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第43話

 天穹印にまつわる騒動は、こうして幕を閉じた。


 あの戦いの後、天穹印の間に残された俺とシャロは消火活動に追われて、フィオスの追跡はおろか、休む時間すらろくに与えられなかった。


 その甲斐あって、天穹印はなんとか黒焦げにならずに済んだ。まわりの床は、穴ぼこだらけだったけど。


 その二日後に陛下が他国から帰ってきた。そして、天穹印の間の惨状を聞かされて、かなりの衝撃を受けていた。


 だけど、陛下の対応は早かった。騒動で亡くなってしまった人たちを弔うと、王師おうしの一隊を再編して、逆臣フィオスの討伐隊を編成した。


 王師というのは陛下直属の軍団で、禁衛師団と似て非なるものらしい。


 少数だけど三隊に分けられた討伐隊は、まさに精鋭揃いだった。


 物々しい全身鎧に身を包んで、ドラゴンのような師獣しじゅうにまたがってるんだもんな。かっこいいぜ。


 しかし、ひとりの反逆者に対して軍隊を差し向けるのは、いささか大げさではないか。


 そう思ってシャロに尋ねてみたが、シャロいわく「此度の討伐は陛下の威信にかけて行われるのだから、このくらいでちょうどよいのだ」とのことらしい。


 よくわからないが、政治的な意味合いが過分に込められているらしい。


 意味のわからないことは、もういい。もっと気になっているのは、アビーさんの処罰だ。


 アビーさんは、フィオスの悪事に加担していた。そして、変化へんげの術を利用して人間に成りすましていた。


 アビーさんに悪気がなかったし、フィオスに脅されていたせいでもあるのだから、情状酌量の余地はあるのだが。


 幻妖は、そもそも見つけられた時点で処分される運命にあるらしいから、そのルールが適用されるとアビーさんは助からないのかもしれない。


 だが、陛下と法吏による厳正なる詮議の結果、一ヶ月間の禁錮きんこ刑という異例の処罰が下された。


 これには訳があって、メイドさんたちの嘆願、直訴その他もろもろの訴状と、セラフィの力が過分にはたらいたようだ。


 メイドさんたちの話によると、アビーさんはすごく真面目な子で、だれよりも多くの仕事をこなしていたようなのだ。


 多少落ち着きに欠けているけど、そこも愛嬌のひとつで、仲間のメイドさんたちにすごく可愛がられていたらしい。


 さらに俺と、あと意外にもシャロが嘆願して、セラフィを動かしたのだが、なんでシャロが嘆願したんだろうな。


 そして、親ばかな陛下はセラフィのお願いを断れないので、アビーさんに恩赦が下ったようだが、こんな簡単に許しちゃっていいのか、と思うけど、話をこじらせたくないから、俺は王宮の隅っこでだまっていよう。


 ただ、アビーさんは現在治療中なので、刑はまだ執行されていない。傷が塞がったら執行されるらしい。


 でも、よかったなあ。



  * * *



 アビーさんに恩赦が下ってから何日か経って、俺の部屋にメイドさんがやってきた。


 どうやら、アビーさんの使いで俺を呼びに来たらしい。


 俺に話したいことがあるから治療室に来てほしいみたいだが、アビーさんは俺に何を話すつもりなのだろうか。


 頭の底から引っ張り出される記憶といえば、アビーさんにふられてしまったトラウマしかないのだが。


 状況が落ち着いてきたから、いよいよ絶縁状を叩きつける気なのか?


 それは、想像しただけで怖いな。でも、だからといって無視するわけにもいかないし。


 なので、俺はかくれんぼの隠れている方みたくビクビクしながら、アビーさんのいる治療室へと向かった。


 治療室はあちらの病室みたいに、広い部屋にベッドがたくさんならんでいる。その一角で、アビーさんはうつ伏せの状態で横になっていた。小犬の姿で、お腹のあたりに包帯を巻いて。


 アビーさんは俺に気づくと、


「ああ、アンドゥさま」


 嬉しそうに声をかけてくれた。改めて眺めてみると、本当に犬にそっくりだなあ。


「傷の方はどうだ?」


 尋ねてみると、アビーさんは微笑むような感じで言った。


「はい。皆様がとても大事にしてくださいますので、傷の方は平気です」

「そうか。よかったな」

「はい! こ、これも、その、アンドゥさまのおかげです」


 アビーさんはうつむいて、気恥ずかしそうにしている。メイドさんの姿でもじもじしてる姿が目に浮かんでくるな。


 どうやら俺に対する誤解は解いてくれたようだ。アビーさんに嫌われてしまったときは、関係を修復するのはもう不可能だと思ってたけど。


 でも、いざこうして対面してみると、ふられたシーンばっかが脳裏に浮かんできて、かなり気まずい。何を話せばいいんだ。


 アビーさんも同じなのか、しばらくもじもじしたまま、どう切り出したらいいのか困っているみたいだった。


「今日お越しいただいたのは、その……ずっと前から、アンドゥさまに謝らなければいけないと思っていたからなのです」


 ついにきた。いよいよ正式に振られてしまうのか。


 ま、待ってくれ。いきなりすぎて、まだ心の準備が……。


 でもアビーさんは決然と顔を上げて、俺をまっすぐに見つめて、


「アンドゥさまは。……アンドゥさまは、わたしが悪いことをしていると、気づいていた……のに、わたしを一生懸命にかばってくれました」


 ……えっ?


