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第39話

 手榴弾でも投げられたと錯覚するような爆風が巻き起こる。こなごなに粉砕された床の石片が辺りに飛び散る。


「ちっ!」


 塵煙じんえんから飛び出してきたのはシャロだ。想定していなかった攻撃に動揺を隠し切れないのか、苦況に顔をゆがませている。


 いきなりあんなばかでかい剣が出てきたら、だれだってびっくりするだろうな。


 しかし、見たところシャロは無事のようだ。服や身体に斬られた痕はない。あの至近距離でよく避けられたな。


 でも、よかった。これならまだ全然――。


「逃がしません!」


 塵煙の中からフィオスの怒声が聞こえたかと思うと、ディナードの巨大な刃が姿をあらわした。煙と白い空間を水平に分断し、その研ぎ澄まされた切っ先がシャロに迫る――!


「くっ」


 シャロが腹のあたりを斬られちまった。


「この程度の浅手」


 シャロは何事もなかったかのように吐き捨てて後ろに下がる。だが、傷に手をあてている顔はかなり苦しそうだ。


 一方のフィオスは煙の中から颯爽とあらわれて、休む間もなく大剣をふり上げる。自分の身長くらい長い剣をだ。


 あいつの腕は大して太くないのに、どこからあんな力が出てくるんだ?


 しかもフィオスの方がはるかに負傷しているはずなんだ。それなのにシャロが苦しみ、一方のフィオスは戦闘開始直後みたいにピンピンしているなんて、あんまりだ。


 これが男と女の体格の差なのか。


 このまま指をくわえて見てるわけにはいかない。俺はポケットに忍ばせていた刻印を一枚とり出して、宙に放った。


 ぐちゃぐちゃに丸めた紙は、念を送るとすぐに消滅する。フィオスのまわりに二本の縄が出現した。


「なんですと!?」


 この前セラフィに教えてもらった、相手の動きを止める術法だ。喰らいやがれ。


 フィオスは驚いて声をあげるが、すぐに剣を捨てて素早く跳躍する。縄が身体を縛り上げる前にうまく逃げやがった。


「これは、動きを止める術法ですね。ユウマ殿、あなたがやったのですか?」

「そうだよ」


 今のフィオスには怖くてとても近づけないが、形勢逆転されているシャロを見捨てるわけにはいかない。


 だからな。足の武者震いがもうすごいことになっているが、


「これでも食らいやがれ!」


 立てつづけに刻印術を放った。二枚の刻印が宙に消えて、二本の縄がフィオスのまわりに出現する。


 だが、フィオスは軽い身のこなしでうまくかわしてしまう。


 こうなれば、仕方ないっ。俺は腰の剣を抜いてフィオスに突撃した。


 今のフィオスは丸腰だから、俺でも相手できるはずだ。シャロの見よう見まねで斬撃を繰り出した。


 だがフィオスはそれも素早くかわし、地面を蹴って後退する。そして床に落としていたディナードを拾い上げた。


「動きは無駄が多いですが、私に臆せずに斬りかかる勇気は大したものです」

「へっ、ありがとよ」


 気づくとシャロが俺の後ろに来ていた。傷を負った腹部には、シャツの袖らしきものがさらしのように巻かれている。


 シャロは澄ました顔でフィオスの方をにらんでいるが、顔色はあまりよくない。


「傷の方は平気なのか?」

「大事ない。浅手だ」

「いや大事あるだろ。赤ちゃんが産めなくなったりしたらどうするんだ」


 するとシャロは途端に顔を赤らめて、


「赤っ!? 貴様、こんなときにふざけるな!」


 なぜかシャロに殴られてしまった。ふざけて言ったつもりはなかったんだが。


 その様子を見ていたフィオスは、感心したように顎に手をあてて言った。


「おや、おふたりは、いつの間にそんな仲睦まじくなられたのですか?」

「仲睦まじくなどなっていないっ!」


 シャロが大声で即座に全面否定しやがった。


 だが、安心しろ。俺の本命はアビーさんだから、間違ってもお前と結婚したりはしない。


 でも、待てよ。そうすると俺は、実は犬型の幻妖であったアビーさんと結婚したいことになってしまうが、それでいいのか?


 相手は犬だぞ。いくら従順でドジっ子で、変化した姿が愛くるしいメイドさんであったとしても、アビーさんは犬であり、人間ではないんだぞ。


 なにっ、今更になって重大かつ致命的な事実に気づいてしまったじゃないか。


 ここで呑気に、真性ツンデレ女なんかと肩を並べている場合ではない。目の前のうすら笑い男をさっさと捕まえて、今後の去就について検討すべきではないのか?


