第41話
紅蓮の騎士が疾駆する。
焔の槍を床に突き刺した瞬間、プラスチック爆弾が爆発したような衝撃が起きて、俺たちは逃げるように散開した。
騎士の攻撃は相変わらず苛烈だ、重たい槍を振り回しつづけているのに、疲れを知らないのか。
刻印術の紙をにぎりつぶして、あいつに放り投げた。
紙は空中でふわりと消えて、真空の刃に変化する。あいつの鉄仮面に飛びかかった。
こういうこともあろうかと、前にセラフィから習っておいた真空波の術法だ。
だが騎士は、高速で飛びかかる真空波を即座に察知して、馬上で身体をひねらせてかわした。
防御の方も抜かりなしかよ。だが、そのくらいの結果は想定の範囲内だ。
それなら、お前がダメージを受けるまで、何度でも攻撃してやるぜ!
「これでもくらえ!」
真空波の刻印を何枚もばら撒いて、胸の前で両手を合わせる。
精神を集中させると、紙のすべてが巨大な真空波に変化して、真空波の雨が騎士にふり注がれた。
この攻撃は、さすがに避けきれないな。騎士はわずかに怯んでいる。
真空波の攻撃が止んだところで、シャロとフィオスの出番だ。ふたりが剣をかまえて、左右から挟みこむように騎士を攻撃する。
このふたりは、すごい。即席コンビとは思えない波状攻撃で、騎士の勢いをみごとに止めちまいやがった。
「そこ!」
シャロの渾身の居合い抜きが騎士の左腕を斬り抜く。騎士の左腕が一瞬で切断されて、甲冑で覆われた肩から下の部分が宙を舞う。
「まだです!」
今度はフィオスの声だ。あいつは素早く後退すると、ポケットから数枚の紙をとり出して、優雅に放り投げた。
紙は空中でぴたりと制止して、魔法陣のような刻印を浮かび上がらせる。
なんだあれは。新種の刻印術なのか?
魔法陣の中から灰色の狼のような生物が姿をあらわす。
三匹の狼、いや、あれはきっと幻妖だ。フィオスが行使したのは召喚術なのか。
飢えた狼の幻妖たちが飛びかかる。騎士が馬から転げ落とされて、二匹の狼が騎士に襲いかかった。残りの一匹は馬の喉元に食らいついた。
馬は激痛に喘いでいるのか、肢をばたつかせている。
一方の騎士は、わりと冷静だ。片腕で槍をふりまわして、狼たちを追い払っている。
「なかなか、やられませんね」
フィオスが悄然とつぶやく。シャロも呆れるように言った。
「片腕を落としてやったというのに、あやつは苦悶するどころか、悲鳴ひとつ上げないぞ。あやつの身体はどうなっているのだ」
「たしかに妙です。まさかと思いますが、あれは人ではないのでは」
「そんなばかな」
顎に手をあてて思案するフィオスに対して、シャロがかぶりをふる。
「赤い全身鎧を着て、槍を使いこなしているあの者が、人でないはずがなかろう」
「だから妙なのです。あれの外見は人間そのものですが、人間ならば腕を斬り落とされたら悲鳴を上げるでしょう。それなのに、シャーロット殿の言う通り、あれは悲鳴ひとつあげていません。明らかに不自然です」
フィオスの見解は相変わらず理論的だが、ひとつ大事なことが抜け落ちている。
「それに、あれのあらわれ方も妙でした。あれは光の刻印から召喚されたように、忽然と姿をあらわしました。ですからあれは、幻妖なのではないかと推測します」
「天穹印が幻妖を召喚するのか? それに、たとえ幻妖だったとしても、腕を斬り落とされたら苦悶するのではないのか?」
「そうですね。では、幻妖でもないと」
博識なフィオスが返答に窮している。きっと化生のことを知らないんだな。
「違う。あれは化生だ」
俺がため息混じりに言うと、ふたりが同時にふり向いた。
「化生だと?」
シャロが、いかにも不機嫌そうに眉間に皺を寄せて、
「化生というのは、セラフィーナ様が得意とされておられる、化生術で生み出される化生のことか?
化生なら、わたしも拝見させていただいたことがあるが、あんな鎧を着た化生は一匹たりとも見たことはないぞ」
「そんなことを言われたって、知らねえよ。化生にもいろんなやつがいるんだろ?」
「そんな不確かな情報でわれわれに意見するのか? 貴様の戯言はほとほと聞き飽きたわ」
「なんだとっ!」
このくそ女っ、言わせておけば――。
「待ってください。ユウマ殿がおっしゃっていることは、正しいかもしれません」
フィオスの言葉が俺たちを遮った。フィオスが余裕の笑みを止めて、
「化生は意志を持たない、疑似的な生体兵器です。以前にですが、その種類は無数に存在すると聞いたことがあります」
真剣そうに腕組みして言葉をつづける。
「生体、兵器?」
「そうです。化生は獣や幻妖に似ていますが、生物ではありません。土や水から生成される人形なのです。
故に剣で斬られても死滅することはありません。種類もたくさんあるのですから、人型の化生も存在するのかもしれません」
思いつきで化生だと言ったのに、とんでもない話になってきたぞ。
「化生はしかも怖ろしく強靭で、また主人の命令を忠実に守ります。よって、疑似的な生体兵器として戦争でつかわれるのです」
向こうのフロアで、紅蓮の騎士がむくりと起き上がった。一瞬で緊張が走る。
シャロが身構えたまま口を開く。
「では、どうやってあやつをたおせばよいのだ。生体兵器とやらでも、不死身ではないのであろう?」
「それはきっと、ユウマ殿がよい知恵を持っているはずです」
フィオスが言い終わる前に騎士が突撃してきた。片腕で軽々と持ち上げた槍を床に突き刺す。
こいつの身体は、マジでどうなってるんだよ! 疲れも痛みも知らないなんて、チートにもほどがあるだろっ。
「前にセラフィに見せてもらったんだが、化生はどうやら化生卵をつかっ――」
ちょっと待て。話をしている最中に攻撃してくるな!
ゲームやマンガのルールでは、大事な会話をしている最中に攻撃をしてはいけないんだぞ!
「いいから話をつづけろ!」
シャロが苛立って、後ろから声を荒げる。
フィオスがあいつの攻撃を防いでくれている間に、俺は騎士から離れた。
「化生は、創出と熄滅を繰り返して運用するんだ。だから、きっと、あいつの核である化生卵に熄滅と唱えれば、あいつは化生卵に戻るはずだっ」
セラフィが高速ジェット機のラウルをつくり出したとき、熄滅と呪文を唱えてラウルを化生卵に戻していた。
あの騎士が化生なのであれば、同じ方法で熄滅させることができるはずだ。
しかし、そのためには、あいつの心臓部分にあると思われる核に触れなければならない。
焔を無感情でまき散らしているような強敵に近づくなんて、自殺行為だ。そんなこと、俺にできるのか?




