらいだから、シャロが言っていたことはあながち外れていないのかもしれない。
変なことばかり考えていないで、もう少し気を引き締めてかからないといけないな。イザードの王師を眺めてそう思った。




