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天空の刻印師  作者: 夏坂ひなた(旧:二条 遙)
セラフィに結婚話!?
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第45話

 月日が経つのは早いもので、こちらの世界に呼び出されてから、もう二ヶ月が経過しようとしている。


 来て早々に牢屋に入れられたり、フィオスのような国際テロリストに命を狙われたりしたが、俺の軽い頭は今のところ首を経由して胴体につながっている。


 命があるのはありがたいことだ。


 召喚されたばかりのころは、こちらの世界に馴染めるのか、かなり心配していたんだけどな。とりあえず日常生活において困っていることはない。


 パソコンがつかえないのは少しつらいかな。やり途中だったネットゲームのデータはもうつかえないだろうけど、ゲームできないと毎日暇なんだよな。スマートフォンもつかえないから、ソーシャルゲームもできないし。


 困っていることと言えば、暇つぶしの手段が少ないことくらいか。


 王宮の暮らしは贅沢で、食べ物なんかも絶品なんだけど、とにかく毎日が暇なんだよな。テレビもないし、ゲームもないから。


 本はあるけど、活字ばかりでマンガは皆無。しかもイリス公用語という、オンドゥル語みたいな言語で書かれているから、セラフィに翻訳してもらわないと読めないし。


 セラフィが毎日「ひまひま」と言っている気持ちが、ちょっとだけわかる気がする。


 イリスに魔王でもいたら、退治しに行ってやるんだがな。そんなことを提案したら、セラフィはきっと手放しで喜ぶぜ。


 しかし都合よく妄想したところで、魔王の手先も、四天王のひとりも突然王宮に降り立つことはなく、そして暇なので、今日も王宮でだらだらと近侍きんじたる毎日を送っているのだった。



  * * *



 今日も時間が有り余っているので、前々から不満に思っていることを解消してみたいと思う。


 非常に軽微ではあるが、この度ホームシックのようなものを発症してしまったのだ。


 だって、部屋の中で靴を履きながら、朝食で毎日パンとか食べるんだぞ。こんな生活に馴染めるわけないだろっ。


 中世ヨーロッパ風のきらびやかな宮殿に住むのも、当然魅力的なんだけど、日本人の生活に必要なのはたたみであり、米であり、味噌汁であると思うのだ。


 いい加減に我慢できなくなったので、部屋に畳マットを布いてアンティークなテーブルの替わりにちゃぶ台を置いてみた。


 だいぶ日本っぽい雰囲気に近づいてきたけど、根本的な何かを間違えているような気がする。


 なぜ異世界なのにちゃぶ台があるのか。すまないがそれは秘密だ。


「あの、ご主人さま。何をされてるんですか……?」


 ある日突然、萌えアニメに目覚めた兄を見る妹のような顔をしているのは、アビーさんだ。今日もいつものメイド服姿で俺のとなりに座っている。


 この間まで地下牢に入れられていたけど、一ヶ月間の刑期がすぎたので晴れて放免されたのだ。よかったなあ、アビーさん。


「これは、俺のいた世界のリビングを再現したものだよ」

「ご主人さまの世界の、ですか?」


 部屋に配置された畳マットやちゃぶ台をアビーさんが困惑しながら見つめる。


 俺はちゃぶ代の表面を手のひらで叩いて言った。


「そう。これはちゃぶ台といって、日本の伝統家屋に標準装備されている、生活必需品なのさ」

「そうなのですか」


 生で見るのは俺も初めてだが。


 ちゃぶ台といえば、昭和の亭主関白な親父がちゃぶ台返しを使用することで有名だが、そんな荒技をいきなり披露したらアビーさんが卒倒してしまう。


 なので、今日は普通にご飯をいただくことにしよう。


「じゃあ、アビーさん。ご飯と味噌汁を持ってきてくれ」

「あ、はい」


 アビーさんは何か言いたそうだったけど、言葉にはしないで、かねて用意してくれたお釜からご飯をよそってくれる。


 しかし、メイドさんが畳の上で膝をついている光景は違和感がありまくるな。部屋の壁や天井も中世ヨーロッパ風だし。


 これが本当の和洋折衷わようせっちゅう、ということにしておこう。


「ど、どうぞ」


 少し戸惑いながら、アビーさんがご飯と味噌汁をならべてくれる。


 ああ、これが、アビーさんの味噌汁。アビーさんを一目見たときから、ずっと願いつづけていた一品。どんな豪華な料理よりも輝いているぜ。


 さて、逸る気持ちを深呼吸で整えて、いざ。


 う、うまい! 一口含んだだけでわかる、煮干しとカツオ出汁だしの効いた深い味わい。そして俺の好きな、少し渋みのある、しじみのちょっと大人な味。


 アビーさんの正体が犬型の幻妖でなければ、今すぐにでも嫁に来てもらいたいのに。そこだけが本当に残念でならない。


「あの、ご主人さま」


 けれど、となりのアビーさんは困惑をあらわにして、


「お食事は、先ほどいただいたばかりだと思うんですけど、その、食べ足りなかったのですか」


 実に真面目な問いを投げかけられてしまった。


 アビーさんはどうやら、大人のおままごとの楽しさがよくわかっていないらしい。


 これは言わば同棲シミュレーションなのだ。結婚を前提にした付き合いで、その予行練習として同棲をシミュレートしているのだが、アビーさんと同棲している光景を妄想するのはとても刺激的すぎるので俺にはできない。


 この遊びの意味をアビーさんに理解してもらわないと、俺がいい年しておままごとをしていることになってしまう。昨日もちゃんと説明したはずだが、もう一度しっかりと説明しておこう。


「だから昨日も言ったろ。これは大人のおままごとなんだって」

「はあ」

「日本では、同棲に不安を抱く若い男女が、大人のおままごとを通じて同棲生活をシミュレートし、将来の不安などをとりのぞいたりするんだ。……アホらしく見えるけど、ものすごく神聖で格式の高い儀式なんだぞ」


 いやアホだろ。間違いなく。


 だがアビーさんは、俺の心の突っ込みには気づかずにトレイで顔を隠した。


「それはわかるんですけど。でも……やっぱり恥ずかしいですよぅ」


 その仕草は抱きしめたくなるくらいに可愛いが、恥ずかしいのは克服してもらわないと後々困るのだ。


「じゃあ仕方ない。とっておきの呪文を教えてやるよ」

「呪文、ですか?」


 アビーさんがトレイから目だけを出して、何度か瞬きする。しかし呪文を伝えると、アビーさんは慌てる萌えキャラみたいな仕草で、「そそそんなこと、言えませんっ!」と声を裏返した。


「ど、どうしても、言わなきゃダメですかぁ?」

「どうしても言わなきゃダメだ」


 調子に乗って亭主関白なオーラをかもし出すと、アビーさんは観念してトレイをちゃぶ台に置いた。


「ごご、ご、ご飯のあとは、お風呂にする……? それとも、わた、わわた、わたし、わたし、に……」


 ぐはっ、もうダメだっ。


 我慢しようと思ったけど、アビーさんの恥ずかしそうな表情と仕草がみごとすぎて、堪えきれない。


 俺の目に狂いはなかった。アビーさん、あなたはやはり最高です。

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