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第40話

 俺は本気で世界の滅亡を予感した。


 天穹印はイリスの大陸を支える重要な中央装置なんだ。天穹印が破壊されたら大陸は浮力を失って、イリスの世界ごと奈落に突き落とされてしまうのだ。


 あちらの世界でたとえれば、ハイジャック犯に飛行機を落とされるようなものだ。遊園地のアトラクションに乗るのだって嫌なのに、墜落する飛行機なんて想像しただけで背筋が凍りついてしまう。


 俺もシャロもきっと壮絶な顔で目の前の絶望的な光景を眺めていたのだろう。


 だが天穹印にふり降ろされたフィオスの剣に、まったく予想だにしていないことが起こった。


「なにっ!?」


 驚愕の声を上げるフィオスの前で、ディナードの刃ががきんと金属音を発する。鉄柱のような刃は天穹印の外殻に当たると真ん中のあたりで捻じ曲がって、折れた割り箸みたいに捻じ切れてしまった。


 真ん中から切れた刃先がくるくると宙を舞って、俺の足もとに突き刺さる。


 この結果には俺もシャロも目を疑った。


 あの神殿の柱みたいに太いディナードが、ふにゃふにゃのセロファンの如しの天穹印に負けたんだぞ。そんなばかな。


 正確には、天穹印のまわりに張られている障壁バリアがフィオスの攻撃を防いだのだ。その証拠に、セロファンみたいな外殻のまわりにうっすらと光る膜みたいなのが張られている。あれがきっとバリアなんだ。


 さすがはイリスのライフラインだ。有事に備えてバリアが張ってあったとは。


 これでは死に物狂いで守っていた俺とシャロの立場はどうなるんだよ。まあ落ちるのよりは百倍ましだから別にいいけど。


 しかし、ほっと息をついてるのもつかの間だった。今度は七色に光る天穹印が赤一色に染まって、火災報知器を押したときのようなうるさい警報音を鳴らしはじめたのだ。


「なんだ、この耳をつんざく音は」


 シャロが耐え切れずに耳を塞ぐ。俺ももちろん塞いでいるが、あまりに音が大きすぎるのでほとんど効果がない。鼓膜が破れそうだ。


 だが天穹印は赤い光をさらに強くして、俺たちに警告を訴えてくる。


「まさか、防衛装置が作動したのですか」


 いつも余裕の表情をくずさないフィオスが目に見えてうろたえている。自分の剣が折れたことも忘れて茫然自失しているみたいだ。


 こいつが頭の中で描いていた完璧なシナリオの中にはないことが起きているんだろうな。


 計算に計算をかさねていたのに、最後に番狂わせが起きたらうろたえたくなるよな。フィオスみたいな策士タイプは特に。


 林檎りんごの色みたいに光る空から、二つの小石のような何かが降ってきた。それらは天穹印と俺たちの間に落ちて、地面に激突する寸前で宙にぴたりと制止する。


 白い石は金色こんじきの光を放ちはじめた。その色はきれいで見とれてしまいそうだけど、どこか禍々しい力を宿している。


 これから一体何が起きるというんだ。あの白玉団子みたいな小石がビームを放って、天穹印に害を成したフィオスを迎撃しようというのか?


 いや、待てよ。この白玉みたいな石、俺はどこかで見ているぞ。それもイリスの世界に来てからすぐに。


 あれは化生卵けしょうらんだ。セラフィが前に化生術をつかったときに見せてくれたじゃないか。


 宙に浮く化生卵のまわりに光かがやく刻印が刻まれていく。まわりの空間をキャンバスにして、上からゆっくりと七色の光を放ちながら。


 二つの化生卵は前後に配置されていて、後ろの化生卵に描かれている刻印は人の形をしている。身体のシルエットがごつごつしているから、甲冑かっちゅうを着た騎士かもしれない。


