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第36話

「アンドゥ!」


 真っ白な空から、セラフィの高い声が注がれてくる。なんというベストなタイミングだ。


 フィオスの動きに警戒しながら見上げると、セラフィとシャロ、そして数人の師士たちがリフトに乗って降りてくる。リフトは三つ、総勢で十人くらいいるぞ。


 だれかが天穹印の異変に気づいて、駆けつけてくれたんだ。これでフィオスをたおすことができる。


 でも、その前にアビーさんを治療するのが先だ。


「ペンダントは見つかった!?」


 リフトが到着して、セラフィがすぐに駆け寄ってくる。けれど、血だらけになっている俺のシャツを見て、セラフィは顔を青くした。


「アンドゥ、血、血がっ」

「だいじょうぶだ。これは俺の血じゃない」

「そうなの?」


 経緯を知らないセラフィが首をかしげる。そして、俺の胸でうずくまっているアビーさんを見て「ぁあ!」と甲高い声をあげた。


「この子、ペンダントを盗んだ子だ!」

「そうだ。アビーさんは瀕死の重態だから、あんまり大きな声を出すな」

「えっ、アビー? って?」


 シャロたちも少し遅れてやってきた。そして、俺の血だらけの姿を見て、セラフィと同じように驚いた。


「貴様、なんだその血は――」

「シャロたのむ! アビーさんを医者に見せてやってくれ!」

「なんだとっ?」


 悪いが、今は下らない口喧嘩をしている場合じゃない。今のアビーさんは一刻を争う状態なんだ。


 しかし、そんなことを露ほども知らないシャロは、アビーさんの犬の姿に顔をしかめた。


「貴様は出し抜けに何を言っているのだ。その犬は王家の証を盗んだ不届き者ではないか。そのような幻妖を、どうして――」

「いいから早くしろって言ってるんだよ!」


 ごちゃごちゃ抜かしてんじゃねえよっ。てめえと口喧嘩してる暇はないんだよ!


 俺が声を張り上げると、シャロは意外にも威圧されて肩をふるわせた。


「わけは後で話す。今は、アビーさんの状態がマジでやばいんだ。だから、たのむ!」

「……その犬が暴れたら、すべて貴様の責任にするからな」


 シャロはしぶしぶアビーさんを受けとると、後ろのリフトに乗って上がっていった。


 よかった。これでアビーさんは助かるかもしれない。


「よかったんですかね。王国最強の剣士であるシャーロット殿を、早々に戦線離脱させてしまって」


 後ろで静観していたフィオスがあざ笑う。そのまわりを禁衛師士の人たちがとりかこむ。


 だが彼らは困惑して、どうしたものかとまわりの様子を伺ってばかりいる。中には俺の方に目を向ける人もいて、俺たちが追っていたのは小犬のアビーさんだったんだぞ、と言いたげな視線を送ってくる。


 この人たちも状況を把握できていないから、混乱するのは無理もない。明朗かつ速やかに説明しないと、フィオスに「実はあそこのユウマ殿が内通者だったのです」なんて言われて、とんでもないことになってしまう。


 王家の証をセラフィに返して、おっさんたちの前に出る。勢いにまかせて剣を抜いて、


「すべての元凶はあいつだ。あいつが犬型の幻妖だったアビーさんを操って、王家の証を盗ませたんだ!」


 高らかに宣言すると、おっさんたちはそろって目を丸くした。


 近くにいる人たちなんて、「なんですとっ!?」とか「それは本当か!?」と言いながら、時代劇の武士みたいな暑苦しい顔で近づいてくる。たのむから少しはなれてくれ。


 くわしい事情までは話せないので、すべてはフィオスがここに来るために仕組んだ謀略だったのだと告げると、納得のしない顔をしながらも、俺の言葉を信じてくれた。


「禁衛師士たちを動員して私をたおすつもりですか。いいでしょう。受けて立ちましょう」


 フィオスの言葉によって戦いの火蓋が切られた。師士のみなさんがフィオスを包囲して、一斉攻撃を仕掛ける。


 前後左右からの息の合った流れる攻撃に、フィオスは早くも防戦一方だ。おっさんたちの剣を受けてばっかで、全然反撃できていないぞ。


 やっぱりすごいな。禁衛師団の人たちは。


 シャロほどではなさそうだけど、息の合った集団戦法でフィオスの動きを封じている。これは楽勝ムードか?


「さすがは禁衛師団、といったところでしょうか。みごとなコンビネーションです」


 必死に避けながらも、フィオスが不敵な笑みを浮かべる。追い詰められているのに、やせ我慢してるんじゃねえよ。


「そんな方々に束になってかかられたら、たまりませんね。ここは大人しく各個撃破させていただきましょう」


 わざとらしくつぶやくと、フィオスは囲いを突破して反撃に転じてくる。端にいるおっさんにターゲットをしぼって、果敢に攻撃を仕掛ける。


 そして……ああ!


