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第32話

「あっ! アンドゥまたこんなところで、こそこそ話してるっ」


 扉の開いている戸口から、セラフィが首だけを出していた。声がうるせえ。


「セラフィーナ様、いかがなさいましたか」


 シャロが剣を抱えて、セラフィのもとへと飛んでいく。セラフィと俺に対するこの態度の違いは、なんなのだろうな。


 セラフィが、俺を恨めしそうに見やって、


「アンドゥがいないから、どこに行ったのかなって、探してただけだよ」


 俺が相手してくれないから、不満たまってますっていう顔をするな。


「今日は、王族のマナーか何かを勉強する日だって言ってたけど、それは終わったのか?」

「えーっ。だって、マナーなんて勉強しても、全然おもしろくないもん」


 お前は宿題の嫌いな小学生か。気持ちはよくわかるが。


 セラフィと下らない会話で盛り上がっていると、


「セラフィーナ様」


 シャロが口をはさんできた。


「なあに、シャロ」

「僭越ながらお聞きしますが、この男がこそこそと話をしていたというのは、なんでございましょうか」


 ぎくり。


 シャロが、目から怪光線が発射されそうな眼光で見てくる。


「この男は話を伺うと称して、別の女性と密会を重ねていたのですか」

「そうだよ。前はアビーとこそこそ話してて、しかもあの子を泣かせたんだよ」

「なんですと!?」


 衝撃の事実を聞いたシャロが、まさに鬼の形相で俺にふり返った。


「ま、待てっ」


 このままだと、俺は殺されるっ!


「頼むから、落ち着いて俺の話を聞いてくれ。セラフィの言い分は、間違っていない。だが、大事な部分が大幅に――」

「貴様、どういうことだ」


 ひいぃっ! シャロのまわりの空気が、ゆらゆらと動いてるよ!


 オーラだよ、オーラ。闘いの神しかまとえないはずの伝説の闘気が、蜃気楼みたいにゆらゆらと揺れてるよ!


 シャロが剣の柄に手をかける。体内から放出されるオーラが、オーラがあっ。


「くわしく、話を聞かせてもらおう」



  * * *



 小一時間後――。


「申し訳ございませんでした。今回のようなまぎらわしいことは二度と行いません。なので、どうか、どうかお赦しください」


 俺は全身をミイラみたいに包帯でぐるぐる巻きにして、土下座という名の平伏をした。


 俺の頭の半歩先に、セラフィとシャロが憤然と立ちはだかっている。小汚い奴隷を見下ろしているかのように。


「今度こそこそしてたら、しっぺだからね」


 ふんっ、とセラフィが小さい胸を張る。


 悪いことなんて何もしていないのに、なんで俺が、和式平謝りをしなければならないんだ。


「なんだ。まだ不満でもあるのか?」


 俺の不遜な態度に、シャロがすかさず目を光らせる。


 こいつの目力の鋭さは世界一だな。がんばれば、目から怪光線を出せるんじゃないか?


「どうやら、まだ反省していないとみえるな」


 滅相もございません。この通り、俺は反省しておりますので、エクレシアで斬るのだけは勘弁してください。


 ふたりに何度も頭を下げてから、アビーさんを泣かせてしまった経緯を説明した。


 プレヴラと戦っていたときに、アビーさんが現場にいたこと。プレヴラが脱獄した時刻にアビーさんが地下牢にいたことなどを。


「貴様、なぜそれを今まで黙っていた!?」


 シャロが閻魔大王みたいな顔で、俺の胸ぐらをつかんできた。


「いや、物的証拠がないから、まだ時期尚――ちょっと、手をはなせシャロっ。苦しい――」

「証拠など、われわれが総力を挙げれば、いくらでも見つけられるっ。なのに、貴様が黙っていたせいで手遅れになってしまったら、貴様はどう責任をとるつもりだったのだ!?」