 そして前の方は、これは馬の形なのか? 長い四本のあしに、奥に伸びる大柄な身体。身体の前には長い首が生えている。


 刻印が描き終わった瞬間、金色の光が太陽光みたいに強く発光したので俺はとっさに顔を隠した。


 腕の後ろからそっと覗きこんでみると、光の真ん中から男二人分くらいの高さの影が出てくるのが見えた。


 光の力が少しずつ引いてきて、影が正体をあらわす。それは赤の、燃えるような紅蓮の鎧に身を包んだ一騎の騎馬だった。


 馬はからすのような黒い体毛に覆われていた。艶は全然なくて、まるで黒猫みたいに不吉を呼びそうな色だ。


 騎士の顔はいかつい鉄仮面で隠されているから表情はわからない。それよりも右手に持っている武器のえげつなさに、俺は絶句してしまった。


 穂先にほのおをまとった巨大な焔槍だ。この焔は比喩表現ではなくて本物の焔だ。


 プレヴラが見たら尻尾を巻いて逃げ出しそうな紅蓮の焔が、大剣みたいに凶悪な穂先から轟然と燃えたぎっているのだ。


 フィオスは身体をふるわせて半歩下がった。


「そんなばかな。騎馬が、どうしてイリスに」


 焔の騎士がいよいよ動き出した。手綱を引いていななかせた馬が前肢まえあしをふり上げて、俺たちを踏み潰そうとしてくる。


 フィオスを含めた俺たちは身を引いて逃げるが、騎士が畳みかけるように焔の槍をふり降ろしてくる。ずがん! と、ものすごい炸裂音を発して地面が砕かれる。


 あの騎士は天穹印を護るガーディアンだ。だが敵を判別する機能を有していないのか、俺とシャロまでも外敵だと認識しちまっているようだ。


 その証拠に、俺とシャロにも平然と槍をふり降ろしてくる。


 その攻撃は苛烈の一言に尽きる。騎士は自分の意思がないのか、前に立ちはだかる俺たちを、壊れたマシンみたいに情け容赦なく攻撃してくるのだ。


 俺が倒れようが、シャロが腹を負傷していようが関係ない。数分で床は蜂の巣みたいに穴だらけになってしまった。


 しかも槍が突き刺さるたびに焔が吹いて、亀裂からプロミネンスみたいに火焔が立ち上るからたちが悪い。まわりは焔で囲まれて、気づくと火の海になっていた。


 ちょっと待て。知らないうちにかなりやばい状況になっていないか。


「まずい。このままいったらわたしたちは、あのガーディアンに全滅させられてしまうぞ」


 シャロが後ろから囁くが、じゃあどうしろっていうんだ。あんな心の通ってないキラーマシンなんて、とても相手にできないぞ。


 フィオスも兜を脱いで俺のところに集まってきた。


「今は力を合わせてあれを倒すしかありません。でなければ、われわれは天穹印の御前でしてしまいます」


 さっきまで俺たちを殺そうとしていたくせに調子のいいことを言うなと反撃してやりたいが、今はそんなことにとらわれている場合じゃない。


 あのガーディアンを力を合わせて止めないと、俺たちは本当にここで焼き殺されてしまう。


 フィオスはシャロの腹部を見やった。


「シャーロット殿はまだ戦えますか」

「無論だ。貴様から受けた浅手ひとつでなど上げるか」

「フフ、それはたのもしい」


 フィオスはこの極限の状況下でいつもの微笑をとり戻しやがった。どれだけ図太いんだ、お前は。


 しかし、フィオスはさっきの一撃でディナードが折れちまったから、今は武器を手にしていない。


 こいつは絶対に油断ならない男だが、この状況で戦力外になるのはつらい。


 俺は手に持っている剣を見下ろしてみた。俺は剣なんて全然つかえないから、持っていてもほぼ無意味だが、フィオスにわたしたら戦力が上がるんじゃないか?


 そうだ。今は小さいことで迷っている場合じゃない。俺はフィオスに剣を差し出した。


「つかえよ。無名のナマクラだけど、丸腰よりはいいだろ」


 それを見たフィオスは意外にもきょとんとした。


「いいのですか? 私はあなたの敵なんですよ。戦場で敵に武器を与えるなんて、自分の足を自ら切っているようなものです。それなのに、あなたは――」


 こいつは理屈っぽくてうるさいやつだ。今はそんなことをねちねちと議論している場合じゃねえだろっ。


「いいからつかえって言ってるんだよ。今は敵味方とか考えている場合じゃねえだろうが」


 敵とはいえ不審な目で見られるのは耐えられない。俺は半ば押しつけるように剣をわたした。


 フィオスは剣を受け取ると、わざとらしく肩をすくめた。


「セラフィーナ王女ほどではありませんが、私にも多少なりとも刻印術の心得があるんですがね。まあ、いいでしょう。今日はあなたのご厚意に従っておきましょう」


 そう言うと、折れたディナードを鞘に収めた。


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