「わたしのことなんて、官吏の方に突き出してしまえばいいのに……それをしないで、わたしを助けてくれました」


 アビーさんの口からぽつり、ぽつりと出てくるのは、絶縁状なんかじゃない。


「アンドゥさまは、汚れた幻妖であるわたしを、すごく大切にして下さいました。それなのに、わたしは……ただ罪がおおやけになるのが怖くて、アンドゥさまを避けていました」


 そうだった、のか?


「俺はてっきり嫌われてるんだと」

「えっ!? いえそんな――」


 アビーさんは驚いて身体を起こそうとしたが、傷の痛みのうずいたのか、「あっ」と苦悶してぐったりした。


「おい、平気か」

「はい。すみません」


 おっちょこちょいなところがまたアビーさんらしい。


「アンドゥさまのおっしゃっていることが、すべて正しいのですから、嫌いになるはずがないではありませんか」


 そうだったのかな。尋問したときなんて、思いっきり泣かしちゃったから、すごい罪悪感を感じたんだけどな。


 そう返すと、アビーさんは苦笑している感じで、「誤解させてすみません」と言った。


「わたしは、怖かったのです。正体がばれたら、わたしは処刑されてしまいます。ですから折を見て、王宮から離れようと思っていたのですが、油断して変化へんげを解いたところをフィオスさまに見られてしまったのです」


 それでフィオスの言いなりになっていたのか。


「でも、アンドゥさまがすべてを変えてくれました。ですから、アンドゥさまは、わたしの恩人です」


 そんな、やめろって。そんな真正面から言われたら照れるって。


「陛下に嘆願していただいたことも聞きました。アンドゥさまには本当に助けられてばかりで、その、なんとお礼を申し上げたらよいのか」


 いやいや、こうして会話できるだけでも幸せなんだから、気にするなって。


 いつから俺は、こんなに愛犬家になったのだろうか。


 そんな俺の間抜けな顔を、アビーさんがじっと見つめる。


「ですから、わたしも何か恩返しをしたいんですけど……わたしは変化するしか能のない者ですから、その、何をしたらいいのかわからなくて」


 鶴の恩返しならぬ、犬型の幻妖の恩返しなのか。まるで日本の昔話みたいだが。


 アビーさんは真面目なんだな。俺みたいなやつに恩返しなんてしなくてもいいのに。


 でも、せっかくだから、あれかな。メイドさんの姿で奉仕してもらうというのはありかな。


「そうだな。じゃあ、せっかくだし、その怪我が治ったら、俺の専属のメイドさんになって、最高のおもてなしでもしてもらおうかな」


 腕組みしながら言ってみた。もちろん冗談だけど。


 するとアビーさんはきょとんとして、


「そんなことでよろしいのですか……?」


 すごく真剣に聞き返されてしまった。


「あ、いや、ただの冗談だけど――」


 念のためにフォローしてみたけど、アビーさんには通用しなかったようで、突然がばっと思い立ったように起き上がって、


「わかりました! それならわたしは、アンドゥさまの専属の召し使いになります!」


 傷の痛みも忘れて、まさかの衝撃発言。


「なので、あの……わたしのような端女はしためがお願いするのは、すごくおこがましいのですが。……これからは、その、アンドゥさまのことを……ご主人さまと呼ばせてください」


 ごご、ご主人さま……!?


 あの萌えツインテールで、ミニスカフリルメイドのアビーさんが、俺の専属のメイドさんで、しかも、ご主人さま……だと?


 そんなばかな!


 だって、専属ということは、なんでも俺の思い通りにできてしまうんだぞ。


 メイド姿のいたいけなアビーさんに、こんなことや、あんなことが……。


 もうダメだっ。これ以上は刺激的すぎてとても妄想できねえ!


「あのっ、ご主人さま!?」


 興奮しすぎて昏睡しそうになる俺をアビーさんが心配してくれる。きみはほんとにいい子だ。


 それなのに、こんな微妙な男がご主人になって本当にいいのだろうか。そんな杞憂を感じながら、二秒後に俺は昇天した。


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