第5話
禁衛師士のおっさんたちに固められながら、王宮の暗い地下へ向かう。
地下二階から下のフロアが牢屋のようだが、こんなところに何日いさせられるんだ?
シャロの先導の元、王宮の薄暗い階段を降りる。階段はレンガでできた石段で、ヨーロッパの古城そのものだった。
左右をぶ厚い壁に阻まれて、横幅は三人並んで歩くのがやっとという広さしかない。
明かりは等間隔に灯された蝋燭だけ。使われていない洋館の廃墟のようにうす気味悪い。
見れば見るほど宮殿の中は現実離れしている。ここは、絶対にコスプレ会場じゃないな。
本当にイリスという異世界に召喚されてしまったのだろうか。そう考えるのが妥当なのだが。
地下三階の牢屋の扉の前で、シャロが制止する。鍵を差し込むと、がちゃんと錠の開く音がして、
「入れ」
禁衛師士のおっさんたちから、牢屋にぶち込まれてしまった。
「貴様の処遇については、官吏と詮議した上で決める。妙な気を起こして脱獄なんかするなよ」
手枷までつけられてるんだから、脱獄なんてできるわけないだろ。
「俺は悪いことなんて何もしてないのに、どうして捕まらないといけないんだ」
「仕方ないだろう。幻妖の疑いがある者を、宮殿にのさばらせておくわけにはいかんのだ」
「だから俺は幻妖じゃねえって言ってるだろ!」
「貴様がなんと言おうと、宮殿の安全が確保されるまで、貴様の身柄を解放するわけにはいかん。
われわれの決定が下るまで、そこでおとなしく待っているんだな」
シャロに冷たく言い捨てられて、牢屋の扉が嫌な金属音を発して閉ざされる。シャロたちは、足音を立てて去っていった。
最後の悪あがきでおっさんの背中にか弱い視線を送ってみたけど、効果はヘアワックス並みに皆無だったので、いい加減にあきらめて床に寝っ転がった。うわっ、床冷てえ。
俺はセラフィに呼ばれただけなのに、この仕打ちはあんまりだ。
あまりの理不尽さに、地下牢の薄暗さからくる怖さと孤独感が追い打ちをかけて、頬に一筋の水滴が伝ってしまった。
「なあ、幻妖の兄ちゃんよお」
隣から子供の声にエフェクトをかけた機械音みたいな声が聞こえてきた。
「だれだ」
「俺は、暗殺をメインでやってるプレヴラってんだ。以後お見知り置きを、だぜ。幻妖の兄ちゃんよお」
暗殺? ということはアサシンか。
アサシンというと、忍者とかシーフの系統のジョブで、力は低いけど速さが高い、わりと上級職として位置されるジョブのことだよな。
そんなゲームじみたジョブに就いているやつが、まさか現実に存在するとは。
「なあ、さっき禁衛師士のくそ女が言ってたことは本当か? 兄ちゃんマジで幻妖なのか?」
「その前に聞きたいんだが、くそ女というのはシャロのことか?」
「ぁあ? あの女はシャロなんていう名前じゃねえよ。本名はたしか、シャーロットとか言ってたぜ」
壁の向こうから、くっくっくとマンガの擬音みたいな忍び笑いが聞こえてくる。
「で、てめえはマジで幻妖なのかよ」
二人称が兄ちゃんからてめえにさりげなく変わっているが、そこはさりげなくスルーして、このプレヴラというやつは、やたら幻妖にこだわっているみたいだ。
「悪いが俺は幻妖じゃない。ただの人間だ」
「うそつくんじゃねえよ。じゃあ、てめえのその髪の色はなんなんだよ」
お前も髪のことを指摘するのかよ。
「壁を挟んでるのに、そこから俺の頭が見えるのか? 俺は全然見えな――」
「それで幻妖の兄ちゃんよお。ものは相談だが、俺と手え組まねえか?」
俺の話、聞いてねえな。
「なんで俺が、あんたと手を組まないといけないんだ?」
「はあ? とぼけるんじゃねえよ。こっから脱獄するからに決まってるだろうが」
脱獄って。フロア中に響く声で宣言するなよ。
「そんなこと言っても平気なのか? 看守のおっさんにばれたら大変なことになるぞ」
「いちいちうるせえ野郎だな。看守なんて来てねえんだから、別に言ったっていいだろうがっ」
いや、よくないと思うぞ。
こいつの相手をするのは面倒だ。拒絶する理由をなんとかして捻出しなければ。
「でも脱獄なんてしたら、シャーロットが黙っていないんじゃないか? あいつ、そういうのすげえうるさそうだぜ」
とりあえずシャーロットのせいにしてみたが、
「じゃあてめえは、黙ってここで処刑されるのを待ってんのかよ? バッカじゃねえの」
実にうざい返答をしてきた。って、
「処刑?」
「てめえ。何も知らねえで、のこのこと連れてこられたのかよ? 王宮の地下牢に連れてこられるやつは、王殺しを企てるような重罪人か、人食いの凶悪な幻妖しかいねえんだよ。
そんなやつらを王宮の人間たちが赦すと思ってんのか?」
「そんな話は聞いていないが」
「はあ? んなこと親切に教えるばかがどこにいんだよ。後で処刑するから、しばらく牢に入ってろって言ったら、囚人に暴れられて面倒くせえことになるだろうが。ちったあ頭つかえよ兄ちゃん」
プレヴラの言葉が静かなフロアにひびきわたる。
「てめえもここに連れてこられたということは、さぞかし名のある幻妖なんだろうが。だったら、処刑されるのを大人しく待ってるんじゃなくて、そのうす汚え化けの皮をさっさと剥がしちまえよ。
てめえの先祖代々から受け継いだ闇の力で、どかんと一発ぶちかましちまえよ。ええ? その方が絶対に気持ちいいと思うぜえ」
あまりの驚きで言葉が出ない。
人間じゃないと勘違いされているだけなのに、どうして処刑されなければならないんだ。そんなの酷すぎるじゃんか。
「だから俺様と手を組んで、ここを派手に脱獄しようぜっていう相談なんだろうが。ああ? わかったか、できのわりい幻妖の兄ちゃんよお」
プレヴラが、壁の向こうでまた、くっくっくと陰湿きわまりない声をあげる。
シャーロットは詮議すると言ってたけど、今ごろ煌びやかな会議室で俺をどうやって殺すのかを話し合っているのか?
この世界は西洋風だから、処刑の方法はギロチンか? 鉄の処女か? それとも火あぶりか? 意表を突いて打ち首じゃないよな。
どれも無理だ。ひとつ想像しただけで、びびって腰が抜けてしまいそうだ。




