第46話
「ぁあ! またアビーと大人のおままごとしてるっ!」
いいところで邪魔が入ったか。
セラフィは俺の部屋に入ってくるなり、開口一番で叫ぶ。前から疑問に思っていたけど、お前の声量は何ギガヘルツあるんだ?
それよりも、今日は髪型が一段とすごいことになっているぞ。
どうやってセットしたのか知らないけど、チリチリの髪をものすごくボリュームアップさせているのだ。それではまるで巨大なアフロ――いや、燕の巣みたいじゃないか。
「いつもアビーと遊んでばっかでずるい! あたしも一緒に遊ぶ!」
わかったよ。じゃあお前は、俺とアビーさんから生まれた娘第一号な。
シャロも後につづいて入室してきたが、こいつの態度はもっと横柄だ。般若みたいな凶悪な顔で、俺の顔を顎からがしっとつかんで、
「貴様は公職を放り出して、こんなところで何してるんだっ」
汚わらしい奴隷を心の底から軽蔑してるような目を向けてきた。
「まったく貴様というやつは、王宮に来てからもう二ヶ月が経つというのに、ろくに仕事もしないで、だらだらだらだらと……。他の官吏たちを少しは見習ったらどうだ」
またはじまったぜ、パリジェンヌの説教が。もうとっくに聞き飽きてるっつうの。
俺があからさまに反意をあらわすと、シャロはうすい唇をひくひくさせて、
「貴様というやつは……」
憤然たる思いを我慢して、俺から手をはなした。
「貴様が職務怠慢で王宮を追い出されようが、わたしの知ったことではないが、アビーに妙なことを吹きこむのはやめろよ? この間から見ていれば、やれお帰りなさいませだの、やれオムライスにケチャップで名前を書けだの、貴様の考えることは愚劣極まりすぎて見ておれん」
何が愚劣極まりすぎてだ。愚劣極まっているのはお前の方だ。
アビーさんは現職のメイドさんなんだぞ。メイドといえば、お帰りなさいませだろうが。
そして、ストレス社会からご帰宅なされたご主人様にオムライスをお出しして、さらにサービスで名前を書いてあげるんだろうが。
アビーさんはメイドのなんたるかをまるでわかってないから、真の武士道ならぬメイド道を教えているというのに。これだから優等生は好きになれないんだ。
そんな旨をそのままつたえると、
「メ、メイドど……っ!? 貴様、次から次へとわけのわからんことを抜かすな!」
わけがわからんのはお前だ。だが意見が平行線なのはいつものことだ。相手にするな。
しかし真面目なアビーさんは、俺とシャロ間の険悪なムードを心配して狼狽しだした。
「シャ、シャーロットさまっ。ご主人さまがお教えくださっているのは、あのっ、大変神聖で格式の高い儀式ですので、その――」
「アビー!」
「ひゃいっ!」
シャロの一喝でアビーさんが飛び上がった。飼育小屋の兎みたいに。
ものわかりの悪いアビーさんを見て、シャロが深遠のように深いため息をつく。
「お前がそんなだから、この男が付け上がるのだ。こんな下心の塊のような男に心を許していると、じきにもっと破廉恥なことをされるぞ」
下心の塊――は間違っていないが、破廉恥なんて言葉を使っているやつは初めて見たぞ。
対面に座っているセラフィも、さも当たり前のように、
「そうだよ? おかしいものにはおかしいって、はっきり言わないと、人生色々と損しちゃうよ」
頭が巨大アフロのお前が言うな。
「ちなみにだが、セラフィ」
「なあに?」
「その素敵な髪型はどんなスタイリング剤をつかってセットしたんだ? よければ仔細を羊皮紙に書いて教えてくれないか?」
この世界にはスタイリング剤もヘアアイロンもないんだろうから、どうせ刻印術でボカンとやったのだろうが。
しかしセラフィは、聞き分けの悪い小学生みたいな顔で口を尖らせた。
「ええっ、ダメだよ。だって教えたら絶対アビーにやらせるもん」
「やらせるかよ。アビーさんの頭をそんな髪型にしたら、それこそ愚劣極まっちまうだろ」
「え、違うよ。アンドゥがアビーにやってもらうんでしょ」
俺が? アビーさんにやってもらう……わけねーだろ!
