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第31話

 日を改めてシャロと面会した。


 アビーさんと話をしたときみたいに、内廷のつかっていない部屋を借りて話をすることにしたが、ああ、アビーさん。傷がまだ癒えていないのに、昨日のことを思い出してしまった。


 俺の恋路は、もう絶望的だな。失恋すると、胸がこんなに苦しくなるんだな。


「それで、話というのはなんだ」


 テーブルを挟んだ向こうの椅子に、シャロが倣岸と腕を組んで座っている。


 こいつはスタイルがよくて顔もきれいだが、全然だめだな。なんというか、男心をくすぐる可愛らしさがひと欠片もないのだ。


 そうだ、お前には萌え要素がないのだ。ドジっ子然り、妹然り、メイド然り。まったく、少しはアビーさんを見習ってほし――あ、ふさがったばかりの傷口がまた開いてしまった。


「おい!」


 シャロが眉間に青筋を浮かべていた。


「わたしは、貴様と違って忙しいのだ。用件があるならさっさと話せ!」


 なんでそんなにイライラしているのかわからないが、時間に追われたサラリーマンみたいな顔をしているぞ。


「いつも熊さんのパジャマを着ているくせに、偉そうなことを抜かすな」

「く――」


 シャロは顔をみるみる紅潮させて、


「きき貴様っ、昨日のことは、だれにも話してないだろうなっ!」


 すかさず俺の口を止めてきた。俺にヘッドロックをかますなっ。


 シャロは赤面したまま、椅子にどかっと座り、また傲岸と腕組みした。


「しゅしゅ、趣味は、人それぞれだ。わたしがどんなものを好もうが、貴様にはかか、関係のないことだっ」

「あっそ。じゃあ、このことをプレヴラに話してこようっと」

「ま、待てっ!」


 席を立つ俺の腕を、シャロが必死につかんでくる。っていうか、泣いてるしっ。


「頼むっ、プレヴラに言うのだけは、ややめてくれ」


 メルヘンチックな趣味を知られるのが、そんなに嫌なのか。幻妖と戦っているときよりも、はるかに動揺しているぞ。


 お前にこんな弱点があったとはな。この弱みに付け込めば、しばらくは主導権をにぎれそうだぜ。


 しかし、あんまり苛めると後が怖いので、今日はこの辺で勘弁してやろう。


「フィオスについて聞きたいことがあるんだけど」

「フィオス殿についてだと?」


 シャロが落ち着いてきた頃に話を切り出してみると、シャロはいつもの冷静な様子に戻って聞き返してきた。


「フィオス殿を疑っているのか?」

「疑っているというほどでもないんだけど」


 一連の顛末てんまつをシャロに話した。フィオスが世の中に不満を持っていること、内通者を探す気がないこと、日本とあちらの世界に興味を持っていたことなどを。


 最後に、フィオスがプレヴラを脱獄させた内通者かもしれないと切り出してみると、


「それはない」


 あっさり切り捨てられた。


「マジかよ」

「マジだ。あのときのフィオス殿の言動は、わたしも不自然だと思ったので、彼に任意で話を伺っているのだ。プレヴラが脱獄したと思われる時刻にフィオス殿は外廷にいたと主張し、それを数人の官吏が証言している。よって、フィオス殿は内通者ではない」