 うるせえっ。この馬鹿力が、手を離しやがれっ。


「お前だって、あのとき、俺といっしょにいただろ。なのに、なんで気づかねえんだよ」

「あんな召し使いが犯人だなんて、普通では考えられないだろっ!」


 シャロが怒りで拳をふるわせる。鋭い眼光で俺をめつけて、


「ま、待て、シャロ!」


 きびすを返して、部屋から出ていってしまった。


 シャロを追うが、シャロ足速え。廊下の向こうまで走ってるよ。


 このままだと、アビーさんが法吏に突き出されて、きつい尋問を受けさせられてしまう。


 挙句に、官吏たちから罪のすべてを着せられて、あの暗い地下牢に放り込まれてしまうかもしれない。


「アンドゥ!」


 セラフィが俺の手をにぎっていた。その目は、いつものへらへらした感じでも、さっきみたいな蔑みを含んだ目でもない。


「早く、シャロを追わなきゃっ!」

「……ああ!」



  * * *



 シャロを追って後宮へと殴りこんだ。


 後宮には、それはもうたくさんのメイドさんがいて、「キャア!」と色んな方向から黄色い悲鳴があがる。


 なんだか女湯にあがりこんでいるような気分だが、今は呑気に鼻を伸ばしている場合じゃない。シャロよりも早くアビーさんを見つけなければいけないんだ。


「アンドゥあそこ!」


 となりを走るセラフィが前を指さす。長い廊下の向こう、数人のメイドさんが人垣をつくっている場所のど真ん中に、シャロの後ろ姿があった。


 シャロは声を荒げながらだれかと揉み合っている。相手は、アビーさんだ。


「いいからわたしについてこい!」

「や、やめてくださいっ」


 涙目で拒絶するアビーさんの腕をシャロが引っ張っている。


 一刻も早くシャロを説得しないといけないが、なんて説得すればいいんだ。


 シャロの行動はかなり先走っているが、間違ってはいない。もしアビーさんが内通者で、俺が力づくでシャロを止めたら、俺は共犯者になってしまう。


 こうなってしまっては、もう打つ手はないのか。悄然と身守るしかない俺にアビーさんが気づいた。


「アンドゥさま……」


 アビーさんが身体を固まらせて、俺をじっと見返す。まわりの声や悲鳴が聞こえなくなって、時の止まったような錯覚が空間を支配する。


 アビーさんの目は、嫌いな男を見ているような目ではなかった。好きとか嫌いとか、そんな感情的なものではなくて、もっと別の、言うなればアイコンタクトを仕掛けているような視線なのた。


 なんだ、アビーさん。俺に何を伝えようとしているんだ。


 内通者の正体はわたしだから、共謀してシャロをたおしてくれとお願いしているのか?


 いいのか、そんなことをして。


 アビーさんは助けたいけれど、アビーさんが真の内通者だったら、俺は感情にまかせて悪事に加担してしまうのだ。


 そんなのだめだ。きみが本当に悪くないのなら、シャロに、そして王宮の官吏たちに毅然と身の潔白を証明すべきだ。


 だから俺は、王宮の治安を護ろうとしているシャロを助けなければならないんだ。


 そう思っていたときだった。突然「ぼん!」と爆発音がひびいて、まわりのメイドさん方が一斉に悲鳴をあげた。


 何が起きたんだ? 俺は我に返って前を注視してみる。前にいるシャロが、なぜか紫色の煙に包まれている。


 なんだ? なんの前触れもなく手榴弾が爆発したのか? それとアビーさんは……?


 おかしい。アビーさんがいない。さっきまでシャロが手をつかんでいたはずなのに、どうしてアビーさんがいないんだっ。


「なんだこれは!」


 謎の煙にシャロが悲鳴をあげる。想定外の奇襲にかなり狼狽しているが、見たところ火傷や外傷は負っていない。まわりのメイドさんたちも無事だ。


 もくもくと広がる煙の中から突然、茶色の毛の小犬があらわれた。小犬は耳の長いミニチュアダックスフンドのようなやつで、犬と兎を掛け合わせた動物みたいだ。


 ――こいつ、どこかで見たことあるような。


 小犬は短い足で床を蹴り、俺にまっすぐ突撃してくる。意外と素早いぞ。


 待て。お前は一体何者だ。しかもなんで俺に突進してくるんだ!? うわっ、やめろ!


 犬が瞬時に身体を縮めて、抑えを失ったバネのように高く跳躍した。突進の勢いのまま俺に突撃――じゃない!?


「キャア!」


 狙いは、俺の斜め後ろにいるセラフィだとっ。


「セラフィーナ様ぁ!」


 床にたおれるセラフィを見てシャロが絶叫した。


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