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天空の刻印師  作者: 夏坂ひなた(旧:二条 遙)
セラフィに結婚話!?
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第48話

 そして翌日。イザード渡航日の初日。


 俺たちエレオノーラの使節団を乗せた飛行船は、王宮の人たちに見送られて盛大に出港した。


 陛下は今回の使節団に参加されないようなので、船には同乗していない。それも何か、政治的な意味合いを含んでいるのだろうか。


 なにはともあれ、イザードに向けて出発だ。


 出港のときは甲板にあがって、送迎の様子や空の景色を眺めていた。豪華客船のような飛行船が出港する様子は派手で、まるでヨーロッパのパレードみたいだった。


 澄み渡る空には雲ひとつなく、頬を撫でる微風が涼しくて心地いい。スクリューは下の雲海を激しくかき回していた。


 雲海を改めて見下ろしてみると、その存在感はやはりすさまじい。文字通りに雲が海となって彼方まで広がっているのだ。


 異世界だからと言ってしまえばそれまでだが、眼下に雲が広がる光景は一種異様なものに思えてならない。


 幾重にも重なった雲の層は、奈落をきれいに覆い隠している。奈落は凶悪な幻妖たちが棲まう闇の世界だが、実際はどんな感じなのだろうか。


「わあ、すごい眺めですねー」


 俺のとなりでアビーさんが雲海を眺めている。アビーさんはいつものメイド服姿でミニスカートの裾をおさえている。


 イザードまでの渡航はひと月以上もかかる長旅なので、身の回りの世話をするメイドさんたちが同乗している。だが、アビーさんは当初のメンバーに入っていなかった。


 それはいかんとシャロに断固抗議して、アビーさんをメンバーにくわえてもらったのだ。


「ご主人さま見てください! あそこに鳥が飛んでいますよ!」


 アビーさんが嬉しそうに鳥の群れを指さす。君の喜んでいる顔が見れて俺も幸せさ。


 左手にバーボンでも乗せる勢いで、アビーさんを華麗に口説いてみたいが、みごとにスルーされる確率が俺の見積もりで九十パーセント以上もあったので、「ああ」と替わりにありがちな一言を返した。


 俺の二の腕を反対側にいるセラフィがつかんで、


「ねえアンドゥ、あれやろうよあれ。タイタニックごっこ!」


 となりの家に住む子どもみたいな感じで言ってきた。


 アビーさんがセラフィの方を向いて首をかしげる。


「タイタニックごっこというのは、どのようなお遊戯なのですか?」

「タイタニックごっこはねえ、船の先頭に立って、こうやって手を広げてねえ、『あたしたち、空を飛んでるみたーい!』ってやるんだよ」


 セラフィは言いながら両腕をばたばたさせて、俺が前に教えた通りの解説をする。博識ぶっているが、俺の解説をそのまま読みあげているだけだからな。


「じゃあアビー、いっしょにやろ!」

「わ、わたしはあの、恥ず――」


 嫌がるアビーさんを無理やり引っ張っていきやがった。


 やれやれ。出港してまだ十分しか経っていないのに、早々にはしゃぎ立てるなよ。まったく、知性のかけらもない。


 その辺俺は違って、落ち着いているからな。ふう、と手すりに手をついて、頬杖とか無駄についてみたりして。


 なんていう無意味な所作をしているときに、とある衝撃的な事実に気づいてしまった。


 東京の田舎町に生を受けて幾星霜。同級生の女子に一度も注目されることなく、非リア充な生活を送ってきたけれども、イリスに来てから女運が急激に上昇しているのではないか?


 これは断じて気のせいではない。少なくともセラフィとアビーさんから確実に好感を得ているのだから。


 とはいえ、セラフィの好意はどういう属性の好意なのか不明だが。


 アビーさんからの好意はありがたいばかりだけど、やはり致命的なのは、アビーさんが人間じゃないということだ。


 あんな、アニメの萌えキャラみたいに可愛い外見をしていても、少しエッチな服装のミニスカフリルメイドさんであったとしても正体は犬型の幻妖だ。


 つまりアビーさんは動物。いやモンスターだ。ファンタジー的な系統分けをしたら。


 モンスターと結婚する気か?


 じゃあ趣味が変で、頭がときどき燕の巣だったりするセラフィを選ぶのか?


 あいつはしかも王女だぞ。王女と結婚なんてそもそもできるのか?


 今だって、形式的とはいえマリオから求婚されているわけだし。しかも親父さんが文化遺産の傭兵系マッチョだぞ?


 なんだこの二択は。究極すぎてどっちも選べないじゃないか。


 つまり、俺の女運が急上昇しているというのは、ただの思い過ごしだったということか。とんだぬか喜びだったな。


 悲しくなってきたので、甲板を降りて船内へと移動する。


 船の中はみごとなまでの豪華客船だ。アメリカの映画でしか見れないような華美な世界が惜しげもなく広がっている。


 フロアには、真紅のいかにも高そうな絨毯じゅうたんが当たり前のように敷かれている。手すりは金が塗られているのか無駄に金ぴかだ。


 埃ひとつないトレビアンな階段を降りると、豪華ホテルのロビーみたいなフロアがあって、使節団の参加メンバーの人たちがそれぞれの時間をすごしている。


 ロビーのすぐとなりはレストランになっていて、テーブルで昼食をとっている人が何人かいた。


 贅を尽くした豪華客船に無料で乗船できて、思わず感涙しちまうほど幸せなはずなのに、なんだろうな。ものすごく場違いなこの感覚は。


 俺みたいな普通の学生がこんな豪華な船に乗って、一流のサービスを受けてもいいのか? えらく身分不相応じゃないか。


 そんなことをいちいち考える必要はないっていうのは、もちろんわかっているけど、床を踏みしめただけで身分の差を歴然と感じてしまうから、自分がより一層みすぼらしくなってしまったような感覚に陥ってしまう。


 王宮の部屋や庭も同じだけど、貴族たちの豪奢な価値観は、俺たち一般庶民のチープな価値観とは根本的に違うんだよな。


 頭ではわかっていたけど、船内のきらびやかな光景を見て、改めて痛感してしまった。


 思考が激しくネガティブに陥っている原因は、きっと乗り物酔いのせいだ。今日はとくにすることもないから、部屋で休んでいよう。


 部屋も豪華ホテルの一室みたいな感じだけど、仕方ない。物置で休むわけにもいかないし。


 窓にシルクのドレープの入った麗しのカーテンがかかっていたので、それを開けてみると澄み渡った青い空が広がっていた。


 かなり鬱になっていたけど、空を眺めるのはやっぱいいな。青い空を見ているだけで気持ちがさっぱりしてくる。


 ちょうどベッドもあるし、ここで休んでいるか。暇つぶしに持ってきた術法書もあるしな。


 しかし、読めもしないイリス公用語の文書をぱらぱらとめくっていると、だんだんと睡魔が襲ってきた。

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