「貴様はさっきから何を唸っているのだ?」


 シャロがあからさまに不審な目を向けてくるが、そんな小さいことはどうでもいい。大事ないんだったら、さっさとフィオスを倒してくれ。


 そんな俺の顔をフィオスがしげしげと眺めて、


「お互い戦意が喪失してしまったことですし、剣を交えるのはそろそろ止めませんか」


 ディナードの剣先を床に突き刺した。


「大人しく縄につく気になったのか?」


 シャロは心底意外そうな様子で言ったが、フィオスは「いえ」とかぶりをふって、


「そうではありません。元々、私がここに来た目的は、あなたたちの殲滅ではありませんから」


 いつもの余裕たっぷりな微笑で応えた。


「先に述べましたが、私の目的は天穹印の破壊です」

「なにっ?」

「よって、無理してあなた方を倒す必要はないのです」


 ちょっと待て。怖いことをさらりと言うな。


 お前の後ろで回っている天穹印は、大陸を浮かせている大事なものだぞ。そんな大層なものを破壊しちまったら、大変なことになるじゃないか。


 天穹印が破壊されたら、おそらく大陸が沈む。するとエレオノーラの何十万という人たちが奈落に落ちて死んでしまうんだ。


 まさか、お前の狙いは、エレオノーラを壊滅させることだったのか?


「今ごろ気づいたのですか」


 フィオスがまた悪辣な笑みを浮かべた。


「私は元より、あなたたち個人の命などに興味はありません。私がいくらディナードをふるったところで、何十万といるイリスの人間たちを誅戮ちゅうりくすることはできませんからね」


 またさらりと怖いことを言ったような気がするが、正気かよ。


「お前、さっきから何を言ってるんだ? 頭おかしいんじゃないか」

「おかしくはありません。私はいたって正常ですよ。私の最終目的はあなた方アラゾン人の誅戮ですから」


 それが異常だって言ってるんだよ。


「天穹印を破壊すれば大陸は機能を失い、奈落に落下します。そうすればあなた方は全員アウトです」

「貴様の狙いは、エレオノーラを滅ぼすことだったのか」

「その通りです」


 フィオスが目を細める。そして左手の親指を立てて後ろの天穹印を指した。


「さて、私の後ろにはその天穹印があるのですが、まだ戦いをつづけますか? 私はもう戦う気力がなくなってしまったので、あれを破壊したら逃げるつもりですが」

「ふざけるな!」


 シャロが床を蹴ってフィオスに突っ込んでいく。あいつのふところに飛び込んでエクレシアを超高速で抜刀する。


 だがフィオスは本当に戦う気をなくしたのか、後ろや横に逃げてばかりでまともに戦おうとしない。


「貴様もわたしにつづけ!」


 シャロに怒鳴られてしまったが、ぼけっとしている場合ではない。俺も剣を持ち直してシャロに加勢するぞ!


「なかなか鮮やかな連携です。……しかしっ!」


 俺が斬りかかろうとした瞬間、フィオスはディナードをふりかぶって、床に思いっきり叩きつけた。


 ちっ、また砂塵の目くらまし攻撃か。芸のない撹乱だが、前が見えねえ。


「やつは謀士だ。目くらましを利用して不意打ちしてくるかもしれんぞ」


 そんなことは言われなくてもわかっているが、この足止めは効果覿面だぜ。迂闊に飛び込んだらフィオスの剣の餌食になってしまうから、とても飛び込めない。


 天穹印は、ところ変わって俺たちの後ろ数メートル先にある。ここで死守すれば、フィオスを食い止めることができる――。


 その俺とシャロの間を高速な何かが過ぎった。


「なにっ!?」


 シャロの怒声にはっと後ろをふり返る。


 視界から遠ざかっていくのは、紛れもないフィオスの背中。俺たちはあいつの策にまんまとはまってしまったのだ。


 俺とシャロが全速力で追跡する。だがフィオスはあんな巨大な剣を抱えているのに、だめだ。追いつけない……!


 フィオスがディナードを持ちなおして、空高く跳躍した。


「やめろォ――!」


 フィオスは上空で身体を一回転させる。遠心力でディナードの破壊力がさらに倍加される。


「これで終わりです!」


 ディナードが轟音を発してふり降ろされる。その斧のようなぶ厚い刃が、天穹印に容赦なく叩きつけられた。


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