 フィオスが、息巻くおっさんの剣を冷静に弾いて、瞬時に横回転――映画のアクションシーンみたいな動きで剣を払って、おっさんを斬りやがった。


 それからはフィオスの独壇場だった。


 一対多数での戦いが不利だと判断したフィオスは、素早い動きで囲いを突破して、さらに各個撃破を狙ってくる。


 個人の能力ではあきらかにフィオスの方が上だから、一対一の場面になるとおっさんはすぐにやられてしまう。


 禁衛師士の人たちも決して弱くはないのだが……だめだ! チークワークを駆使しないと勝てないのに、動きがみんなバラバラだ。これ見よがしにフィオスがおっさんたちを、ひとり、またひとりとたおして――。


 数分と経たないうちに、禁衛師団はやられてしまった。


「どうしました。もう終わりですか?」


 ……強え。


 フィオスがこんなに強かったなんて。ゲームのラスボス級の強さだ。


 こいつは、デスクワークしかできないただの官吏なのか? 禁衛師団は数ある師団の中でも生え抜きのエリート集団であるはずなのに、その人たちが束になっても勝てないなんて。


 俺は、悪い夢でも見ているのか?


 おっさんたちはまだ何人か残っているけど、完全に戦意喪失している。


 このままだと、俺たちはここで全滅……。くっ、そうはさせるか!


 俺はポケットに入れていた紙をとり出して、宙に放り投げる。こんなときのために用意しておいた炎の刻印だ。


 空中の紙がぼっと炎につつまれる。人魂みたいなファイアボールは、俺の意志に従ってフィオスに飛びかかった。


「そんなもの……!」


 けれど、あっさりかわされて、フィオスが高速でこちらに……待て! 俺のところに来るなっ!


 とっさにかまえた剣とフィオスの黒い剣が、がきんと鋭い金属音を発して交差した。


「残念ですよ、ユウマ殿。あなたとは刃を交わしたくなかったんですがね」


 刃の向こうでフィオスがうすら笑う。


「出し抜けに意味不明なことを口走ってるんじゃねえ! お前みたいな犯罪人はさっさと捕まりやがれっ」

「ふふ。私は捕まりませんよ。革命を成就させるまで、捕まるわけには参りませんので」


 なんだとっ?


「そのために、あなたに目をかけてみたんですがね。異世界から来られたあなたなら、私の良き同志になれると信じていましたから」


 お前は、さっきから何を言っているんだ?


「いえ、今からでも遅くありません。……どうです? 私たちといっしょに来ませんか?」


 私……たち?


 フィオスがいつになく真剣な面持ちで言葉をつなげる。


「私は、アラゾン人によって汚されてしまった世界を浄化し、正しい世界を新たに創成せんとする組織のメンバーです。異世界から来られたあなたなら、われわれと行動を共にする資格があります」


 アラゾン人? 正しい世界の創成……? 待て、なんなんだそれは!? 唐突すぎて全然理解できないぞ。


 俺が言いよどんでいると、フィオスは顔をしかめて、


「残念ですが、ここで詳細を話すことはできません。ですが、後でくわしく話はいたします。私の優れた同志たちにも会わせますし、金銭面も最高の待遇を用意させましょう。……もう一度聞きますが、私といっしょに来ていただけませんか?」


 来ていただけますかって言われたって。


 よくわからないが、それは即ち、セラフィやシャロを裏切れということなんだよな。


 あいつらにとくに恨みはないのに――いや、シャロにはあるか。存外に扱われたり熊さんを見せられたりしたからな。


 セラフィにも色々と迷惑をかけられたし、なんとかシロアリの卵も食わされた。アビーさんのことで勘違いされて、散々な目にも遭わされた。


 フィオスと刃を交えたまま、後ろをちらりと見やる。セラフィは目の前の惨状と恐怖に絶句しているが、青い顔で必死に耐えている。


「お前がなんで俺にこだわるのか、全然わからないけど、俺は――」


 俺は、あいつを裏切るのは嫌だ。あいつは俺のことを気に入ってくれているのに、そんな気持ちを踏みにじるなんて、できるわけがないじゃないか。


「俺は、あいつを裏切りたくない。だから、お前にはついていけない」


 お前が何者なのかわからないが……いや、そんなことは関係ない。


 俺の新しい居場所は、ここだ。お前の所属する組織じゃない。


 フィオスは表情を変えずに剣をしばらく交えていたが、


「そうですか」


 細い腕とは思えない力で剣を押し出してきた。力に負けて、俺は吹き飛ばされる。


「それがあなたの意思なのですね。失望しました。あなたはもっと、われわれの先を見据えられる方だと思っていたのですが、所詮はアラゾン人たちとなんら変わりない、身勝手で愚から人間だったのです。……ああ、まことに残念です」


 フィオスは愕然と虚空を見上げる。白しかない景色を眺めて悲しげに長嘆した。


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