そういえば、今日は朝からセラフィを見かけなかったが、さっきまでどこに行っていたのだろうか。いつもは朝から俺にまとわりついてくるのに。
「ところで、さっきはどこかに行っていたのか?」
話した流れでセラフィに訊ねると、
「貴様、本当に何も聞いていなかったのか……?」
なぜか反対側にいるシャロの身体から、禍つ風のような漆黒のオーラが発せられてきた。
* * *
「結婚!?」
三十分後、顔に三重の包帯を巻いた状態で、俺は久しぶりに疑問符と感嘆符をつけた悲鳴を発した。
さっきはわりと本気で撲殺されかけたが、セラフィとアビーさんが止めてくれたので、一命だけはとりとめることができた。
そんなことはどうでもいい。なんと、セラフィに結婚話が来ているらしいのだ。あまりに衝撃的すぎたから、目がマンガのキャラみたいに飛び出るところだった。
うちの変態奇行王女に婚姻を申し入れた勇者は、一体どこのどいつだ?
「貴様な、この前教えてやっただろ」
シャロの身体からまたドス黒いオーラが発せられはじめたので、俺はすかさず平伏という名の土下座をした。
シャロの憤然たる説明によると、セラフィの縁談はひと月以上も前から来ていたらしい。俺に伝えたのは一週間くらい前らしいが。
そして今日はその縁談の返答について、打ち合わせを朝からしていたようだ。
打ち合わせの参加者に俺も入っていたみたいだが、それを俺がみごとにすっぽかしたので、シャロがさっきから怒っていたようだ。
「貴様は本当にやる気があるのか?」
シャロが改めて詰問してくるが、無理もない。
「相手はどんなやつなんだ?」
「お相手は、イザード王国の第一王子であらせられる、マリオット王太子殿下だ」
ああ、そういうことか。
結婚話なんていうから、奇声を発して驚いちゃったけど、国家同士の政略結婚だったのか。
セラフィにひそかな想い人がいなかったことに胸をなでおろすが、政略結婚とはいえ結婚だぞ。セラフィは俺のひとつ年下だから、まだ十四歳だ。
あちらの世界でいえば、まだ中学生の遊びたい盛りなのに、結婚なんてするのかよ。
それとなくセラフィの様子を観察してみるけど、とくに変わった様子はないな。いつもみたいにアビーさんの手をとってはしゃいでいる。
「嬉しくないのか?」
「だって、結婚なんてまだする気ないもん」
受験勉強を嫌がっている中二みたいに言われてしまった。
とりあえず、今回の縁談には乗り気じゃないみたいだな。それなら俺もひと安心……。
いや、なんで俺が安心する必要があるんだ? こいつがだれと結婚しようが、俺には関係ないじゃないか。
だが、そんな俺の気持ちをシャロがすかさず察知して、にやりと笑いやがった。
「セラフィーナ様が乗り気でないから、安心しているのか?」
「な……! お、俺は別に、安心なんてしてねーよ」
他にも色々と言い立てようかと思ったけど、セラフィとアビーさんのなんともいえない視線がものすごく気になるのでやめておこう。
しかし沈黙するともっと気まずいから、ここはさらりと話題を替えておいた方がよさそうだ。
「それで、そのマリオットとかいう野郎は――」
「他国の王子を呼び捨てにするな」
「わかったから、どんなやつなんだよ」
「マリオット王子か? 王子はすごい方だぞ」
シャロはさっきのしたり顔で偉そうに腕組みして言葉をつづける。
「マリオット王子のお歳は十五。セラフィーナ様のひとつ上だ。背はすらりと高くて容姿端麗な方だと、あちらの外交官から伺っている」
よりによって俺の同い年かよ。しかも王子でイケメンだなんて、これは悪質な嫌がらせか?
「他にも、幼少の頃から剣術を嗜まれ、勉学においても政治学や兵学において、その才能を十二分に発揮しておられるそうだ。お若いのに文武に秀で、さらに民からも慕われているそうだ。……貴様も、メイド道なんてわけのわからんことを口走ってないで、少しは王子を見習ってみたらどうだ?」
くっ、シャロめ。痛いところを突いてきやがる。
身分、ルックス、才能の三種の神器を兼ね揃えたチート野郎なんて、少女漫画の逆ハーレム系の世界にしか棲息し得ないと思っていたけど、現実世界に実在していたとはな。
しかも俺の同い年で、さらにセラフィの婚約者候補だからな。好感を持てるポイントがひとつも見当たらねえ。
となりのアビーさんが、なぜか腕にぐっと力をこめて、
「わ、わたしはっ、ご主人さまの方がすばらしいと思いますよ! だから、その……負けないでください!」
なんで慰められているのかよくわからないけど、アビーさんの好意は受けとっておくよ。
しかしそんな完璧超人と結婚できるのに、セラフィはなんで嫌がっているのだろうか。個人的な感情論はさておき、客観的に聞いている感じでは、かなりいい話なんだと思うけど。
でもシャロの説明を聞いているセラフィは、いつもの無邪気な笑顔を引きつらせて、やっぱり嫌そうな顔をしていた。