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天空の刻印師  作者: 夏坂ひなた(旧:二条 遙)
セラフィに結婚話!?
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第49話

 術法書をアイマスク代わりにして爆睡していたら、いつの間にか夜になっていた。飛び起きて壁掛け時計を見てみると、時間は夜の九時二十分だった。


 寝始めたのはおそらく昼間の二時頃だったから、真昼間に酒を呑んでいる中年のおっさんみたいに爆睡していたらしい。なんか肩が痛いし。


 ここで起きたら、夜は確実に眠れなくなるなと思ったけど、二度寝はできなそうだったので、寝るのはあきらめて夜風にあたってこよう。


 廊下で人にばったり出くわしたら、なんとなく気まずいぞ。そう思って扉をひっそりと開けてみたが、幸い廊下に人はいなかった。


 イリスの人たちは消灯時間が夜の九時前と異常に早いので、船内は静まり返っている。でも照明はついているので、それなりに明るい。


 こちらは電化製品がないので、電灯の替わりに特製の照明が使われている。


 シャロの話によると、この照明は刻印術を応用して開発されたものらしく、「術法灯」という名称まであるらしい。


 原理はどうやら、刻印の力に反応して光る石を使用するという、わりと原始的なシステムを採用しているようだ。


 でも半永久的に光りつづけて、しかもエネルギー使用料が一切かからないみたいなのだ。


 日本の電力会社も驚きのエコ照明器具だ。これを日本に持って帰ったら、もしかしたら大儲けができるかもしれない。


 王宮みたいに長い廊下を抜けてロビーの階段をあがる。


 夜の甲板はかなり暗い。術法灯がほとんどなく、灯りがついているものも少ないからだろう。


 空は、満天の星空だ。プラネタリウムの中にいるみたいにたくさんの星がきらめいている。


 イリスで観測されている星や星座は、日本とはまた異なっているのだろうか。


 甲板にはだれもいないのかと思ったけど、同乗している官吏の人と思わしき人たちの姿がちらほら見える。


 なかにはメイドさんもいて、船頭の方に一人で佇んでいる人もいる。あの人は、もしかしてアビーさんじゃないのか?


 赤茶色の髪を左右で括っているから、あれはきっとアビーさんだ。近寄って顔を覗いてみると、やっぱりアビーさんだった。


「やあ」

「あ、ご主人さま」


 声をかけるとアビーさんはすぐに微笑んでくれた。


「今日はどちらに行かれてたのですか? 急にお姿が拝見できなくなったので心配しました」


 わざわざ心配してくれたのか。


「いや、ちょっと船酔いしちまったみたいだから、部屋で寝てたんだよ」


 するとアビーさんは映画のクライマックスを迎えたような顔で驚いて、


「そうだったのですか!? 今は、体調は平気ですか? お薬をお持ちした方がよろしいですか?」


 ものすごく親身になって心配してくれた。きみはやっぱりいい子だよ。


 しかし放っておくと本当に薬をとりに行きそうだったので、薬はいらないという旨を伝えておいた。


 そしてさりげなくアビーさんのとなりに寄って、夜空を眺めてみる。


 何げにいい雰囲気だ。こうして寄り添っていると、なんだか恋人同士みたいだ。


 アビーさんを意識しだしたら、胸のあたりがドキドキしてきた。ばれたら気まずいから、気をつけないと。


 内心かなり慌てふためいていると、アビーさんが儚げに嘆息した。


「里のみんなはどうしてるんだろう」


 今日は少し元気がないみたいだ。甲板から下の雲海を眺めて、すごく寂しそうにしている。


 アビーさんの正体は犬型の幻妖だから、故郷は雲海の下にあるのだろうか? でも下の奈落には陸地がないはずだから、アビーさんの故郷は一体どうなっているのか。


 故郷のことを想っているアビーさんには失礼だが、状況がいまいち呑み込めないから、ちょっと聞いてみよう。


「なあ、アビーさん」

「はい?」

「アビーさんはその、故郷はこの下にあるんだよな?」


 俺が疑いながら雲海を指さすと、アビーさんは「はい」とうなずいた。


「わたしの故郷は下の世界にありました。メノス山という神聖な山の中腹に、アラギの一族の集落がありまして、わたしはそこで生まれました」


 アラギというのは種族の名前だったな。集落ということは、犬小屋が軒を連ねているのだろうか。


 それはともかく、下の世界ってなんだ? 雲海の下にあるのは奈落ではないのか?


