第4話
セフィロトエプロンのおじさんたちが、摺り足で俺に近づいてくる。腰を落として、古流剣術を披露しようという体勢で。
シャロさんが右手を出しておっさんたちを制しているけど、シャロさんから放たれる殺気も尋常ではない。いや、あんたの目が一番怖いっす。
「シャロ待って!」
セラフィが耐え切れずに起き上がって、俺の前に立ちはだかる。両腕を左右に広げて、全身で俺をかばいながら、
「アンドゥは悪い幻妖じゃないの。だから、怖いことはしないで!」
嬉しい。セラフィの心意気はすごく嬉しい。
だが、お前はまだ勘違いしているぞ。しつこくなるが、俺はただの人間だからな。ここ、かなり重要だぞ。
セラフィの真っ直ぐな態度に、シャロさんもため息をついて、
「わかりました。それでしたら、その幻妖には危害をくわえないように、禁衛師士たちに言い含めておきましょう」
「ほんとっ!? じゃあ――」
「しかし、幻妖に王宮の中を徘徊されたら、陛下がご心配なさります。ですから、その幻妖はわたしの方で地下牢に放り込んでおきます」
「ええっ!? そんなのだめだよ!」
セラフィがシャロの袖をつかんで、駄々っ子みたいに強く引っ張る。
シャロさんが静かに目をつむって、
「陛下の心情をお察しください。陛下はあなた様に、清楚で慎ましい女性になっていただきたいと思っているのです。それなのに、このことが陛下に見つかったら――」
変なタイミングで言葉を止めるなよ。
「その幻妖に無慈悲な罰を下されるかもしれません」
無慈悲な罰ってなんだ。ものすごく引っかかるぞ。
セラフィはシャロの脅迫を真に受けてしまったのか、「うん」としょげてしまい、道をすぐに開けてしまった。
「その幻妖を牢に連れていけ!」
シャロが盛大に言い放つと、後ろのセフィロトエプロンのおじさんたち、いや、禁衛師士というのか。おじさんたちが忍者のように近づいてくる。
両脇からがっしりとつかまれると、もう全然抵抗できねえ。
このままだと、牢屋に連れていかれてしまう。それだけはなんとしても回避しなければ。
「ま、待ってくれっ」
全身の力をふり絞って、シャロに言った。
「あんたらは、何か勘違いをしてるのかもしれないけど、お、俺は! 幻妖とかいうモンスターの類じゃない。ただの人間だ! だから、その、牢屋に連れていくのは勘弁してくれ」
背中を向けていたシャロが、役者のような仰々しい動きで俺にふり返る。少し吊り上った目でにらみつけてきた。
近くで見ると、ぞくりとするほどきれいな顔立ちだ。薄く化粧された顔は花のように白くて、鼻はアメリカ人みたいに高い。
青みがかった瞳は青空のような透き通った色で、見つめていると意識が奪われてしまいそうだ。
「見たところ、普通の人間のようだが、幻妖には人に化けるものや人型のものもいる。セラフィーナ様の召喚術で呼び出されたことも考慮すると、貴様のその言葉は信用できない」
実にごもっともな意見で。
「そうなのかもしれないけど、俺はれっきとした人間だ。モンスターなんかじゃない」
まっすぐに睨み返すと、シャロはさらに目を細めて、
「その髪、だれかに言われて染めたのか?」
そう聞いてきた。
「なんで、そんなことを聞く必要がある?」
「暗殺家業に身を置く者は、夜に紛れるために髪を黒く染め、全身を黒い格好で覆い隠すという。だが黒は奈落――悪の象徴。普通の人間は髪を黒く染めたりはしない」
よくわからないが、また妙なことを言い出したぞ。
「その目もそうだ。イリスで黒い瞳を持つ人間なんて、絶対に存在しない。いるとすれば、それは幻妖でしかありえない」
「そんなこと言われても、目も髪も自前なんだけど」
「そんなはずはない!」
シャロが大声を出して全力で否定した。
「イリスに貴様のような人間はいないっ。貴様はわたしに喧嘩を売っているのか?」
喧嘩を売っているのはお前だろ。
「よくわからないが、黒目黒髪の人間を化け物だと定義すると、日本人の八割以上を敵にまわすことになるけど、お前はそれでいいのか?」
「にほっ!? 貴様はさっきから何を言っているのだ」
お前も日本を知らないのかよ。
こいつらは何人なんだよ。あ、エレオノーラ人か。
「貴様の言っていることは支離滅裂だ。意味がよくわからん」
俺もお前の言ってることはわかんねえよ。
もうだめだ。それでも、思いつくかぎりの意見を出して反論してみたが、シャロはとり合ってくれなかった。
終いには剣の柄を俺の腹にあてて、
「セラフィーナ様のお部屋で血腥いことはしたくない。貴様もそう思っているのなら、黙ってわたしについてきてもらいたいのだが」
俺の異世界ライフ、わずか五分で終了かよ。




