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第33話

 小犬は、赤ん坊くらいの大きさから想像できない突進力でセラフィを押したおした。


 仰向けにたおれたセラフィの胸に乗りかかり、首もとに噛みつこうとするが、


「セラフィーナ様っ!」


 シャロのこの世の終わりを迎えたような悲鳴に反応して、犬はセラフィの上から慌てて飛び降りた。そのまま、車の轢き逃げ犯みたいに逃げてしまった。


「セラフィーナ様! お怪我はっ、お怪我はありませんか!?」


 シャロが顔面蒼白になってセラフィを抱き起こす。


「あたしはだいじょうぶ。背中をちょっと打っただけだから」


 セラフィは案外けろっとしていた。


 突然のことだったから少し驚いているみたいだけど、怪我はしていないようだ。


 セラフィが無事だったことに胸を撫で下ろして、廊下の先を見やる。小犬の姿は、もうない。


 あいつは、一体なんだったんだ? 突然あらわれて俺にタックルをかますのかと思いきや、セラフィにタックルしていきやがって。


 いや、犬ころなんぞにかまっている場合ではない。アビーさんだ。アビーさんは、どこに行ってしまったんだ。


 ここは直線の廊下だ。隠れられる場所なんて、近くにはない。アビーさんは駆け足があまり速くないから、走って逃げたのだとしたら、後ろ姿は見えるはずだ。


 それなのに、どうやって?


 前にも、こういうことがあったな。


 王宮の外でプレヴラが暴れて、禁衛師士のおっさんが剣で刺されて大騒ぎになったときだ。


 あのときもアビーさんを見かけたけど、急に見失って、さっきの小犬がそばにいたんだ。


 あの犬、あのときに見かけた犬か。どこかで見たなと思っていたけど。


 あの犬は、どこから侵入してきたんだ?


 窓は近くにないし、厳格な王宮で、動物が放し飼いにされることもない。


 消えたアビーさん。そして、突然あらわれた小犬。


 彼女たちの存在が、きれいに入れ替わって――。


「ない。ない!」


 俺の背後から、セラフィの慌てふためく声が聞こえてきた。


「どうした、セラフィ」

「王家の証がっ、王家の証がないのっ」


 なんだって!?


 セラフィは立ち上がって、床をおろおろと探しだす。「どうしてどうして!?」と早口で自問して、自分の首もとを触ったり放したりしている。


 王家の証なら、さっきまでセラフィの首にぶら下がっていたはずだ。それなのに、いつから――。


「犬だ! さっきの犬がぶつかったときに、ペンダントを盗んでいきやがったんだっ」

「なんだとっ! 貴様、それは本当か!?」


 シャロが愕然と見上げて、俺の胸倉をつかんだ。



  * * *



「犬を探せ!」

「赤茶色の毛並みの小型犬だ!」


 アビーさんの騒動から一変して、犬の捜索がはじまった。


 王宮の師士たちを動員して、決死の大捜索だ。たかが犬ころ一匹で、こんな大事おおごとにしたくなかったが。


 セラフィたちと後宮で別れて、外廷を捜索している。どさくさにまぎれて、後宮を捜索したかったんだけどな。


 それはともかく、王宮、広すぎじゃね?


 外廷だけで、ものすごい広さだぞ。外廷から後宮まで、王宮全体の広さを換算すると、街一個分くらいの広さがあるという、シャロの言葉は本当だったんだ。


 外廷は官吏たちが政治をするための施設だから、雰囲気は市役所みたいだ。けど、部屋ありすぎだろ。


 ものすごく長い廊下に、学校の教室みたいな部屋がいくつもあって、もうわけがわからない。それが五階まであるなんて、マジでしゃれになっていないぞ。


 アビーさんも捜さないといけないのに、こんなことで時間をつぶしているわけにはいかないんだ。


 でも、王宮の端から端まで真面目に捜索していたら一年経っても見つけられないんじゃないか?


「ユウマ殿、こちらでしたか」


 途方に暮れる俺の後ろから、フィオスが颯爽と駆けつけてきた。


「あんたも捜索に駆り出されたのか?」

「ええ。王家の証は国宝ですからね。今は官吏たちも仕事を放り投げて、捜索させられていますよ」


 やはり、そんな大層な代物だったのか。あのペンダントは。


「そうか。でも、こんな広いところを何も考えずに探していたら埒が明かないぞ。どうすればいいんだ」

「それなら問題ありません。盗人の行き先は、おそらく天穹印の間です」


 なんだと?


「なんで、そんなことがわかるんだ?」

「王家の証は、天穹印の扉を開けることができます。ですので、金品の窃盗が目的でないのだとしたら、盗人の目的地は天穹印の間しかありません」


 なるほど。理論的に説明されると大いに納得できるが、


「金銭目的というのは捨て切れないだろ。王家の証って、売ったらすごい値段になるんだろ?」

「ええ。国宝ですから。装飾品としての価値が高いのは、当然ですがね」


 そうだろう。俺だったら、真っ先に売ることを考えるけどな。


 だが、果たしてそうかな。腕組みして考える。


「でも、盗んでいったのは、犬か。犬が金なんて欲しがるのかな」

「欲しがらないでしょうね。犬に金の価値なんて、わかりませんから」

「だが、それを言ったら、天穹印の間に行きたがるのも変じゃないか?」

「そうですね。飼い主に指示されていたのなら、そのかぎりではありませんが」


 飼い主が黒幕なのか。そう言われると、大いに納得できる。


「とりあえず天穹印の間に向かいましょう。そこにいなかったら、街に降りて店を片っぱしから調べていけばいいのです」

「そうだな。わかった」


 師士のおっさんたちに理由を伝えて、下りの階段へ向かう。フィオスも俺の後につづいてきた。


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