 フィオスにはアリバイがあったのか。だから、あんな涼しい顔をしているのか。


「でも、それなら、アリバイの偽装工作をしたという線も考えられるんじゃないか? フィオスは理論派の知能犯だから、そのくらいはきっとやってのけるだろ」

「アリ……? 貴様は、さっきから何を言っているのだ」

「えっ、だから、アリバイの偽装工作だよ。ミステリーの常套手段だろうが」


 お前はアリバイも知らないのか。


「そんなものは知らん」

「おいおい。アリバイの偽装工作も知らないのかよ。勘弁してくれよ」

「勘弁するも何も、貴様がわけのわからん外来語をつかうから悪いのだろうが。自分の不手際をわたしに押しつけるな」


 なんだと、このメルヘンツンデレ男女がっ。


「あっそ。じゃあ、熊さんの件をプレヴラに――」

「ま、待てっ!」


 がたっと席を立つ俺の腕を、シャロがまた必死につかんだ。


「貴様っ、さっきからわたしの弱みに付け込んで、ずるいぞ!」


 すまない。あまりにお手軽なので、口論になるとぽろっと口から漏れてしまうのだ。


 シャロは口もとをひくひくさせていたが、やがて観念して「はあ」と息を吐いた。


「フィオス殿は犯人ではないが、わたしも彼の言動に不可解な点を感じている」

「不可解な点?」

「わたしがもっとも不可解に思うのは、彼が所持している剣だ。貴様も見たことがあるだろうが、フィオス殿の剣は両刃の直刀なのだ」


 それは俺も鮮明に記憶している。禁衛師士のおっさんを刺したあの剣は、闇の剣のように漆黒だった。


「それに刀身が真っ黒だったよな。あれは、お世辞にも趣味がいいとは言えないよな」

「刃の色は別にどうでもいい。問題なのは、直刀であるということだ」


 俺の言葉をさらりと切り捨てて、シャロは椅子のわきに立てかけていた自分の剣を見せつける。


 鞘からゆっくりと剣を抜くと、新雪のように美しい刃が白い光を発している。


 妖刀エクレシアだ。


「エレオノーラで標準的につかわれているのは、スパダだ。スパダは片刃の剣で、斬りやすいように峰に反りが入っているが、フィオス殿の剣は違っていた。

 両刃の直刀も剣の一種であるが、両刃は強度が弱い上に斬りづらいので、エレオノーラでは使用されないのだ」


 エレオノーラで両刃の剣をつかっている人はいないのか。


「フィオスは他の国の出身なのか?」

「そうなのかもしれん」


 シャロは剣を鞘に収めてうなずいた。


 それにしても、シャロの剣は刃がすごいきれいだ。どういうつくりになっているのかわからないけど、刃がうっすらと光ってるし。


「その剣、ちょっと見せてくれないか」


 俺が右手を伸ばすと、シャロは露骨に嫌そうな顔をした。


「なんで貴様に剣を見せねばならんのだ」

「あっそ。熊さ――」

「わかったっ! 見せればいいんだろ」


 シャロは半泣きで――というのは嘘だが、剣をわたすと、「ちょっとだけだからな」と念を押してきた。


 うわ、なんだ、この剣。めちゃくちゃ軽いぞ。綿わたみたいだ。いや、細長い発泡スチロールみたいだ。


 鞘から恐る恐る刀身を引き抜いてみる。鏡のように透き通った刃に、俺の間抜けな顔が映し出されていた。


 シャロが丁寧に手入れしているからなのか、刃が装飾品みたいにきれいだ。いや、鞘も飾りっ気のないシンプルなものだが、薄紫色の表面はきめ細やかで――。


「もういいだろ」


 シャロが鞘ごとわしづかみにして、エクレシアを分捕った。


「もう少しくらい、見せてくれたっていいじゃんか」

「だめだ。エクレシアは、空気に触れると切れ味が急激に落ちるから、刃を常にしまっておかなければいけないのだ」

「なんだよそれ。剣にそんな変わった制約があるのか?」


 シャロがうつむいて長嘆する。


「エクレシアは、鉄を泥のように両断するイリス最強の剣だ。だが、剣を鞘から抜くと切れ味が落ちるという欠点があるのだ」

「ああ、だからこの前は抜刀術で戦っていたのか」

「そうだ」


 不思議な剣なんだな。それで妖刀と怖れられているのだろうか。


「それと、刃から自然放出される光が幻妖を呼び寄せるといわれている」


 なんだと?


「エクレシアは、古代イリス語で『呼び寄せる者』という意味だ。ただの迷信だとわたしは思っているが、エレオノーラの伝承にエクレシアと酷似した剣が一国を滅ぼしたということが書かれているそうなのだ」


 だから、妖刀と銘を打たれているのか。


「この剣は、わたしとセラフィーナ様をいつもたすけてくれる。だからわたしは、そんな戯けた迷信など少しも怖くない」


 シャロはエクレシアを大事そうに抱えて微笑む。その様子をながめて、嫌な予感がした。


 この前。蛇の幻妖が街にあらわれたけど、あの幻妖たちはプレヴラに呼び寄せられたんだよな。


 プレヴラともども、エクレシアに呼び寄せられたんじゃないよな?


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