「下の世界? 雲海の下に広がっているのは、陸地のない奈落だよな」


 質問してみるとアビーさんも首をかしげて、


「あの、わたしも詳しいことはわからないのですが、イリスの方々は下の世界をなぜか、奈落と呼んでいるんですよね。どうして呼び方が変わるのでしょうか」


 それを俺に聞かれても困るが。


「でも下の世界ということは、やっぱり下に陸地があるんだな」

「はい。下の世界はこちらのような明るい世界ではありませんが、地面も海もありますよ。そうでなければ、わたしのような翼を持たない幻妖は生活できませんから」


 その通りだ。


 それにしてもシャロから聞かされた話とずいぶん違うな。でも純朴なアビーさんが嘘をついているとは思えないし。


 そうするとシャロが嘘をついていたのか? あいつは俺のことが嫌いだから、嫌がらせをした可能性は否定できないが。


 でも、真面目で清廉潔白なシャロが、そんな感情的な理由で嘘をつくとも思えないんだよな。


 すると、どっちの意見が正しいんだ? 考えているうちに、だんだんとわけがわからなくなってきたぞ。


 アビーさんが雲海に視線を戻して長嘆した。


「わたしのいた村は、突然発生した嵐に巻き込まれてしまったんです」

「嵐? 業風ごうふうという気象現象のことか?」

「はい……」


 アビーさんの肩がふるえている。


「業風は村を散々に破壊して、一族の方々もほとんどが呑み込まれてしまいました。わたしも業風に呑み込まれてしまったのですが、運よくエレオノーラに流れ着きました。けど、みんなは……」


 アビーさんは言葉を止めて、手で顔を隠してしまった。身体が小さくふるえて嗚咽おえつの声が聞こえてくる。


 村の仲間たちのことが心配なのか。でも雲海に下にあるんじゃ、簡単には行けないよな。


 こんなときは、どんな言葉をかけたらいいんだ? 俺の容積の小さい脳みそでは、効果的な回答は導き出せない。


「だ、だいじょうぶだよ! みんなもきっと無事だから。今ごろ下の世界で村の再建でもしながら、アビーさんの帰りを待ってるんじゃないか?」


 ああっ、何をやってるんだ俺は。ありきたりな言葉を並べたって意味ないじゃないか。こういうときこそご主人様の力を発揮すべきなのに。


 でもアビーさんは顔から両手を下ろして、


「そうでしょうか」

「もち、もちろんだよ! 業風だかなんだか知らないが、たかが風がちょっと吹いたくらいで人間や生き物が死ぬわけがないし、そんな話も生まれてこの方聞いたことがない。だから、アビーさんの一族の方もその、だいじょうぶなんだよ」


 言っていることが支離滅裂だが、許してくれ。


 アビーさんの肩がふるえていたので、思い切って手をあててみた。身体のふるえが少し弱くなったような気がした。


 アビーさんは手で涙をぬぐって、俺に笑顔を向けてくれた。


「はい、そうですね。ご主人さまのおっしゃるとおりです」


 その少し控えめな笑顔が可愛いすぎて、思わず卒倒しそうになってしまうが、ここでたおれたら相当かっこ悪いから耐えてくれ。


 俺は無駄に腕組みして、偉そうに言葉をつなげた。


「わかってくれりゃ、それでいいんだよ。その、不安や、寂しい気持ちをひとりで抱えてたら、健康面とかが気になるからな。だから、辛かったら、俺でもシャロでもいいから、いつでも相談してくれてかまわないからな」

「はい。……ありがとうございます、ご主人さま」


 なんだかすごくいい雰囲気になってしまった。


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